岩本太郎ブログ(お前はただの馬鹿にすぎない)

フリーライターから100円ライターへ進化したものの使い捨て→ゴミ箱行き? はたしていつまで続くやら……

 

岩本太郎プロフィール

岩本 太郎(いわもと・たろう)    1964(昭和39)年名古屋生まれ。静岡市育ち。岩手大学人文社会科学部卒業後、1988年に東京へ。広告業界誌の編集者として2社で通算約6年半勤務した後、1995年にフリーライターとして独立。放送・出版・広告などマスコミ界の動向に関するレポートを主に手がける。また、オウム真理教問題など、社会的に話題を呼んだ事件の現場ルポ等にも取り組む。共著に「ドキュメントオウム真理教」「町にオウムがやって来た」「格安!B級快適生活術/都市の裏ワザ本」(いずれも正式または実質的に絶版中)。email HZU00512@nifty.ne.jp 自宅tel&fax03-5340-5237 携帯090-2624-3557 住所〒164-0011東京都中野区中央4-6-24エステート中野102

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投稿者:岩本太郎
たとえばAという人や事柄について記事を書く場合、その執筆者がAに対してどのようなスタンスや距離をとったうえで書いているのかが読者にきちんと伝わるようにまとめることは、記者としての最低限のモラルだと思いますね。

世の中の誰もが知っている人や事象に関わる衆知の話題について論評的に書くならともかく、本人に直接あたらなければ知りえないようなことを又聞きで聞いただけで、しかも「さも当人から直に聞いたかのように」書いてしまうというのは、確かに問題があるなという気がします。

だから

>他人から聞いた話なら、きちんとそれを書くべきだろう。
>それをだまっていて、あたかも、本人に直接取材したか
>のような記事に、読めるのは、読まされるのは、どうか?

との御意見には全く同感です。
投稿者:togami yosihiko
取材される側と その記事
たぶん、産経新聞の記事だろうけど、バルセロナのオリンピックの時に、俺に直接話を聞かないで、
だれかほかの人に俺のことを聞いて、それを新聞記事にしたのを読んだことがあった。けど、内容は、
その人に話したことと同じに正確にかいていたけど、それは、本人に直接取材したかのように書く(読める)
のは、間接取材したのに、取材詐欺ではないだろうか? まあ、話した中身はちゃんと正確に書いていたから
文句をつけるのも、野暮かも知れないが? でも、それは、ちょっと、ないんじゃないのか?と思う。
他人から聞いた話なら、きちんとそれを書くべきだろう。それをだまっていて、あたかも、本人に直接
取材したかのような記事に、読めるのは、読まされるのは、どうか? 本人だけが事実を知っていて、読者は
新聞記者が、本人に直接取材して書いた記事と思って、記事を読んでしまう。よまされる?。のは、倫理的に
きびしく言えば、 "詐欺" だろう。それでも、書かれた中身は、俺がは話した内容と正確に同じだったから
良かったもかも知れない。でも、なんだか、府に落ちない。これで、いいんだろうか?


http://yosihikoyasuhito.blogspot.com
投稿者:togami yosihiko
自分も大道芸人として、1回知り合いの作家に(新聞に記事も書いている)取材されて、写真もバッチリ
撮られて、新聞記事になったけど、なんか、その作家の言いたい事(記事)の"材料"にされた様な記事に
なってしまった。かれは、ブッダのことを書いて、その類型?として、具体例として、大道芸人の俺を
とりあげたようなかっこの記事になってしまった。もちろん、褒めた記事だけど、なんか、俺がブッダ?
かよう?という疑惑?や、戸惑いがそよぐ。やっぱり、記事を書く記者によって、事実(俺の大道芸人)
の様子が、偏向された様な、感じになる。事実は、記者によって、脚色されて、料理されて、御馳走?(記事)
となって、現れる。事実が、そのまま、記事には、ならないのではないか? どうしても、取材した記者の
思惑で、事実(取材された側)が、偏向(変更)してしまうのではないか? それでも、大道芸人の宣伝に
なったので、社会的には、見下されている大道芸人が、新聞記事に出ることによって、一応、社会認知
にはなっただろう。こちらのスペインの新聞では、けっこう、大道芸人の記事が出る。まあ、ようやく、
大道芸人も、りっぱな?一つの職業として、社会的に認められるようになったようだ。でも、まだまだ、
大道芸人を、"乞食"の延長として、考えているひとも多い。あ、あ、貧しい音楽人よ!って感じだ。


http://yosihikoyasuhito.blogspot.com
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