2020/11/20

「『夕飯にします? お風呂にします?』の衝撃」〜モノによってもたらされる幸せE  教育・学校・教師


 ここまできて気がついたことは、
 ガスも水道も冷蔵庫も洗濯機も、そして瞬間湯沸かし器も電子レンジも
 単に私たちの生活を楽に、便利にしただけではなかったということだ。
 それらは日本人の生活と家族関係を根本的に変えてしまった。
 なかでもテレビはもっとも破壊力の大きな道具だった。

という話。
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(写真:フォトAC)

【決して狭くはない日本の文化的統一性】
 昔の交通安全標語に「狭い日本、そんなに急いでどこへ行くの?」というのがありましたが、なかなかどうして日本はそれほどちっぽけな国でもありません。
 確かに中国だのアメリカ合衆国だのロシアだのを思い浮かべるとかなり小さいですが、西ヨーロッパの中にいれてみると、日本より国土の広い国はフランス・スペイン・スウェーデンの3カ国しかないのです。世界201カ国及び地域に当てはめても61位ですからまあまあ大したものです。
 それだけの広い国土を持ちながら、非常に高い文化の統一性を持っているという点でも特筆すべきです。

 例えば中国では北京の人と広東の人とでは普通の意味での会話はできませんし、イギリスでもすべての人が英語をしゃべりますが、日常的にはアイルランド語やウェールズ語、スコットランド語などで生活をしているのです。
 日本の場合、さすがに津軽のお爺ちゃんと博多のお婆ちゃんがそれぞれの方言全開で会話をすると難しい面もありそうですが、基本的には標準語ひとつで全体が回っていると言って問題ないでしょう。

 生活習慣や景観などもほぼ同じで、沖縄の屋根に乗ったシーサーだとか1mもの雪をかぶった屋根だとかを見せられない限りは、日本中どこに行っても似たような建物ばかりです。室内の様子はほとんど変わりないでしょう。
 しかしそうした統一性は大昔からあったものではありません。

 日本が日本になったのは、戦国時代以降に家臣団とその家族が丸ごと移動する領地替えが繰り返されことや、江戸時代に定期的に江戸文化が地方に下り地方の物産が上った参勤交代、そして明治政府による強力な中央集権化に負うところが多かったように思うのです。しかし庶民の生活の隅々まで完全にひとつのものにしてしまったという点では、領地替えも参勤交代も中央集権も、現代の、あるひとつの装置の敵ではありません。それがテレビです。


【日本統一(言語の統一、文化の統一)】
 我が家にテレビが来たのは1962年(昭和37)のことだったと思います。
 1959年(昭和34)、当時まだ皇太子だった現在の上皇ご夫妻のご成婚パレードを電気屋の店先で見ながら、母は「今度、東京にオリンピックが来るらしいけど、それまでにはテレビを買いたいねぇ」とか言ったのを思えていますが、我が家ではオリンピックの1964年を待たずに入ったのです。とにかくご近所に続々と入ってくるので買わないわけにはいかなかった、そういう時代でした。

 毎日テレビを見るようになって驚くことはたくさんあったのですが、その一つは東京と私たちの生活の差です。
 例えばNHKの「ホームラン教室」という子ども向けドラマでは、主人公の野球少年たちはみなユニフォームを着て試合をしていました。現在残っている唯一の動画ではみんな貧しく大したことがないように見えますが、私がこの番組を見始めたのが放送4年目くらいのころからですから、その間にユニフォームを揃えたのかもしれません(動画は2年目)。味方ばかりか敵チームも全員ユニフォーム。しかし当時の私の周辺にはユニフォームを着た野球少年なんてひとりもいませんでした。そもそも世の中に子ども用ユニファームというものがあること自体が驚きだったのです。

 もしかしたらそんな少年野球のチームなんてテレビの中だけで、東京と言えど現実にはなかったのかもしれませんが、都会はそういうものだと私たちは思い込みました。

 家の中に冷蔵庫のある生活、夫や子どもが職場や学校に向かうと洗濯機に衣類を投げ込む生活、女の子がお稽古事としてピアノを習う生活、そうしたものがこの日本にあってやがてそれが標準になるだろう、そういう思い込みがひとつひとつ田舎で実現していきます。同じようにしないとダメになるといった強迫観念もありました。

 ドラマの中では言葉遣いも洗練され美しいものでした。自分のことを「オラ」などという子は一人もいません。何かを訊ねるときも気取って「〜なの?」とか言ったりします。田舎ではそれは女言葉で、男子は口が裂けても使ってはならないものでした。
 私の住む田舎はもともと方言の少ない地域でしたが、おそらく日本中の田舎人はテレビを見ながら東京言葉の勉強をしたに違いありません。まず聞き取ること、日常で使うか使わないかは別としていざというときは使えるように準備しておくこと、それが必須だと思い込んでいました。


【「夕飯にします? お風呂にします?」が衝撃的!】
 ドラマを見ていて、驚くべき東京の習慣に出会うこともありました。サラリーマンである夫が帰宅したとき妻が最初にかける言葉、
「どうなさいます? 夕飯にします? お風呂にします?」
 それで初めて知りました。東京の人は風呂に毎日入る!

 銭湯通いだからということもありましたが、私の家では夏でも週に2〜3回、冬だと1週間に1回でも入ればいいくらいなものでした。下着だって冬場の母の負担を考えると2〜3日は同じものを着ていたくらいです。その何と野蛮で田舎臭かったことか――。
 しかし18歳で東京に出て初めて気づいたのですが、夏の東京では毎日風呂に入らずに暮らすことの方が難しいのです。夜、寝る前に着替えたのに、朝ぐっしょり汗まみれになって起きる、そんな生活は思い浮かびもしませんでした。

 海から遠く離れた私の田舎では汗なんてものは真夏の一時期を除いてほとんどかくことはありません。汗をかかないということは服も汚れないということです。だから風呂も2〜3日おきでかまいませんし着替えだってしなくて済んだのです。今でも欧米人の中にはシャワーも浴びなければ着替えもしない人がたくさんいるそうですが、すべて気候のなせる業です。
 ただしもちろん現在の私は毎日入浴し、毎日着替えています。しかしそれはトイレに行って必ず手を洗うのと同じで、習慣となっているしそれをやらないと見られたときに恥ずかしいからで、必要性という意味ではいまもしなくていいと思っています。

 もうひとつ重要なことがあります。
 それはテレビが家庭に入ってから、家族全員がそっぽをむいて食事をすることになったことです。全員がテレビの方を向いて会話もしません。いやそもそも「家族揃っての食事」ということ自体も少なくなっています。

 ご飯釜に保温機能がなく、電子レンジでチンすることもできず、味噌汁を温め直すには竈に火を入れるところからやるしかない生活では、家族一緒の食事は必然でした。それが別々でよくなった――。
 そう言えば夜更かしの習慣もテレビから始まったのかもしれません。

 そう考えたら収まりがつかなくなりました。「モノによってもたらされる幸せ」という問題でもなかったのかもしれません。しかし長くなりましたので、ここから新しいテーマとして改めて別の機会に考えることにしましょう。

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