2022/1/27

「そろそろ私も煮詰まってきた」〜どこまで続くコロナのぬかるみぞ  生活


 コロナ禍終焉の淡い夢も 延びに延びて
 また先行きが見えなくなった
 私も疲れた
 しかし疲れているのは私だけではない

という話 。
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(写真:フォトAC)

【話が違うじゃないか】
 去年の今ごろは新型コロナの第3波が終息に向かっている時期でした。
 第3波における一日の最大感染者は全国で7949人(2021.01.08)。昨日(2022.01.25)の東京都(1万4086人)のわずか半分強といった程度で、今から考えると規模としては大したものではありませんでした。
 しかし2週間以上遅れて変化すると言われた死者は2月3日の時点で120人。死亡率は高く、経口薬も抗体カクテル療法といった特別な治療法もない時期だったので、恐怖はハンパではありませんでした。
 一方、そのころにはすでに諸外国でワクチン接種が始まっており、日本でも3月には始まるからそれさえ終われば新型コロナからは解放される、今だけの我慢だと、希望もある時期でした。

 ところがいざ蓋を開けてみたらワクチン接種は最高齢者でさえ6月、私たち60歳代でも7月中旬以降、さらに若い世代は先延ばしになって、30代の娘のシーナなどは9月になってようやく接種するという遅さ。その間に第4波も第5波も来てしまいます。
 それでも9月末には集団免疫が完成したのか、感染者も大幅に減り、11月になると死者も一日に1人か2人、時には0人。ワクチン接種の進まない諸外国をしり目に、小規模な第6波はあるにしても、2年に渡ったコロナ禍はほぼ終了する・・・そんなふうに言われ始めたのです。

 しかしここにきて話はまったく違ったものになってしまいました。
 ワクチンには有効期限がある、変異株には効果が薄い、オミクロン株にはとんでもない感染力があってワクチン2度接種も軽く突破されてしまうと、だいぶ話が違ってきます。さらにWHOのテドロス事務局長は「オミクロンが最後の変異株とは限らない」と警告を発し、新型コロナは「どこまで続くぬかるみぞ」といった様相を呈してきたのです。


【そろそろ煮詰まってきた】
 私は記憶力に難がある分、ストレスに強い面があります。耐性があるのではなく、ストレス要因を覚えていられず、ひと晩たつと忘れてしまうのです。齢をとってからは特にそうです。
 したがって精神の危機といったことは大病をしたときも含めて、ほとんどなかったのですが、ここにきてようやく追いつめられつつあります。低く見積もっても「コロナに飽きた」「煮詰まっている」、高く見積もれば「鬱屈している」といった状態です。

 妻にそのことを言うと、
「じゃあ、何がしたいの」
――そこで考えたら、要するに私は人と話がしたいのです。子や孫にも自由に会いたい、美術館や博物館にも行きたいと、いろいろあるのですが、それでも一番は、話すことです。

 勤めに出ていませんから人と会う機会がほとんどない。妻や母とはそれぞれ毎日一時間程度、話す時間はあるのですが、短時間で話をしようとすると、買い物はどうするとかデイサービスの準備はどうだとか、要するに事務連絡ばかりで、そんなのはとても人間らしい会話とは言えません。
 こころ豊かな会話というのは、要するにムダ話のことです。


【ムダ話こそ心豊かな会話】
 池袋のホテルで殺された82歳の男性は近隣でも有名な人で、しばしば女性に金を渡してホテルに連れ込んでいたそうです。年齢を考えると性的なサービスを受けるのが目的ではなく、会話を楽しんでいたのだろうと言われています。よくわかる話です。
 私に畑があります。今のように寒い時期はダメですが、春から秋にかけてはそこそこ忙しく、飽いている暇はありません。だから現在の「精神の危機」も春になれば終わるものですが、都会の老人はそういうわけにもいかず、なかなかたいへんかもしれません。

 いや老人だけの話ではありません。
 感染拡大でまた増加した在宅ワーク。もちろんリモート会議で言葉を交わすことはあるにしてもムダ話はできないでしょう。そうなると今の私と同じです。

 そう言えば息子のアキュラも週4日は在宅で働いているはずです。独身ですからアパートでも会話する相手はいません。大丈夫でしょうか。
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