2020/10/2

「東京は差別されている」〜それぞれのコロナB  政治・社会・文化


 新型コロナ感染に関して、すでに国内の分断が始まっているのかもしれない。
 東京をはじめとする都会は、いつまでたっても感染者をゼロにできないのに、
 いたって呑気に見えるからだ。
 そのことに田舎びとは苛立っている。
 しかし都会と田舎、それぞれに理由があるのだ。

という話。
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(川瀬巴水「東京二十景 平河門」)

【第一波を振り返る】
 昨日、田舎の田舎に住んでいる年金生活者にとっては、緊急事態宣言ですらどうということはなかったという話をしました。
 しかしあの時期の、東京に住んでいる人たちの緊張は尋常ではなかったでしょう。新宿や渋谷駅の周辺が、怪獣映画でしか見たことのないような閑散とした状況で、浅草の仲見世通りなどはほとんどCGでした。
 たくさんの人たちが遊びに出かけるのではないかと心配されたゴールデン・ウィーク、人々は観光地どころか職場にすら行かなかったのですから。
 しかし都会は緊張しきっていた時期、田舎はそれほどでもなかった、こうした風景の違いは人々の意識も変えて行ったに違いありません。

 全国的にはまだ感染者ゼロの県がいくつもあった4月中旬、首都圏や阪神では毎日大変な数の感染者が炙り出され、死亡者数もうなぎ昇りに昇って人々を震え上がらせました――と書いて確認すると、ちょっとした意識の混乱が起きます。
 というのは第一波おける東京都の感染者数は、せいぜいが150〜200人なのです。最高到達点は4月17日の201人でした。

 しかし昨日(10月1日)の東京都の感染者数は235人、それを私たちは「ちょっと多かったかなあ」くらいの気持ちで見られるのです。4月の201人に怯えていた私たちは何だったのでしょう。

 もっとも死者数についてみると第一波の際の最高到達点は5月2日の15人。全国的に見てもこの日がピークで36人の方が亡くなっています。第二波のピークは今のところ東京で9月8日と9月28日の6人、全国的には8月28日の20人です。当時の現在進行形で言えば36人が翌日40人にもなるようにも感じられたはずですから、怯えるに十分な数字だったとも言えます。

 しかしいずれにしろ、コロナに対する恐れは田舎と都会とではだいぶ違ったものになっていきました。


【東京人の東京コロナ
 東京に住む娘のシーナの話によると、緊急事態宣言の自粛のあいだ、確かに東京都民は怯えて家から一歩も出ないような生活を続けていました。しかし実感としてのコロナ感染はまったくやって来なかったようなのです。

 シーナの夫の勤める学校でも児童・保護者、あるいは同居する祖父母たちが感染したといった情報はまったく出てこず、シーナが保育園に子どもを迎えに行ったついでに保育士さんや保護者の話を聞いても、感染の噂はまったくないのです。不安ばかりが大きくて実態はまるで見えてこない――そんな状況のままやがて緊急事態宣言は解除されてしまいます。まるで拍子抜けみたいな感じだったようです。

 それはそうでしょう。
 東京における第一波のピーク――4月1日を挟んだ前後合わせて一週間の感染者数は1026人。ただしこれを東京都の人口で割って10万人あたりで出すとわずか7・48人なのです。割合にすると0・0078%。これでは噂として聞くことも難しいのは当たり前です。
 ちなみに昨日(10月1日)までの直近1週間の、東京都の感染者数はそれより多くて9・65人。割合にして0・0096%です。東京都民が実感としてコロナを感じるのはやはり難しいままです。

 3月ごろのニューヨークのように大型冷凍車が病院に横付けされて次々と遺体が運び出されるとか、インドの町はずれの広場にいくつもの穴が掘られて遺体の到着を待っているといった風景でもあれば別ですが、目に見えなかったり耳に聞こえてこなかったりする危機は、実感として捉えるのは難しいのです。
 ただし同じ東京の状況を、田舎から見るとずいぶん雰囲気は違ってきます。


