群馬県の山間部を走る、いたってのどかなローカル線の風情に溢れる吾妻線。前回も書いた通り、沿線には首都圏でも名うての温泉街が居並んでおり、乗り込んだ各駅停車の車中にもどこかまったりとした雰囲気が漂っていた。
けれども一方で、この路線の一帯には政治的に極めて剣呑な話題が横たわっている。あの「八ツ場(やんば)ダム」問題だ。
御存知の通り八ッ場ダムについては昨年の政権交代で就任した前原国交相が建設中止を表明したことで、地元を中心に何かと物議を醸すことになった。もともとこのダムをめぐっては建設を疑問視する声があり、地元でも長期に渡って賛成・反対両派の論争が続けられてきたのだが、自民党政権下での中曽根・福田という2人の首相経験者の膝元(いわゆる“上州戦争”の舞台)にあることから、マスメディアではその是非に触れること自体がずっとタブーになってもいた。それが民主党政権の誕生によって一気に引っくり返され、全国的にも広く報じられることとなった。
とはいえ、何しろ60年近く前に計画が発表されてからすったもんだを繰り返してきた話だけに、表面化した頃には状況がもはやどうしようもないというくらいに複雑化してしまっていた。根強く反対運動を展開する住民たちもいる一方、水没予定地の住民の中には、もはやダム建設は決まりと捉えて他に移転してしまった人もいる。前述した有名な温泉街の一部が水没することによる観光産業への影響も懸念された。また、なによりダム本体に先駆けて周辺の関連工事が既に相当なところまで進められてしまっており、これらはダム本体の工事が凍結された今も、税金を投じて着々と進められている。
実は吾妻線も、その「関連工事」に関連しているのである。というのも、ダムが完成すれば現在の沿線主要駅「川原湯温泉」前後の区間が水没するため、ここを大きく迂回する付け替え用新路線の建設工事が行われているのだ。これについても現時点でかなり進んでいるらしく、車窓からはそれと思しき仰々しいコンクリートの橋が現在の線路から枝分かれしていくのが見えた。
水没予定の川原湯温泉駅は古い木造の駅舎。周辺の温泉街や住居も、ダム計画のせいか古ぼけたものが多いように見えた。付け替え新路線が完成すると、駅は吾妻川を挟んだ対岸に移動する(一応そっちでも温泉は湧くらしい)。とはいえ古くから親しまれた温泉街はダムができれば水の底に沈む。また、ダムができなくても、どうせ作りかけの鉄道路線はそのまま活かすことになるだろうから、結果的に温泉街は鉄道ルートからも孤立する――と、何だか踏んだり蹴ったりな話だ。
もとより鉄道だけでなく、道路の工事などはもっと進んでしまっている。川原湯温泉を西へ過ぎたあたりの車窓にも、高いところを大きく越えていく道路橋が。まさしく“やめられない止まらない”公共事業のモニュメントだ。
はたして次にこの吾妻線に乗る頃には、あたりの風景はどうなってしまっているのだろう……と、気ままな旅人の分際とはいえ、帰路の車窓を眺めながらさすがに考えてしまった。

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