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出典が明記してある箇所を除き、著作権は、筋書き担当のサングラス。

2019/7/17

終業式  幕間の出来事

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 今日、終業式 ----- 夏休みの間も会えるよね?




【David Pack / I Just Can't Let Go】


 

2019/7/16

酸辣湯麺  きみがいる時間

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「サンラータンって言うのが正しいのかスーラータンて言うのが正しいのか、良く分からないけど、あの酸っぱ辛いスープの麺が、とっても美味しいお店があるのよ」とふたりで出かけた市民祭の帰り道でイチ子が言う。
「それって酸っぱい、ラー油の辣にお湯と書くやつね。あれって好き好きがあるみたいだけど、好きな人はトコトンはまるらしいよ」とぼく。
「普通、辣油は好みで垂らすらしいんだけど、私が知ってるそのお店のは、スープの表面が辣油で真っ赤っかよ。それにお酢が嫌いな人は湯気も吸い込めないくらい酸っぱいの。それでもお店のオバチャンに聞くと、本場の四川には、もっとすごいのがあるそうよ」

 にわかに話が面白くなってきた。

「そのお店って、これから行けるようなところにあるの?」
「そう言うと思った。帰りのバスを途中で降りるだけだから、勿論これから行けるよ」イチ子がニヤッと笑う。

 ランチは二時間以上前に市民祭に知人が出していた出店のホットドッグと珈琲だけだったから ----- 酸辣湯麺 ----- すでに食べる気満々。

「じゃあ、行こう!」そう言ってぼくは、イチ子の背中を押すのだった。




【The Beach Boys / Devoted To You】


 

2019/7/15

豊後ピート  貝殻これくしょん

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 それは太平洋戦争中の話だ。

 四国と九州の間の海峡・豊後水道は、広島県呉軍港から出てくる軍艦のみならず、日本軍が展開する太平洋全域に物資を補給する輸送船も多数外洋に出ていく場所であった。

 アメリカ海軍太平洋艦隊潜水艦部隊は、水道の太平洋側に散開し、それら艦船を狙って魚雷攻撃を重ね、相次ぐ輸送妨害を行っていた。

 そのアメリカ潜水艦を捕捉し、爆雷で攻撃、既に数隻を返り討ちにしていた日本海軍峯風型駆逐艦『秋風』 ----- その艦長ナカメ・タテオ大佐は、アメリカ潜水艦部隊から通称『豊後ピート』と呼ばれ、一目置かれていた。
 圧倒的優位な位置に占位しない限り『豊後ピート』とは交戦するな! ----- これが、その海域に出撃する潜水艦への命令だった。

 最新鋭潜水艦 Eel(イール『うなぎ』)の艦長エドワード・リチャードソン中佐、通称リッチは、仲間の潜水艦を何隻も沈めた仇『豊後ピート』をこの世から葬り去るため、豊後水道出口に布陣、虎視眈々と『秋風』が出撃してくるのを待ち受けていた。

 哨戒を続けて数日たったある日、しかも、ひどい嵐を予感させる夜。水道の出口に、遂にあの『豊後ピート』が姿を現した。

                    

 さて、この作品 ----- 『RUN SILENT, RUN DEEP / 深く静かに潜航せよ(札幌・柏艪舎刊)』の著者エドワード L. ビーチは、大戦中、実際に東京湾で日本軍から爆雷攻撃を受けた経験を持つ元潜水艦艦長。
 最初の版は1955年(昭和30年)に世に出た。そしてその後、半世紀以上経っても、いまだにアメリカ本国では世代を超えて読み継がれているという。

 原作者は序文に書いた。
『(太平洋戦争は)図らずもアメリカ国民の大多数に、人生の最高の目的とは何かを思い出させた五年間だった』と。
 また、本書の翻訳者・鳥見真生も『訳者あとがき』に書く。
『(世代を超えて読み継がれているのは)アメリカが正義を実現する国として世界に受け入れられた時代について描かれているせいだろうか。(中略)本書は、最近見失われがちな真理に、改めて気づかせてくれる希有な作品である』と。

                    