【田舎びとにとっての東京コロナ】〜東京は差別されている
 さきほど「昨日(10月1日)東京都の感染者数235人」と書きましたが、今日まで9カ月余りの全部の感染者が235人よりも少ない自治体が、日本全国に15もあります(山口・山梨・新潟・大分・岡山・徳島・島根・高知・愛媛・香川・山形・秋田・青森・鳥取・岩手)。
 中でも岩手県は現在に至るまでわずか23人ですから、岩手の9か月分のさらに10倍が、昨日の東京では1日でドサッと降っている計算になるわけです。人口が110倍以上といったことは問題になりません。

 感染者数の中央値は鹿児島県の417人、そう考えると東京都の1日235人がいかに巨大な数字か分かろうというものです。
 それが地方人の持つ東京都のイメージなのです。

 家族が東京へ行って来ると介護サービスが一斉に止まる、教職・介護職・医療の関係者の家族が東京に行ったり東京から帰省した場合、本人は2週間の出勤停止といった極端な対応は、そこから生まれます。
 田舎の人間は都会の人たちがいつまでたっても感染者をゼロにできないことに苛立っています。田舎でせっかくゼロにしても、都会がゼロにできないからまたいつの間にか繁殖して、田舎が侵されてしまうからです。

 あちこちの自治体のホームページを見ていると、東京に関してのこんな記述に出会ったりします。
 特別の注意を払わなければならない段階に入っていると考えられ、東京都へお出かけの際には最大限警戒して、自分の健康状態はもとより利用する施設の感染防止対策を確認し、その必要性を判断し、 「三つの密(密閉、密集、密接)」を避ける、人と人との 感染防止距離(概ね2m)を取る、距離が取れない場合の マスクの着用や 手洗いなど、他の地域へ行く時よりもさらに 感染予防に万全の注意を払っていただきますよう強くお願いします。
例えば、お知り合い等との会食であっても飛沫感染した例も多発しており、特定の地域へ行かなければよい、ということでは十分な対策とは言えないことにご留意ください。
(2020.10.01更新)
 これではとてもではありませんが気楽に「東京へ行ってきた」などとは言えません。家族を帰省させるのも困難でしょう(観光客には来てもらいたいけど)。

 同じ県のホームページの別のページには、
 新型コロナウイルスに関する誹謗中傷、不当な差別的言動はやめましょう(条例でも禁止しています)
とありますから、事態はさらに厄介です。


【みんな迷っている】
 「安心と安全は違う」とはよく言われることです。
 東京都民に会うとして、その人が感染者である確率は0・0096%。仮に感染者であったとしても他人にうつす確率はその5分の1以下――だからむやみに恐れる必要はない、それが科学的判断で、そこから導き出せるのが「安全」です。しかし必ずしも「安心」に繋がるものではありません。
 県民の「安全」を守るとともに「安心」を得るには、東京をはじめとする“危険地帯”との往来を遮断するしかない、そういう思いが上のホームページのような記述になるのでしょう。
 しかし東京には行くなと言いながら「GoToトラベルでも本県には来ないで下さい」とはとてもではありませんが言えません。そこに迷いがあります。

 私も、迷っています。
 東京都が感染状況を4段階あるうち厳しい方から二番目の「感染の再拡大に警戒が必要であると思われる」に設定しているとはいえ、娘の家に行って帰ってくるだけのことにどれほどの感染リスクがあるのでしょう。おそらく限りなくゼロに近い。

 しかし万が一のさらに万が一、つまり1憶分の1の確率であっても、私から母を通してデイサービスへ、妻を通して学校へ、感染を広げるようなことになったら世間に顔向けできません。
 一方、5歳の孫のハーヴはまだしも、1歳になったばかりのイーツなどは、半年会わなかったら別の生き物になっています。
 ハイハイの時期を見逃してしまいました。初めてのパチパチ(手を合わせて叩く)も見ていません。
 返す返すも厄介で寂しい話です。

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