ようこそ要塞倶楽部へ  

荒巻義雄著 佐藤道明・安田忠幸画 中央公論新社刊
「要塞シリーズ」ファンクラブ「要塞倶楽部」の電脳版です。
以前は「TOKIWA AIRCRAFT CREATE」内にありましたが
独立させてみました。
会報からの再録や、そのほか「要塞シリーズ」関係の事柄を
載せていきたいと思っています。
当時の参加者の方、新規投稿もお待ちしています。

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2011/10/12

1/100 Su-32N パッケージ  関連資料

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TAC製ガレージキットのパッケージ。
なぜかイラストストーリーからの流用ではなく自作イラスト。
この当時はキット毎に箱のサイズを変えていたので
イラストも横長である。
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2011/8/31

琵琶湖の本+α  関連資料

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「琵琶湖要塞1997」をコミカライズした
夢野れい先生からのいただき物。
キャラクターやメカの設定資料集。
他作品のラフ画とかも収録。
1994年
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2011/8/31

煩悩要塞1993  関連資料

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CODE1995参戦の神田宏美さんからのいただき物。
参戦者からの投稿が主。
表紙はプリントゴッコなのでかすれちゃってますが
F−16XL。
時期が時期なんで紺碧ネタもあります。
1993年
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2011/3/28

要塞シリーズ キットリスト  関連資料

「要塞シリーズ」の航空機ガレージキットは
「TAC」と「ちゃわんむし」で製作されました。
スケールは1/100で統一されていました。(艦船を除く)
機体の順番は製作・販売順ではなくCODE順で記載しています。
この暫定版では一品ものは除外しています。
(ちゃわんむし)と記された物以外はTAC制作です。
一部のキット完成品については
「海溝要塞」「漂流要塞」「消滅要塞」
「オーロラ要塞」「楽園要塞」に写真が載っています。

CODE1986   
ハリアーX改

CODE1991   
ハリアーZII
スーパー・ファントム(Ver.1〜6)
雷光
震電91
魚天(1/700)
Mig−33 (ちゃわんむし)

CODE1995  
槍空(Ver.1〜4)
明神
明神(ちゃわんむし)
垂神(ちゃわんむし)
海燕
Mig−40

CODE1996  
F−ALSX
晨風(前期)(ちゃわんむし)
晨風(後期)
飛電
Su−38N

CODE1997
烈風97
槍空97(槍空Ver.5)
極星
隹星
蛇竜97
震電97
ミラージュ97
Mig-100
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2011/3/28

要塞シリーズガレージキット四方山話  投稿コラム

要塞シリーズの獣人第一期ガレージキットは
「TAC(タクラマカン クラブ)」と
「ちゃわんむし」から発売されていました。
スケールは基本的に1/100scaleで統一されていました。
TAC代表の須藤ミツアキが電話で
「ちゃわんむし」の奥羽怜氏に
「スケールは幾つがいいかな」って聞いたら
「100!」って答えが返ってきました。
理由は彼が当時「戦闘妖精 雪風」シリーズを
1/100scaleで展開していたからです。
さらにその原因はタカラの「エリア88」が
1/100scaleだった事らしいです。

さて、これらのキットは
ワンフェスなどのイヴェントでずっと販売しておりますが
イベント運営を通した当日版権はとっていません。(^_^;)
それは荒巻先生と中央公論社(現:中央公論新社)から
直接許可をいただいていたからです。
要塞シリーズのガレキを始めたのは
「ニセコ要塞」の3巻が出た直後で、
表紙のハリアーに一目惚れでした。
その頃のワンフェスには
まだ版権なんぞという物を取ろうという考えが
無い時代だったのですが、
奥羽怜氏が「雪風」で早川書房に直接連絡をして
許可をもらっていたと言う先例が身近にあったので、
TACでも直接荒巻先生と出版社に手紙を出して
ファン活動の一環として許可をいただきました。
このことが縁で、わしは他のファンの方よりも早く
「十和田要塞」に参戦したのでした。

で、いつの間にか通販を始めていました。
それは例のあとがきで荒巻先生が珍しがって紹介したら
問い合わせが編集部→荒巻先生って形で回って、
最終的にうちに回って来て、
次のあとがきで住所公開で通販って事になってしまっていたのです。

この当時のエピソードとしてこんな事がありました。
「JAF−CON」というB社とHJ社共催の
ガレキ販売イヴェントがありました。
このイヴェントは
「アマチュアに版権についての意識を定着させよう」
と言うもので
版権元の意向に関わらず
見本を提出させる事になっていました。
そのイヴェントに参加したTACも
当然「要塞メカ」ガレキの見本を提出しましたが
イヴェント終了後に中公の担当編集さんから
編集部に置いておいてもしょうがないってうちに送られてきました。
作者とデザイナーには新作ごとに完成品を送っていたので
いまさらって事だったんですね。