 第一次世界大戦はレマルクに『西部戦線異状なし』という世界文学史に残る名作を書かせた。第二次世界大戦は、そこまでの文学作品を生み出すには至らなかったが、あえて言うなら、今日採り上げた “RUN SILENT, RUN DEEP” が、最もそれに近いものかもしれない。

 戦争を縦軸に書かれた物語ではあるが、それにまつわる人間関係の、あるべき理想型を描いた点が、他の、いわゆる戦記物とは一線を画している。


 

2019/7/14

あとはみんな...  貝殻これくしょん

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 時折心地いい文章に出会う。
 読みながら、寛ぐ気持ちにさせてくれる一文だ。
 句読点を打つ位置や言葉の選び方が自分に近い・似ているというのがその理由だろう。

 昔、自分で書いて、その内容を忘れてしまったものがどこからか出てきて、それを読む時もきっとそんな気持ちになるに違いない。原文を書いた人が昔の人かどうか、有名か無名か、男か女か、どんな教育を受け、どんな本を読んでいたのかなどは一切関係ない。確かな共感がある。

 文体が体に馴染む文筆家を見つけると、その著作のすべてを読みたくなる。そういう文筆家が、今、頭に四人浮かぶ。存命なのは一人だけ。あとはみんな、川向こうへ行ってしまった。




【Val Doonican / Elusive Butterfly】


 

2019/7/13

昭和二十年八月十四日  車窓に開く頁

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 三式戦闘機から五式戦闘機に機種改編された途端、戦隊は、特攻の護衛を主務として薩摩半島の知覧への移動命令を受けたという。その五月十七日以来、帝都防空の要・調布飛行場は主をなくして、すっかり閑散としていた。残留したのは戦隊本部のうち庶務と経理の一部のほか、私を含め陸軍病院に後送を受けていた数名だけだという。
 庶務班長の川原准尉によると、戦隊が移動したのも知らずに、最近は、アメ公の戦闘機が頻繁に機銃掃射をしていくと言う。

「先週もP公(ノースアメリカンP51戦闘機)の奴等が五、六機来て、13mm(12.8mm航空機関砲)でカラの大格(大型格納庫)をまるでジョウロで水を撒くように掃射して、結果、ご覧のとおりすっかりボロボロです」と人気のない戦闘司令所の前で彼がため息混じりに八月の空を見上げて続けた。
「B29も東京市内にはもう爆撃するところがなくなったようで、爆弾を持って帰っても仕様がないらしく、その翌日は、とうとう調布駅の近くにも落とすと言うか棄てていきましたよ。小島町がだいぶ焼けたようです」
「そうか...。ところで川原准尉、俺の機は誰か乗って行ったのか?」
「いえ、ちょうど整備中だったこともあって、まだ多磨霊園の掩体(掩体壕)にあります。完了してれば誰か乗って行ったのでしょうが、残したところをみると、まだ修理途中のようです。確かニッケル素材の部品がないからとかなんとか整備分隊長が言ってました。いずれにせよ、整備中隊もそっくり移動してしまいましたから、今となっては部品が手に入ってももはやどうにもなりませんが...」
「なぁ川原、俺の機はなぁ、すごいぞ。排気タービン式過給器装備の最新型発動機を載せてる。高度一万メートルで時速六百キロ出る。今、あれが日本に、せめて二百機あったらなぁ、B29に日本の空は飛ばさせないんだが...」

 ふたりにしばらくの沈黙があった。
 突然、准尉が思い出したように言った。
「ところで中尉殿、明日の正午にラジオで重大放送があるので、必ず聴くようにと陸軍省から言ってきてます」
「そうか。ラジオで俺たちに発破でもかけようっていうのか?」
 思わず、ふたりとも苦笑した。

 しばらく雨がないせいか、陽に焼けたコンクリートの滑走路を吹く夏の風は、やけに埃っぽい臭いがした。

 無上の蒼穹 ----- 雲はなく、青い空が、どこまでも続いていた。


 

2019/7/12

西瓜糖の日々  貝殻これくしょん

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 このところ細々と古いブローティガンの作品を読み返している。

 特に誰とは言わないが、時代の寵児 ----- A Hero Of The Times ----- に祭り上げられた人々の中に、それが自分の全く望まぬ結果だった人は少なくない。それ故、彼等のその後の人生が『シアワセ』の中に輝けずにいる噂を聞くと、かつて、その人が不遇だった頃にも増して切なく、気の毒に思える。

 ビート・ジェネレーションの末期からヒッピーが始動する頃にかけて、時代の寵児となった作家ブローティガンも、そのブームが去った後、気のいい日本人の間で読み継がれていることを除けば、本国アメリカでは『バス・タブにお湯のように張られていたブームが、栓を抜かれた途端、中で遊んでいたブローティガンも一緒に流れてしまった』と表現したのは、いったい誰だったろう?

