2021/3/18

「『万全な計画と準備』という保身術の勧め」〜災害と学校F  教育・学校・教師


 東日本大震災以来、多くの学校で避難計画の見直しが行われた。
 しかしそれは実際に動けるものとなっているだろうか?
 機器は停電でも予定通り動くのだろうか?
 そういうところまできちんとやっておくのが、真の保身術。

という話。
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(写真:フォトAC)

【計画と訓練は完璧でなくてはいけない】
 2011年3月11日、石巻市立大川小学校の校庭に避難していた先生たちが、不安に思いながらも津波が来るとは全く想像していなかったというもっとも有力な証拠は、運良く難を逃れた一人を除いて全員が74人の子どもとともに亡くなってしまったことです。

 子どもの命が危ないと感じたらどんな危険も顧みないのが教員です。危機を感じながらも何もしなかったとは到底考えられません。仮にそうでない教員が混じっていたとしても、自分の身さえ守れなかったのですから津波に対する警戒感はまったくなかったと考えるのが妥当でしょう。
 災害の現場、危機の真っただ中の人間なんてそんなものです。極限的な状況で正しい判断をして正しく行動せよなどと言っても無理なのです。だから事前防災を完璧にしておけ、というのが2018年の判決の趣旨でした。

 私も避難訓練の際には、
「実際の地震や火災の際には、建物が倒れ掛かって来たり火の粉が降りかかってきたりします。その中で訓練通り避難しろと言ったってできっこないのです。怖いから声が出る、あまりの恐ろしさに腰が抜けて歩けない――。実際には訓練の70点分しかできないかもしれません。けれどだれひとりけがをさせたり死なせたりするわけにはいきません。だから避難訓練は完璧でなくてはいけないのです。
 完璧な訓練の70点分なら何とか全員を助けることができるでしょう。しかしだめな訓練の70点だと、どれだけ多くの人が死んだりけがをしたりするか想像がつきません。ですからみなさん、頑張りましょうね」

とそんな話を子どもたちにしました。

 ただしそのくせ基礎となると避難計画の方は、忙しさにかまけて勉強不足・検討不足で、とてもではありませが完璧と言えるようなものではありませんでした(と今は思います)。

 例えば(これは以前も書きましたが)児童生徒の避難が完了して人員点呼が終わると、職員の係活動というのが始まります。消火に向かう消火班だとか、重要な書類等を持ち出す搬出班とかが校舎に向かうわけです。訓練では人員点呼が終わったところで、ほとんど自動的に校長先生が指示を出します。
「全員、無事、避難完了。職員は係活動に移れ」

 これを実際の災害の場合でも行ってよいのでしょうか? 燃え盛る火の中に職員を跳び込ませて、校長先生は責任を取れるのでしょうか? 
 実際にはおそらく管理職が現場近くまで出向いて、そこで検討・判断することになると思うのですが、だったら最初から避難計画に入れて、訓練でも繰り返しやっておくべきでした。


【防災機器の危機】
 下の写真はむかし私が係をやっていた学校の緊急放送機器です。
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 火災の際に自動的に消防署へ信号を送る機械だとか、不審者侵入に際して直接警察と繋がって現場の音声を送る機械だとか、その時期その時期の状況によって次々と追加設置されたため何が何だか分からなくなっています。写真には写っていませんが、右の壁には非常ベルや消火栓と連動した「総合防災盤」という大きな装置もあります。

 私は係でしたので業者さんや消防署の方に教わりながら上のような掲示物をつくり、さらに機器の一つひとつの使い方も掲示物にしました。かなりシンプルなものをつくったつもりですが、そんなものが5枚も6枚も掲示されると、見て覚えようという意欲が萎えてしまいます。作った私自身が覚えきれません。
 また、東日本大震災を経て気づいたのですが、これらの機器のうち、停電でも使えるものがいくつあったのか、それさえ知らなかったのです。係の私ですら知らないのですから、他の先生方は何をかいわんやです。


【ホースで放水できない】
 先ほど紹介した職員の消火班。消火訓練といっても実際に消火器を扱ってみることはあっても消火栓からホースを引き出し、放水するところまで試してみることはありません。消防署への連絡装置や非常ベルと連動している場合が多いので事前準備が大変なのと、放水訓練のあとはホースを乾かして再び収納をするのが大変だったから、というのが主な理由かと思います。