C☆NOVELSに住所が掲載された頃には
電話帳に電話番号を載せていなかったので
当時住んでいた所の大家さんの所に
夜中に問い合わせの電話をしてくる非常識者とかがいて
なかなか迷惑だったこともありました。

現在、
「TOKIWA AIRCRAFT CREATE」が
立ち上がったのを機会に
1/144スケールにて心機一転展開中。
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2009/1/4

忙中閑あり 第2回  投稿ストーリー

「古川、古屋。お前らもう呑まんのか」
後部デッキの方からスルメをくわえ、バーボンか何かの入ったボトルを片手に海軍中尉があらわれた。足もとがおぼつかない様子だ。
「だれかさんほどではありませんが・・・・」
「古屋上級海軍曹長どの。わたしはまだそれほどいただいておりませんが?」
「ダメですよ中尉。足もとがふらついているじゃありませんか」
「古川准尉どのまでそんな事をいうのでありますか?。わたしはきちんと立っております。揺れているのはこの船ですよ」
「このベタ凪によく言うよ」
この日の湖上に風は無く、湖面は一枚の鏡のように春の日差しを反射させていた。
「艦長にとってはこの凪は何よりでしたね」
「ああ。しかし、俺なんかはこう波が穏やか過ぎるといま一つ船に乗ってるって気がしないがね」
吉川中尉が二人の間に割って入りながら言った。
その彼に古川が訪ねた。
「ときに中尉。艦長がこんどの『戸隠』に乗るのを辞退したってのは本当ですか?」
「早耳だなあ。まぁ、俺も詳しい事は聞いちゃいないんだがね。どうやら本当らしいな。それで、デスクワークの方に回されそうになったらしい」
「理由はやっぱりアレですか」
古屋曹長が新しい酒を中尉に注ぎながら尋ねる。
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彼らの前上官は、日本列島防衛海軍始まって以来の士官であった。
なにせ海軍に席を置きながら、まったく船という乗りものが苦手なのである。
CODE1995時、観艦式中にただ一人船酔いで医務室に運ばれたというエピソードも伝わっている。
その際に艦隊司令より皮肉とも叱責ともとれる言葉を賜った時、
「私は海中艦の指揮官です。海の中はあんなに揺れませんから」
と答えたというオチまで付いている。
「その件については一度副長が話をしたことがあるそうだ。船酔いするのに何で海軍に留まるのかって、な」
「宇宙や空じゃ自力で飛べないから落ちたら怖いし、銃やらなんやらを担いで走りまわるにゃ元気がない。おおかたそんなところでしょう」
「だいたいそんな所だ。お前、上官をよ〜く把握してるじゃないか」
2人の冷やかな目線が中尉に注がれる。
「・・・本当ですか」
「あ〜、でも船は沈みますよ」
古川准尉が笑いながら聞く。
「艦長は泳ぎだけは得意なんだそうだ」
「数百メートルの海中でも?」
三人は笑い出してしまった。

<つづく>
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2009/1/3

忙中閑あり 第1回  投稿ストーリー

会員K・Yさん投稿の琵琶湖要塞外伝です。
数回に分けてお届けします。

琵琶湖に確実な春の訪れを告げてくれるのは、東に連なる伊吹山地の残雪たちである。
湖南は瀬戸内型の気候をしめすこの琵琶湖も、その湖北―これら伊吹の山々においては日本の深雪地帯の南西端にあたり、平均積雪が3mにも及ぶ。ゆえに琵琶湖の本当の春は、伊吹山地に春が届いたときだ、といわれるのである。
その今まで白かった頂きが緑に萌える時、昔から人々の心にも命の、生きることへの喜びを運んで来てくれるのである。
琵琶湖の春はそういう春である。
こと、戦いを前にした若者には、その春の訪れは新鮮だった。
「海もいいけど、あの山の上を飛んでみたいなぁ」
真新しい海軍准尉の襟章を付けた若者が独り言のようにつぶやく。
「そうですね。空もたまにはいいんでしょうね」
と、傍らの若者が受ける。
「次の非番がいつになるかわからんが、偵察部隊の知り合いに頼んで飛んでみるか」
「そんときは、わたしにも声をかけてくださいよ」
CODE1997の開戦まで、あと3週間と幾日かに迫ったこの日、列島軍兵士たちは開戦前最後の休暇をとることが許された。
わずか二日間の休暇であったが、覚醒してすぐに睡眠学習と新しい所属部隊においての訓練に追われた隊員たちにとっては、なによりのプレゼントであった。
長浜沖に浮かんだこの連絡用警備艇『ちどり』では、前CODE1995終戦近くに散ったミサイル巡洋艦『戸隠』の主だったメンバーが、言葉巧みに要塞直衛軍からチャーターした艦上で船上パーティーと洒落こんでいた。

