2021/4/19

「追いつめられる看護戦士たち」〜新型コロナ医療の最前線と銃後@  政治・社会・文化


 新型コロナの医療現場がいよいよ切羽詰まってきた。
 いや、もともと切羽詰まっていたのが限界に近付きつつあるのだ。
 私たちはそのことを知っていたのに、
 しばしば忘れたり、忘れたふりをしたりしていた。

という話。
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(写真:NHK)

【限界を迎える新型コロナ看護の現場】 
 先週4月17日(土)夜の、NHKスペシャル「看護師たちの限界線〜密着 新型コロナ集中治療室〜」を観ました。東京女子医科大学病院を5カ月間に渡って取材したものです。

 番組は看護師として3年目の女性が退職願を書くところから始まります。私たちは初めから、この女性が辞めることを前提に、なぜそうなっていくのかという視点で見るのです。
 この京河祐衣という名の25歳の女性の生活は、ある意味で単純です。外で感染することを恐れ、内で感染したものを外部に広げることを怖れて、東京都が用意してくれたビジネスホテルと病院とを毎日行き来するだけで、友だちや家族と会うこともほとんどありません。食事は基本的にコンビニ弁当です。

 ICU(集中治療室)の中では全身を防護服で包み、重いマスクをつけて活動します。いったん入ると多忙のためにときには連続5時間も外に出られないこともあって、先輩の中にはオムツをつけて入っている看護師もいると言います。
 コロナ患者を受け入れた実績のある病院は全国でも3割以下、さらに人工呼吸器などの使用を前提に受け入れたことのある医療機関は7.6%しかなく、負担はそのわずかなところに集中しているのです。


【努力が反映しない、死に逝く者に打つ手がない】
 次に番組はもう一人の看護師を追います。昨年の1月、つまりコロナ感染がまだ日本に来るとは考えられていなかった時期にICUに異動してきた、9年目の看護師:阪井惠さんです。陽気な性質らしく、いつも笑顔で、患者の環境を少しでもいいものにしようと張り切って仕事を続ける姿が印象的な人です。しかしそんな阪井さんにからも、新型コロナは容赦なくエネルギーを奪っていきます。

 阪井さんが中心となって担当する63歳の男性は、入院当初、看護師たちに気遣いを見せるほどに状態がよかったのですが、わずか5日後にはICUに入ることになり、その4日後には意識をなくして“ECMO(エクモ)”を装着し、さらに一カ月半後、ついに亡くなってしまうのです。いったん死への引き金が引かれると、この特効薬のないウイルスに対して、医療者たちは従来型の抗ウイルス薬を投与する以外、手も足も出ない状態で死に逝く人を見守っているしかありません。最先端の医療と手厚い看護によって患者が治っていくことを励みとしてきた人々には、あまりに苛酷な現実です。歩いても歩いても前へ進めない――。
 阪井さんはやがて、ストレス性の胃炎によって休職に追い込まれます。

 私たちは仕事に価値があって成果が見えている限り、かなりのところまで頑張り続けることができます。しかしギリシャ神話のシジュフォスではありませんが、巨石を何度持ち上げてもそのつど繰り返し転がり落ちてくるような生活には、なかなか耐え抜くことができません。
 女子医大ICUの30人の看護師のうち、この1年間で出勤できなくなった人は5人もいると言います。


【評価されない、支持されない】
 最初に登場した京河さんもこの時期に切羽詰まってきます。防護マスクのために笑顔も見せられない、患者の手に触れて励ますこともできない。本来、自分が理想としてきた看護とは程遠い状況がもう何カ月も続いているのです。