 リチャード・ブローティガン(1935-84)に『西瓜糖の日々』という作品がある。
 『西瓜糖(Watermelon Sugar)』というイメージの『村』での出来事を長短の詩、もしくは散文詩で綴った風変わりな著作。当時大学生だったぼくは興味津々で、その藤本和子の翻訳文体を盛んに真似したものだった。




【Jess Roden / Brand New Start】


 

2019/7/11

今もまだ書き続けているのかもしれない  貝殻これくしょん

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 フランスの小説家・ジャーナリスト・放送作家のロジェ・グルニエが、自分と写真の関係について、その著書『写真の秘密』の一項『ひとつの源泉』の冒頭でこんなことを書きとめている ----- 書くことの道に入ると、写真というのは、自分で撮ったかどうかにかかわらず、思い出や資料といったものを越えた存在となる。それは想像力のためのトランポリン、インスピレーションの源泉なのであって、わたしはそれなしに済ますことはできそうにない。エクリチュールは、残された熱のおかげで、フィルムがうまく撮影するのに成功したひとりの人物、あるときからはもうそこにはおらず、過去のなかに呑みこまれてしまった人物の奇妙な赤外線写真と、似たようなものとなるのだ。(宮下志朗訳)

                   ***

 一枚の写真、定着された情景は、実に多くを語る。

                    

 子供の頃の夏休みの宿題の絵日記を、ぼくはあの夏以来、終わらせる理由を見つけられないまま、今もまだ書き続けているのかもしれない。




【Yoyo International Orchestra / I Will】


 

2019/7/10

きみがするとおり  きみがいる時間

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 朝。前夜に残った味噌汁にミルクを入れる。きみの得意なスープだ ----- 少量の塩と胡椒がその日の味を左右する。
 味噌汁と比べ、多少具を選ぶ。ぼくはアサリが好きだ。たまにスライスした玉葱を入れる ----- それもきみがするとおり。




【Musica Piccolino / I Was Born To Love You】


 

2019/7/9

照れ臭くって描けるもんか  きみがいる時間

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 夏休み。

 水泳部でプール当番中の水口イチ子がフェンス際を歩いていたぼくを見つけて、夏休み中はどこへも行かないのかと声をかけてきた。

 美術部であるぼくらの合宿は、毎年、静岡の御前崎にある、顧問の美大時代の同級生が営む民宿へ行くのが常だった。ところが、民宿が老朽化したと言って去年の冬から建て替えを始めたものの、田舎の工務店のこと、野菜農家も兼業していて、この春が終わる頃までに建て直る予定が遅れ、夏のこの時期に至っても未だ未完成、今シーズンの民宿は休業となり、合宿もまた中止となった。
 人ごとながら民宿の営業収入を心配すると、大工の野菜農家兼業同様、民宿は漁師兼業、むしろ漁師の方が本業なので収入の心配は無用だった。

 さて、そんなわけで美術部の夏合宿はなくなり、その代わり、登校して美術室での作画になったと答えた。
 なにを描いているのかとイチ子が聞くので、まだ決まってないと答えるとあたしを描いても構わないと言う。
「子供の頃から知ってるきみなんか照れ臭くって描けるもんか」と答えると、
「あなたの腕前じゃあ、あたしを描いたなんて誰も判らないって」
 確かに一理あった。

                    

 携帯カメラでその日撮った写真をもとに油絵の制作を始めた。

 照れ臭ささから正面は止めて横を向いてもらった。結果、モデルを特定されることはなくなり、いくらか安心はしたものの、この絵を秋の文化祭に出展することにでもなれば、モデルの件の一切を口外しない代わりに、イチ子に栄町『かまど屋』の鍋焼きうどんをしばらくの間せびられるのではなかろうかと、ぼくは、今からいささか心配してはいるのだったが...。




