2009/10/26

魂の鍼灸師  教育・学校・教師


 人間というのは「人の間」と書くように関係性の中に生きていますから、うまく行くときも行かないときも、一箇所の変化が他の箇所に影響することは常に考えておかねばならないことです。

 私はかつて、非常に難しい兄をもった中学校3年生の女の子の担任をしたことがありますが、あとから聞くと、母親はまだ小学生だったころから妹を相談相手に、しょっちゅう上の子のことを嘆いていたようです。優秀な女の子でしたから中学校1年生くらいまではそれでよかったのですが、2年生からどんどん崩れてきて、私が担任になったころには手のつけられないような状況になっていました。

 思えば小学生のころ、母親は頼りになる娘、期待の星、よき相談相手として娘を見ていたのですが、娘の方は「期待にこたえなければ兄のように影で非難される」「よい子でいなければ兄のように見捨てられる」とそればかりを感じてがんばっていたのかもしれません。その緊張の糸が切れると悪くなるしかありませんでした。中途半端につながるより、「悪い子」として兄のように見放された方が楽だったのです。

 難しい子にばかり手をかけていると、そうでない兄弟が崩れていきます。優秀な子を誉めているつもりが、そうでない兄弟をいやしめている場合があります。すべての子ども丁寧に扱っていると配偶者が不満を言い出したり、どれもこれもがんばっていると、そもそも自分は家族の中でどうなんだと不平を言いたくなることにもなりかねません。

 そんなふうにこっちをいじっていると、あっちに不都合が出るというのが人間関係ですが、逆に言えば「こっちを変えるために、あっちをいじる」とか「ここをいじることを通してそれを動かし、そのことによってあっちに変化を及ぼす」、そういったこともできるのかもしれません。

 鍼灸師がやるように、頭痛を治すために足の裏に針を打ち込む、そんなやり方があるはずです。問題を解決するために押さえるべきツボは、とんでもないところにあるのかもしれません。



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