 番組はここで唐突に京河さんの収入に触れます。去年の夏の賞与が例年の半分、年末の賞与は6割支給で定期昇給も見送られたと――。
 病院とホテルの往復だけで遊ぶこともありませんから、収入などさほど多くなくてもよさそうなものですが、収入は一面で評価の問題でもあります。仕事の価値やその人の能力・努力に応じて与えられるものだという側面があるのです。
 もちろんこの一年間の減額は、病院の経営難が唯一の理由だと分かっています。 しかし分かっていても、あれほどの努力と犠牲の対価がこれかと思えば心も折れます。教員が特殊勤務手当(部活手当)を手にするときと同じ思いが、数十倍の規模でやって来ると考えれば、私たちには理解しやすい状況です。
 京河さんもまた、この三月いっぱいで女子医大病院を退職する決意を固めます。新型コロナを理由にした離職は、全国の2割以上の病院で起きているといいます。


【私たちの社会は、手を打てるのだろうか】
 空いた穴は埋められなくてはなりません。
 女子医大では休職予定者や退職者まで含めて院内の各科に応援を求め、その結果9人の補充者を迎えます。驚いたことにその中には妊娠7か月の看護師や、1年前に定年退職した66歳の前看護師長までいたのです。皆、使命感に突き動かされて、戦いの最前線へ向かっていきます。ストレス性胃炎で休職していた阪井さんも、現場に復帰してきました。

 4月、女子医大病院は131人の新人看護師を迎え、その中から6人がICUを希望し配属されました。

 番組は最後に、
「未知のウイルスとの戦を、最前線を支えてきたのは看護師たちひとりひとりの使命感だった。限界線を越える前に、私たちの社会は、手を打てるのだろうか」
というナレーションで締めくくられます。
 私たちに何ができるのかと――。

(この稿、続く)

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2021/4/21  13:18

投稿者:SuperT

KODERA様、
とんでもなく華麗な一族の方なのですね。圧倒されます。

私のような下々のものから見ると、お医者様も献身的で誠実な人が圧倒的に多いように思うのですが違っているのでしょうか?

医者になるのに金がかかりすぎて(しかもしばらく無給医だたりする)、元を取ろうと気持ちが動くのも、やむをえない気もしているのですがいかがでしょう。

しかしあの忙しさ。金を稼いでも使う時間もない気もしますが、その点もどうなっているのか、今度友人に訊いてみましょう。

2021/4/19  8:34

投稿者:tsuguo-kodera

 戦前から日本の病人は看護婦さんの使命感で生き延びることができまし
た。それを日本の医師会が自分達の収入だけ増やしてきたのです。白い巨
塔は現実の話しでした。今も巨塔は維持されています。
 10年まで妻はほとんど死にかけてラッキーにも生きながらえました。新
人看護婦さんの相談相手になりました。2人いた新人はあと1年で退職し故
郷に帰ると言っていました。10割ですよ。
 たまたま凄い婦長さんが居て、下の世話から点滴までテキパキしてくれ
ました。若い看護婦さんはおたおたするだけでした。婦長さんは部長先生
に泣きついていました。
 でも60年前の東大病院より遥かにましだと思いました。姉が夏休み中入
院し、母は付きそいで1か月ベッドの脇で介護。私と兄は病院から15分の祖
母の家に長逗留しました。
 医学部学生だった叔父と、医局員だった叔父の2人がいましたが、モルモ
ット状態でした。看護婦さんは本当に大変でした。
 叔母はドイツ人の看護婦さんでした。日本とドイツの看護婦さんの責任
範囲が違っていました。日本は全て医師の判断。だから看護婦さんは手
足。ドイツは違います。今のアメリカも違います。
 医師会を潰し、日本の病院をほとんど潰し、お金を医師ではなく看護婦
さんに与えないと無理です。ドイツの従妹、アメリカの従弟は日本人は可
哀想だと言っています。
 それは歴史の結果です。感染症の学部より外科の学部の方が遥かに希望
が多く、日本はワクチンも治療薬もアメリカとドイツから輸入することに
なるでしょう。
 お金は無くなり、ますます福祉は劣化する。仕方ないと後期高齢者は諦
めています。


https://blog.goo.ne.jp/tsuguo-kodera

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