<つづく>
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2008/5/5

海峡要塞  関連資料

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CODE1991戦前期に津軽海峡封鎖作戦に参加した
三号海峡要塞(旧 大雪丸)船上に残されていたマーク。
(1992年7月会報2号より)
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2008/5/5

(無題)  投稿イラスト

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K・Fさんの投稿イラスト。
(1995年春の会報13号より)
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2008/5/2

スーパー・ファントム開発史  投稿コラム

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CODE1991戦 IBM軍/日本列島防衛軍
戦闘攻撃機 SF−4JU スーパー・ファントム

スーパー・ファントムはCODE1991戦時に
十和田要塞大湯航空基地に配備された
新カテゴリーに属する新型戦闘機である。

CODE1986戦以前のコードであった
「ベトナム」にIBM軍に投入された
「F−4ファントムU」は海軍機でありながら
空軍や海兵隊でも使用された高性能機であった。
成功の要因は大型の垂直尾翼と
2基の大出力エンジンという
それ以後の主力戦闘の基本要素を備えていた事である。

当時の列島軍はIBM軍の日本列島派遣部隊の一部であり
当然装備はIBM軍と共通であり、最前線であることから
空軍型のF−4Eが順次配備が行われた。
スミノフの進侵攻が開始されてからは
F−15やf−16シリーズが順次投入されていったが
幾度かの改修を行いながら運用され続けた。
しかし、戦闘の長期化をにらんだIBM軍では
次世代の戦略/戦術を見据えた新型機の開発を決め、
CODE1986の3年目に各メーカーに仕様を伝えた。
だが、実際には各メーカーとも戦時生産と改良に
手いっぱいで新規開発を行える状態ではなかった。
そこでそれ以前に各メーカーから提出されていた
機体開発計画から目的に合ったものを選び出している。
開発はマクダネル・ダグラス社によって行われた。
機首の機関砲に名機ファントムUの面影が見られる事から
「スーパー・ファントム」の愛称が与えられているが
その実態はもう一つのF−15と言ってもよい機体である。
元々はF−15が開発された際の
「F−X(次世代主力戦闘機開発)計画案」の中にあった
可変後退翼機案の一つが原案であり、
F−15より強化された攻撃性能による
重量の増加を可変翼による機動性の向上で
補おうというものであった。

ただ、期待性能は予定より上だったものの
整備性の問題や機種転換の問題から生産数は少なく
列島軍とドイツ軍に配備された以外は
使用部隊も無かった。
形式番号の「SF」はストライクファイターという
このコードでの新カテゴリーである。
これは同様の戦闘攻撃機の分類であった「F/A」が
海軍主体の攻撃もできる」戦闘機」という
カテゴリーであったのに対して
空軍が攻撃力を重視した戦闘機として
提案したものである。
このカテゴリーに分類されたものは
このスーパー・ファントム以外に
バリエーション機で
ヨーロッパ戦線に投入されたストライク・ファントムと
F−15の攻撃型ストライク・イーグルに
トムキャットのフレームを流用して製作された
「陸式トムキャット」ことアタックキャットなどがある。
とはいうものの、新たにカテゴリーを作ることで
管理が煩雑になることを避けるために
列島よりIBM軍が撤退した後、再整理され
本国ではF−24という番号に変更されている。

また、バリエーションと記したが、
ドイツ戦線に投入された
「SF−4GI ストライク・ファントム」が
本来の機体である。
この機体はスーパー・ファントムのような
後方攻撃機能は無く、
F−15Dと同様の副座であり、
後席には普通のコ・パイロットが
火器管制/ナビゲーターとして着く。
尾部機銃部分には後方警戒用レーダーがあるが
4JUのようにコクピット部から
後部まで繋がってはいない。

(「要塞倶楽部」会報より転載・改稿)
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2008/1/18

防衛軍隊員証 その2  関連資料

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こちらはcode1997の隊員証。
code1995にくらべてそれっぽい作りになっている。
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2008/1/18

防衛軍」隊員証  関連資料

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code1995日本列島防衛軍隊員証。
マークデザインは佐藤道明氏によるもののよう。
同codeではスミノフ軍の隊員証もあったが
ワシは列島軍で参戦だったので
こっちしか持っていない。
実物はハガキサイズでシルクスクリーンで
金と青の2色で印刷されている。
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2008/1/17

槍空 1995  投稿イラスト

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