2021/7/26

「やはりやるべきだった東京オリンピックとコソボの娘」〜東京2020オリンピック・メモ@  教育・学校・教師


 やはり2020東京オリンピックは開かれなくてはならなかった。
 5年の長きにわたってすべてを投げ込んできたアスリートのために、
 日本の底力を示すために、そして81年前の不始末を始末するためにも。
 オリンピックは多くの人々にとって、単なるスポーツ大会ではないのだ。

という話。
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(写真:フォトAC) 

【やはりやるべきだった】
 先週金曜日(23日)夜の東京オリンピック開会式を見ながら、MISIAの「君が代」が圧巻で初めてこの歌を音楽として素晴らしいと感じたとか、なんで大工さんのパフォーマンスなのだろうとか、あるいは市川海老蔵の「しばらく」、あれが分かる外国人がどれくらいいるだろうかとか(私もよくわからない)、起立しなかったのは総理・都知事だけでなく私も心の中でし遅れたとか、はたまたなんで「イマジン」なんだ? 日本にももっといい曲はいっぱいあるだろうとか、さまざまに突っ込んだり喜んだり、あるいは落胆したりして3時間50分を過ごしました。その上で思ったことは、やはり東京2020オリンピック競技大会は開かれなければならなかったということです。

 ひとつには先日も書いた通り、この日をめざしてすべてを投げ打ってきたアスリートたちがいるということ。その人たちを支えたいということ。
 もうひとつはこんなコロナ禍の中で、それでもオリンピックを開ける国は、自由主義国では日本しかないだろう、その力を示したいということ。日本は命を懸けて約束を守る国だと世界に知らしめたいということ(この場合の「命」は比ゆ的な意味)。
 そして三つ目には、日本はすでに1940年に東京オリンピックを返上した前科を持っていること。だから二度と繰り返すことはできないということ。しかも81年前は日本が起こした日中戦争が原因でした。

 そのために国民の命を危険に曝していいのかと言われると言葉に迷うのですが、例えば女子ウェイトリフティングで記録なしに終わった三宅宏実選手、この人が精魂を傾けた競技人生の最後の5年間を、何も試さずに終えさせてしまうのはあまりにも忍びないというのが、私の率直な思いです。

 なすべきはオリンピックを中止することではなく、この大イベントを何とかやり遂げるために国民が一致団結して協力することだと思ってきました。
 オリンピックの即時中止を求めてバッハ会長の歓迎会の際に迎賓館前で、開会式のでは国立競技場の前で、「日本人の命とオリンピック、どちらが大事なんだ」と叫んでいた人たちも、新宿や渋谷の繁華街で朝までアルコールを振舞っている店を探し、客に向かって「日本人の命とオマエの一杯の酒、どちらが大事なんだ」と叫べばよかったのだと思ったりもしました。


【コソボの娘】
 実際の競技について、私が最初に得た情報は女子ソフトボールチームの初戦勝利でした。続いてなでしこチームのかろうじての同点引き分け。そして最初に心動かされたのは女子柔道48s級の渡名喜選手の銀メダルです。
 実は48s級の決勝が始まって、渡名喜選手が元気よく飛び出してくるところまではテレビで見ていたのです。ところが、そのけなげな顔を見た瞬間に、私は臆病者ですので見られなくなってチャンネルを変えてしまったのです。それからしばらくして戻したら負けていました。
 谷亮子さんが言っていましたが、金メダルと銅メダルは「(決勝や三位決定戦で)勝ってもらうメダル」、銀メダルは「最後の試合に負けてもらうメダル」なのです。格としては銀メダルが上なのに、受け取る気持ちは複雑だと言います。
“渡名喜選手、ずっと努力してきたのに可哀そうだな”と胸を詰まらせたのですが、優勝した相手選手の名前と出身国を見たら気持ちがぐらつきました。コソボの選手だったからです。

 さほど有名な国ではありませんが南東ヨーロッパのバルカン半島内陸にある、人口180万人ほどの小国で、Wikipediaには、
ユーゴスラビア解体の過程でコソボ紛争を経て独立したが、コソボを自国領土の一部とみなすセルビア及びその友好国からは独立を承認されていない
と説明されています。

 旧ユーゴスラビアの成立と解体についてはいつかきちんと勉強しようと思いながら今日までできずに来てしまっていますが、チトーが統治し、国家として成り立っていた時期のユーゴスラビアを学んでいる時点ですでに、のちのことを知る私は胸が苦しくなって先に行けなくなってしまいます。解体の過程で発生した戦争は互いに(一民族を丸々地上から消してしまう)民族浄化の様相を見せ始め、西ヨーロッパ諸国も「行きつくところまで行かないと収まらない」と匙を投げるまで至ったからです。

 その中で最も小さな国のひとつであるコソボから、ゴールド・メダリストが出たのは実は今回が初めてではありません。前回リオデジャネイロ大会の女子柔道52kg級でマイリンダ・ケルメンディ選手が優勝しています。今回の東京にも来て昨日2回戦(マイリンダにとっては初戦)敗退でしたが、彼女が柔道を通して実現したいのは、常に国際社会で忘れられがちなコソボに光を当てることだと言うのです。
 彼女たちにとって、オリンピックというのはそういう場なのです。

 今回、渡名喜選手の負けた相手はディストリア・クラスニチという世界ランキング1位の選手でしたから、まずは順当な勝利ということも言えますが、それでも、コソボという小国から柔道を通じて世界に発信し続ける人たちのことを考えると、私は深い感慨に至るのです。

(この稿、続く)

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