石井政之さんの日記で知った。
日本ジャーナリスト専門学校が閉校になるとのこと(同校による公式発表は
こちら)。
さすがにちょっとした感慨を覚える。というのは私自身「ジャナ専」というか「ジャナセン」に通っていた人間だからだ。今からもう22年も前、岩手大学を卒業した後に職も決めぬまま東京にやって来た際、周囲への「上京」の理由付けや都内でのアパート探しの口実にも使わせてもらった(汗)のが、当時高田馬場にあったジャナ専の夜間部「日本ジャーナリストセンター」への入学だったからだ。確か週に2回、夜7〜9時までの半年間の講座を、分割で8万円ぐらい払いながら通っていたと記憶する。
よくわからないけど編集や文章を書く仕事をしたい! でもその方法がわからない、という地方在住者にとって「ジャナ専」や「ジャナセン」はそれこそ藁をもすがるような存在だったのではないかと思う。もっとも私の場合は上京直後に運良く広告業界誌への就職が決まってしまい、1回目の講座を受ける頃には既に駆け出しの現役業界誌記者として会社をひけた後に通うような感じになっていた。当時の社長はそれがおもしろくないらしく「そんなところに行く必要はない!」とか散々嫌味を言われたものだけど、東京に来たばかりで身近に知り合いもいなかった私には、同じ年代、しかも同じような動機を持って来ている若者たちと、学生時代の延長線上のような気分で接することができる、良い息抜きの場ではあった。
もとより、そんな週2回の夜学講座で学ぶことより、サラリーマンとして給料を貰いながらメディア業界の裏口からまわる取材をしていたことから学ぶことが多かったのも事実だけど、一方で当時の私には「ジャーナリスト」と呼ばれる職能への、漠然とした憧れもあった。もちろん「ジャーナリスト」の具体的な定義も何もわからない齢頃でのことではあったが。
その「ジャナ専」が閉校するというわけだが、じゃあ「ジャーナリスト」の定義って何なのよ? と聞かれると私自身、どいうか世の中全体としても、上に書いた当時よりさらに曖昧模糊になってしまっているようなところはある。
そもそも、あれから20年以上、あちこちに取材しては雑誌などで記事を書くという仕事を続けているにも拘らず、「あなたはジャーナリストでしょう?」と聞かれたり「ジャーナリストの岩本さんです」などと紹介されるたびに「いやあ、そう言われればそうなんでしょうけど……もごもごもご」と思ってしまうところがある。ちなみに肩書きは会社を辞めて以降はずっと「フリーライター」ないし「フリーランスライター」で通しているが、雑誌に署名記事を書いた際に編集者から勝手に「ジャーナリスト」にされてしまったことも多かった。
「じゃあ『ジャーナリストではない』ことの定義って何だろう?」と、20数年後の夜、かつてとあまり雰囲気の変わらない高田馬場駅に降り立つ私は、そんなことを思ったりする。時折顔を出す「
市民メディアセンター・MediR」が、たまさかかつて通っていたジャナセンから割と近くにあるのだ。そのMediRではビデオカメラや編集用PCを揃えて「市民が誰でもインターネットなどを通じて発信できるようになる」ための講座が頻繁に開かれている(映像だけでなく、活字を対象にした講座もある)。そしてそこから、一般の学生や主婦などが自分で選んだテーマを取材・編集してまとめた作品がどんどん輩出されている。
そうした彼ら・彼女らが「ジャーナリスト」ではないと誰が言い切れよう。もとより「職業ジャーナリスト」ではないのは確かだが、少なくとも情報を見たり読んだりする側からすれば、別にそれを作ったのがプロなのか否かというのあまり関係ない話なのだ(もちろん「プロが作っているから信頼できる」という領域があることも否定しないが)。
つまり「ジャーナリスト」がもはや「専門職」とは限らなくなったのである。一方でテレビ局や新聞社・出版社を志望する若者たちというのは要するに「ジャーナリスト」よりも「マスコミ」の「会社員」になることのほうに前提を置いているのであって、そういう連中は然るべき大学の「メディア学科」やら何やらを目指すし、そもそも少子化の中ではその層自体もパイが減っている。
だから「ジャーナリスト専門学校」という立ち位置が難しくなってきたんだろうな、というのはわかる。そんな去りゆくジャナ専の近くに、「MediR」のような場所が(運営にあれやこれや苦労はありそうだけど)立ち上がっているというのも、まあ個人的にその双方に足を踏み入れたという経験からではあるが、何やら象徴的に思えたりもする。

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