 しかし私は優秀な係でしたので(ということにしておきましょう)、実際に放水訓練をやってみたことがあるのです。2年続けてやって3年目からはやめました。なぜかというと2年連続でホースが破裂してしまい、3年目も同じ目にあうことは明らかだったからです。子どもの前でそんなみっともないことはできません。先生はアテにならないと知らせて、いいことはないのです。

 消防法の第17条3の3では、設置後10年を経過した屋内消火栓等の消防用ホースは、3年ごとに耐圧試験が義務付けられています。試験の結果、漏れ等の不具合があれば交換する必要があります(ただし新品に交換した場合はそこから10年間は耐圧試験等が免除される)。
 そこで教頭先生を通して市教委に連絡したら、教委は百も承知で「予算がなくてできません」という返事でした。 ほんとうに優秀な先生方は、こうした事情もご存知の上で実際の放水訓練をしてこなかったのかもしれません。

 もう20年近く前の話で、東日本大震災の教訓を得た現在ではずいぶん違ったものになっていることと思います。しかし仙台高裁の示した事前防災は完璧でなくてはならないという方針からすると、防災装置・機器は完全に使えるものにしておかなくてはなりません


【避難所運営計画】

 東日本大震災を経て、今になって思うことのひとつは、学校の「避難所運営計画」というのも作っておけばよかったというものです。
 私の勤務した学校は災害時の避難場所になっていましたが、避難所運営計画というのは割り当てられた市の職員数名が学校に来て開設するといった簡単なものでした。台風被害や水害の可能性を考えて、一晩だけ過ごすための避難所という前提があるようです。一週間、十日、それ以上の避難ということは念頭にありません。

 しかし東日本大震災とまではいかなくても熊本地震レベルの地震があって市内全域に数十か所もの避難所が開設されたら、とてもではありませんが市の職員だけでは回って行かないでしょう。市役所の仕事は避難所運営だけではないのですから。結局、学校避難所は学校が運営せざるを得なくなるのです。
 どうせやらされるものなら、長引く見通しがついた時から学校職員が行えば便利なのです。外部の人間に任せれば大切な部屋が押さえられてしまったり、妙な場所にトイレが設営されてしまったりして後々めんどうです。避難所の運営には最初からかかわった方が有利だということも、東日本大震災の見えざる教訓です。

 小学校なら5・6年の児童、中学生も学校に来られる子はすべてボランティアとして活用し、自宅で片づけをしている子も含めて総合的な学習の時間としてカウントすれば、授業が再開されたあとの時間のやりくりも楽になります。

 計画なんて例えば「仙台市 避難所運営マニュアル」みたいなものを参考にして人員の割り振りをしておくだけでいいのです。組織を立ち上げて軌道に乗せるといった仕事は、毎年新入生を迎えて学級づくりをしたり児童生徒会を立ち上げて運営したりしている先生たちの、最も得意とするところです。放っておいてもうまくやってくれます。


【保身の勧め】

 「保身」という言葉がいい意味でつかわれることは稀です。公務員はすぐに保身に走るといった言い方もよくされます。
 しかし逃げたり隠れたり、隠したりすることが保身にならないことは、昨日お話しした昔の神戸市須磨区の中学校長の例でも分かる通りです。

 真の保身とは自分の仕事を可能な限り完璧にしておくことです。大川小学校の校長も、市教委から避難マニュアルの見直しを指示されたときにきちんとやっておけば、褒められこそすれ、こうまで貶められることはなかったでしょう。
 私の破裂した消火ホースについても、教委に煙たがられても、教頭・校長を通してしつこく要求すべきでした。要求さえしておけば、いざ火災となって消火ホースが使えなくても市教委の責任です。何しろ学校(校長)は要求し続けていたのですから。こうしたやり口こそ真の保身と言うべきです。

 さらに市教委が根負けしてホースを新調してくれたら、実質的にも校舎と児童生徒が守られるわけですから、それこそ本質的な保身ということになります。
 真の保身・実質的保身――それらのことをもっと図々しく、現職のうちにやっておくべきでした。

(この稿、次回最終)

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