どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない 笹井宏之
声が声にならないときがある。だけど、「声のかわりに鹿が出る」は、そういう状況の暗喩ではなく、まんま本当に「鹿が出る」として読んだ。そもそも「あぶないってい」おうとしているので、危険にさらされている人に(その人は危険に気づいていない)なんとか危険を伝えようとしている状況かなと思う。そんな状況で「声のかわりに鹿が出」てくるのはたしかに「あぶない」。出るのが「鹿」なのがなんともやっかいだ。猛獣なんかが出てくるんだったら危ない状況が上書きされるだろう。つまり、猛獣がやばすぎて、もともとの危険はどこかにいく。でも、「鹿」が出てきてもたらされるものは混乱だ。「鹿」が出てきたのを見て、正しい反応は「鹿?」である。「どうしても」ということは、複数回、声を出そうしているはずだ。「また鹿?」。歌の姿はどちらかといえば軽く一見ユーモラスであるが歌の核にあるのは無力さだと思う。無力さを募らせるなかで、危険そのものに無関心で無関係な「鹿」の存在はかわいいがゆえに残酷だ。
(笹井宏之『ひとさらい』BookPark、2008年)

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