2021/1/14

「ボヘミアンK氏を探して」〜年賀状が呼び覚ます記憶と人間模様B  思い出


 ネット検索で昔の知人の住所と電話番号を知った。
 さっそく電話し、不在だったために改めてかけると言ったきり、
 躊躇していたらいくらもしないうちに相手の電話が外されてしまった。
 つまらないためらいのために、好機を逸することなりそうになった。

という話。
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(ミュシャ「スラブ叙事詩」より『故郷のスラヴ人』《部分》)

【ネット上に先輩の名前を発見した】

 私のような歳になると人間関係は狭まる一方で、したがって年賀状も減ることはあっても増えることはありません。しかし今年は1枚だけ、例年にはない賀状を出しました。
 まだ教員になる前、学習塾の管理会社に勤めていた時の先輩というか上司のKさんです。年賀状はおそらく初めて、連絡すること自体が三十数年ぶりです。

 なぜそういうことになったかというと、話は3年前、何となくKさんの名前でネット検索をしていたところ、Google先生の5〜6ページくらい進んだところにKさんの住所と電話番号を見つけたのです。
 私は無類の検索好きですから、それまでやったことがないはずはないのですが、そんな先まで見ることはなかったということでしょう。

 ありふれた名前ではないものの、それでもと思って今度はGoogleEarthに住所を打ち込んで、ストリートビュー(実際にその場に行ったように360度の画像が見られる)に入ると、確かに一度だけ行ったことのあるKさんのご自宅でした。

 三十数年前、Kさんは父親の建てた家を3000万円で売ってさらに1500万円の借金を重ね、その家を購入したのです。私は引っ越しの手伝いがてらお邪魔して、一晩泊めてもらった記憶があります。
 ただ、その家は私の田舎の実家の三分の一ほどの土地に半分ほどの床面積で建っていて、一台分の駐車場を除けば箱庭程度の庭があるだけでした。しかも主要な鉄道駅からバスで30分もかかる場所にあり、なによりも道一本を隔てて高速道路が走っているのが苦になりました。二階の窓から目の前を走る車の運転手が見えるのです。鉄道なら夜中は止まりますが、高速道は24時間です。うるささはハンパではありません。
 Kさんは1500万円の借金で済みましたが私だと全額自前です。それだけ背負ってもこの程度の家かと思ったら、それが東京を離れる理由のひとつになりました。
(当時は世間知らずでしたから4500万円全額を借りるつもりでいましたが、いま思えばそんな多額の借金ができるはずもなく、高速道のすぐ脇どころか高速道路の上にしか家を建てるところはなかったのかもしれません――冗談です)


【つまらないためらいが、のちのち後悔を生むことになった】
 とっくに失ってしまった番号が改めて手に入ったところで、私は恐る恐る電話をかけてみることにしました。3年前の10月のことです。恐る恐るというのはKさんがもう死んでいるかもしれないと思ったからです。

 後で詳しく書きますが、私より5歳ほど年上のKさんはとんでもない大酒のみで、家系的にも短命とか、常々「私は60歳までは生きていないだろう」と予言していたからです。しかし住所や電話番号を知ってしまった以上、亡くなっていたなら亡くなっていたで確認しないわけにはいきません。私は運命論者ですから天の声を無視することができないのです。

 で、電話をかけるとほどなく年配の男性が出て来て、しかしKさんのようには思えず、
「私は三十数年前に○○社でKさんのお世話になったTと申しますが、Kさんはおられるでしょうか」
と訊ねたのです。すると先方は、
「ああ、Kは今、散歩に出ています」
 それで私はどっと疲れてしまいました。「Kは死にました」という答えに対する言葉を山ほど考えていたので、思いのほか緊張していたのかもしれません。そこで、
「では後ほど改めて連絡させていただきます」
と返して――実はそれきり電話をしなかったのです。
 安心したというよりも、あまりにも緊張していたのでかえって恥ずかしくなり、何となく照れてすぐにはかけられなかったのです。

 次にかけるのは翌年、つまり一昨年の3月まで下ってしまいます。今度は落ち着いてかけられました。ところが電話の向こうの声は若い女性で、
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、おかけ直しください」
 携帯の住所録からかけているのですから間違えるはずがありません。しかし改めて数カ月前に検索したのと同じやり方で電話番号を調べてかけ直しても同じ。
 わずか4〜5カ月の間に異変があったに違いありません。
 
 Kさんのお父さんはずいぶん前に亡くなっているはずですから、あのとき電話口に出たのはたまたま訪ねて来ていた親戚か何かで、Kさんはこのわずかな期間に亡くなってしまったのかもしれない、散歩というのもリハビリだったのかもしれない、そんなふうに思いました。


【年賀状を書くことを思いつく】

 その後、東京に住む娘のところを訊ねるたびにKさんの家に行ってみようという気持ちもあったのですが、先ほど書いた通り実に行きにくい場所にある家で、わざわざ切ない思いをするために行くこともないといった気持ちもあって、ついに訊ねることなく2年近くが過ぎてしまいました。
 ところが先月、年賀状を書きながら、ふと、分かっている住所に年賀状を出してみたらどうかという考えが浮かびました。それまで手紙を書くというアイデアがなかったわけではありませんが生存確認のための一筆というのも気が重く、実際に行うに至っていなかったのです。しかし年賀状だったら自然です。

 こちらの電話番号を書いておけば1月1日か2日には連絡が来るでしょう。すでにだれも住んでいなければ私の年賀状自体が返送されてくるはずです。それで諦めがつきます。

 ところが2日になっても3日になっても反応はなく、
「ああ、やはり亡くなっていて、親族が丁寧なお手紙でも書いているのだろう」と思い始めた4日になって、なんとKさん本人からの電話がきたのです。
(この稿、続く)

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