2020/6/18

「人間関係を持たずに済むなら、勉強をしたい」〜不登校の子たちにオンライン学習を@  教育・学校・教師


 日本の教育は体験を重視する。
 「格物致知(かくぶつちち)」(*)は日本の伝統であり、
 体験を通さない学習はこの国に不向きである。
 したがって非常時以外の「オンライン学習」にはまったく不賛成なのだが、
 それでも、これが必要な子どもたちがいることに気づいた。

というお話。
*格物致知・・・ものを通して知に至る。2013/2/18「格物致知(かくぶつちち)」参照のこと
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(「パソコンでオンライン学習する子ども」フォトACより)


【「オンライン学習」は忘れられていくのか】
 学校が再開されて3週間がたとうとしています。
 分散登校だったり夏の準備だったり、まだまだ通常運行というには程遠い状況ですが、全国一斉休校と言った異常事態から解放され、ほっとした雰囲気が流れています――と、教員である婿のエージュが言っていました。やはり子どもが来てくれる学校というのはいいとも言っています。
 まだこの先一年以上に渡って普通の生活には戻れないと思いますが、なんとか凌いで行ってほしいものです。

 さて、学校の正常化とともにニュースの表面からまったく消えてしまったのが「オンライン学習」です。安心して子どもを学校に預けられるようになった今こそ、じっくり腰を据えて「オンライン学習」の基盤整備などに取り組めばいいものを、どこからもそんな声は聞こえてきません。

 それはそうでしょう。喉元過ぎれば熱さ忘れる――毎日子どもが家の中にいて朝から晩まで勉強もしないでゲームをしている、たまに画面から目を離したかと思ったら「腹が減った、何か食わせろ」「飽きたからどかに連れていけ」「たまには一緒に遊んでほしい」、そういう地獄から自由になってしまうと、今さら第二波にむけて子ども専用のPCやプリンタの準備をするというのも面倒になってきます。もしかしたら第二波は来ないのかもしれないのですから――。
 そんなこんなで「オンライン学習」への希求はすっかりなりを潜めてしまいましたが、その一方で今も熱烈にこれを求めている人たちもいるのです。
 不登校の子とその家族です。

 先週の金曜日のNHKニュース・ウォッチ9で扱っていたのですが、一斉休校の後半で一部の学校がオンライン学習を始めたところ、不登校の児童生徒の何人かが積極的にかかわるようになり、昼夜逆転だった生活を立て直して時間がくるとPCの前に座って授業に取り組む子が出たり、中にはそれを契機に6月に入って登校する子まで出てきたというのです。

 これには呆れました。子どもたちに対してではありません。
 オンライン学習なら不登校の子でも入って来られるかもしれないという可能性について、私がまったく気づいてこなかなかったからです。


【人間関係が避けられるなら勉強したい】
 再三引用していますが、不登校の専門家の富田富士也さんの40年前の忘れられない一言、
「不登校の子が学校を嫌うのは、そこが人間関係を強制するところだからだ」
は、私にとってこの問題を考える上での起点となっています。そしてその観点からすれば、「オンライン学習」はまったくうってつけなのです。
 なぜなら授業が終わって休み時間になれば、電源を落として一人になれるからです。同級生たちと付き合う必要がない。合わせることもない、いじめられる心配もない。
 現在のところ「オンライン学習」と言っても設備及び教師の技能が不十分で、会議用アプリを使って子ども同士が存分に話し合うといったところまではいっていません。教師と生徒の一対一の授業が同時に複数行われているような状況です。

 くちさがなく容赦もない子どもとは違って、大人である「先生」は常に気を遣ってくれます。しかも「先生」は子どもに対する気の遣い方の専門家ですから、基本的には恐れる必要がない。その「先生」ですら我慢できないとなったら、電源を切って授業を強制終了すればいいのです。主導権はこちらにある。
 いつでも好きな時にやめられるというのは、通級教室に通っていたときも、家庭訪問を受ける場合にも決してなかったことです。それができる。

 もともと学校に行かないことに後ろめたさがあり(親がいろいろ言いますから)、中身がわからなくなるという恐怖感もあって “勉強をしなくては”という思いはあったのです。そこに降ってわいたような「オンライン学習」――これがぴったりはまる子も少なくありませんでした。

 ニュース・ウォッチ9では、教師の側にも手ごたえがあったという話をしていて、それはそうでしょう、夜討ち朝駆け、あらゆる手段をつかってなんとか登校や学習に向かわせようとしてきた不登校の子が、いともあっさりと食いついて勉強を始めるわけですから張り切らざるを得ません。
 そこで学校が再開されても、教科担任の先生たちが空き時間を使って不登校の子たちの「オンライン学習」を続けている――と、
 ここで私の意識は固まります。
「それは困る」


【先生たちの空き時間は休み時間ではなく、最も忙しい時間】
 空き時間は先生たちがコーヒーを飲んだりおしゃべりをしたりしてゆっくり過ごす休み時間ではありません。教科担任をしている数クラス分の宿題を確認して自分の学級担任する児童生徒の日記を流し読みして返事を書き、次の授業の準備をする――仕事量だけで考えれば教室で授業をしていた方が楽なくらいです。

 それを潰して不登校の子のためのオンライン学習をしなければならないとなると、宿題確認や日記への対応は授業の合間ごとの短い休み時間、給食の配膳下膳の時間、場合によっては給食を食べながら行うしかならなくなります。

 かつて不登校の子が学校に来て、ひとり、空き部屋で勉強していた時代も、教科担任は自分の空き時間を利用してその子の学習を見ていたのですから昔に戻っただけ、という考え方もできます。しかし当時と比べれば基礎的な仕事が膨大に増えていますから、同じようにというわけにはいきません。
 空き時間の「オンライン学習」は大変な負担になります。とてもではありませんが長続きするものではない。しかしそうは言っても不登校の子どもの学習も保障してやりたい――と、ここで私はとんでもなく素晴らしい方法を思いつくのです。

(この稿、続く)

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