【Bridge / Pool Side Music】


 

2019/7/8

夏の制服  きみがいる時間

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 梅雨明け十日の飾り立てた陽射しが、突然、午後の校庭で立ち止まる。
 夏の制服が、いよいよ眩しい。

 日向と日陰の狭間で、焼けたセメントの臭いの風がわずかに動く。
 イチ子さんのスカーフもまた微かに揺れる。




【Gary Lewis & The Playboys / Sure Gonna Miss Her】


 

2019/7/7

昨夜は濡れて帰った  貝殻これくしょん

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 アメリカ西海岸で生活すると、すぐに独特な風土に気付く。
 まず、その日の天気図の配置により日本のような四季が日替わりでやって来る。当然、衣替えという習慣はなく、クローゼットには通年、四季の衣類を用意しておくことになる。昨日は夏だったのに、今日は朝から晩秋のような天気で、ようやく昼過ぎから春めいてきたということもめずらしくない。

 また、西海岸では傘を持っている人が少ない。それは、雨の日に傘を持ち歩く人が少ないという意味ではなく、そもそも傘を財産としていない。家に傘はないのかと聞くと、探せば一本くらいどこかにあったかも知れないと答えるほど。まあ、年間雨量が少ないこともある上に、雨に濡れること自体、拭いて乾けば済むじゃないかという地域住民性も背景にある。傘を持たない代わりにその代用品としての帽子は一人いくつも持つ。

 土地に起伏があっても、日本のようになるべく水平に道を作ることもなく、また、路肩に排水溝の設置もない。つまり、ちょっとした雨が降れば道の低いところは冠水する。余程のことがない限り、それはニュースにもならず、みんな勝手に迂回していく。西部開拓時代に迂回を繰り返しつつ西へ向かっていった頃からの伝統なのだろう。

                    

 昨日は友人の結婚式があって、その流れで旧友と夜中まで遊びまくった挙げ句、予報どおり、夜更けて雨に祟られた。
 幸い、駅から家が近く、昨夜は濡れて帰った。




【The Three Degrees / Can't You See What Youre Doing To Me】


 

2019/7/6

H. G. ウェルズの『透明人間』  車窓に開く頁

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 関前の叔父さんからH. G. ウェルズが書いた『透明人間』の原書を借りる。

 帰り道、夏の雨に降られた。
 傘のないわたしが、どうやってその本を濡らさずに済ませたか。

 話したいけど長い話なんだ。




【Yesterday's Gone / Chad & Jeremy】


 

2019/7/5

フランクフルトまで  きみがいる時間

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 イチ子のフライト業務 ----- 昨日はフランクフルトまで。

「フランクフルトって、どこか見どころあるの」と聞くと、
「ハブ空港だからみんないろんなところへ散っていくわね。今のあたしならアリタリアに乗り換えてナポリかな。事前に日本で休暇を申請しておけば、出先でプライベートな旅行もできるのよ」とイチ子。




【Linda Ronstadt / Heat Wave】


 

2019/7/4

勉強なんかしてる場合じゃない  車窓に開く頁

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 高校のプール開放は今年は8月25日まで。例年どおり水泳部が、終日、プールサイドで生徒の安全を見守る。

 午前9時からの開放で、その前にプール回りの清掃と軽い練習。昼食を挟み、終了の15時まで交代だがプールサイドを離れない。そして、それから16時半まで練習。最後にまた辺りをデッキブラシで擦ってから解散。

 3年生は夏休みを前に卒部するのが習わし。でも、わたしは、予備校の夏季講習にも行かず、プールに入り浸っての毎日。兎に角、この夏は高校最後の夏。勉強なんかしてる場合じゃない。




【MonaLisa Twins / Revolution】


 

2019/7/3

水平線の向こう側  幕間の出来事

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 湿った大気が重い...。

 梅雨明けまで、あと半月。

 高気圧は、
 今はまだ水平線の向こう側。




【鈴木康博 / 夏の日の午后】


 



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