八戸要塞2007  

青森の太平洋側の八戸市で
太平洋戦争末期の昭和19年から20年にかけて
本土決戦用に造営された通称「八戸要塞」の跡が
地元の研究家によって確認された。
このような構造物が北東北で確認されたのは初めて。
のべ98万人によって工事が行われたという
この要塞跡は軍によって秘密裏に建造されたため
戦後もその存在が不確かなままであったという。
今回の調査では内部通路のほかに塹壕やトーチカ跡も
確認され、青森県や八戸市による
保存や研究が望まれているという。

この要塞跡のある山の持ち主は
子どもの頃ここで遊んで怒られたものだそうで
40年ぶりで場所を特定するのに苦労したそうな。
どっかに格納庫とかあって
零戦とか飛燕とか
モスポールされてたりしないもんかのう。

それにしても当時の軍人さんたち、
本当に何を考えていたのやら。
「本土」で「決戦」って時点でダメじゃん。

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