2020/5/19

「アベノマスクがこの国を変えた」〜もう来なくてもいいけど    政治・社会・文化


 東京では「使い捨てマスク」が市場に溢れ、値崩れを起こしているという。
 安倍首相は「アベノマスク」の効果だと自賛し、
 メディアやネットは非難囂々。
 しかしやはり、布製マスクを世に広めた功績は大きいのじゃないかな?

というお話。
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(「手作りのマスク_家族分_子供用も」フォトACより)

【使い捨てマスクがだぶつき始めた】

 東京では新大久保あたりで「使い捨てマスク」が大量に売り出され、値崩れを起こしているそうです。
 私は田舎住まいで田舎の場合、医薬品はドラッグストアと相場が決まっているのですが、そのドラッグストアが現在あつかっていないため、マスクのだぶつき感はまったくありません。ただしかつて開店前にあった買い物客の列はなく、マスクを求めて血眼といった雰囲気もなくなっています。

 そろそろ「使い捨てマスク」も各家庭に行き渡ったのか――。
 そうではないでしょう。街を歩く人たちを見ると必ずしもみんながみんな「使い捨てマスク」をしているわけでありません。代わって目立つのが布製マスクです。


【アベノマスク】
 政府が国民に配ることを約束したガーゼマスク2枚は今も手元に届きませんが、私はあのチンケなマスクを配布しようとした安倍内閣の決定は、ここ数年で最も優れた政策のひとつだと思っています。
安倍首相が4月28日の予算委員会で語ってネットやメディアでぼろくそに叩かれた、
「マスク市場に対してもそれなりのインパクトがあったのは事実。業者の中でも、ある種の値崩れを起こす効果にもなっていると評価する人もいる」
を信じているのです。

 東京新聞は昨日の記事で、
『国内のマスクの八割は輸入品だ。財務省の貿易統計によると、不織布マスクを含む製品の今年一月の輸入量は前年同月より二千トン多い一万五千トン。二月に四千七百トンに激減し、三月に八千七百トンまで回復した。
「マスクが出てきたのは、すごい勢いで生産したから。それが普通の経済理論」と経済ジャーナリストの荻原博子氏。「アベノマスクは四百六十六億円も使って不良品をばらまいた。そのお金を、重篤患者を救う人工呼吸器や、困窮学生の支援に使えば、どれだけ多くの人が助かるか」とばっさり』

(2020.05.18 マスク値下がり 「アベノマスク」のおかげなの? 販売現場を歩いてみると…
と記して、「使い捨てマスク」の値崩れは供給が増えたためだと結論付けていますが、それが事実なら、遅くとも3月の末には全国のマスク不足はかなり緩和していなくてはならなかったはずです。ところが実際には、当時であっても人々はマスクを求めて右往左往していた――。かく言う私も娘や息子の分を探して、1日おきくらいにはドラッグストアを回っていたのです。しかし遂に見つけることができませんでした。そして今もありません。


【私たちジジイの犯罪】
 輸入量は回復し国内でも必死に増産していたというのに、なぜ市場に出回らなかったのか――。
 これについてはすでに報道があって明らかです。市場に出されたマスクはあっという間に買い占められてしまったのです。私たち老人が元凶だとされています。

 私自身は家族がほとんど花粉症なので12月以前に在庫が作ってあり、切羽詰まった形では必要なかったのですが、マスク不足が3カ月、4カ月つと続くようなら底をつきますから、その日のために買えるものなら買っておこう、その程度の気持ちでお店巡りをしていたのです。しかしそんな人間が1万人にひとりだったとしても、いつも言っているように、日本には1万2700人もの“そんな人間”がいるのですから、店に出たとたんになくなってしまうのは当たり前です。
 また、上の東京新聞の記事にあるように、
「売り始めた二月ごろは高く仕入れて高く売った。今はあまり売れないから、安く仕入れて安く売っている」
ということですから、かなりの売り惜しみもあったのでしょう。いずれにしろ3月末の段階では、「使い捨てマスク」に対する飢餓感はとても大きかったのです。


【「使い捨てマスク絶対」が消えた】
 潮目が変わったのが4月1日でした。エイプリル・フールではありません。
 この日、安倍首相は国のすべての世帯を対象に2枚ずつの布製マスクを配布する方針を明らかにしたからです。

 マスコミやネットでは「欲しいのはガーゼマスクではなく、紙製マスクだ」という怒号に似た反応ばかりでしたが、やがて地方の老人の中にはマスクが手に入らないため、「アベノマスク」と揶揄され始めた政府の配給品でもありがたがる人がいることが知れて、この問題は一応の落ち着きを見せました。マスクに不良品があって検品に、何億円も必要と報道されるまでは――。

 しかし私が「アベノマスク」を評価するのは、地方の老人がありがたがったからではありません。「アベノマスク」を機に、いつ手に入るのかわからない「使い捨てマスク」を諦めて、私たちが布製マスクに移行し始めたからです。「布製マスクでもいいじゃないか」ということです。それがすごかった。

 私は意識して世の中を見ていましたからはっきりと分かるのですが、4月1日以来――正確に言えばそれから1週間後くらいから、布製マスクは明らかに市中に増え始めたのです。
 私の家でも現職の教員であって家庭科の免許も持っている妻が面白がって大量生産に励み、私は私でネットで紹介される「靴下マスク」やら「Tシャツマスク」やらを、これも面白がって作り始めました。それが4月中旬以降のことです。あとはテレビで見られるとおりです。

 東京の小池都知事や沖縄の玉城知事、政府の菅官房長官の見栄えのいい布製マスクは、人々の創作意欲を掻き立てるに十分なものでした。Amazonでミシンやゴム紐の購入が難しくなり、下着メーカーの作った豪華レース付きマスクやデニムのマスク、手ぬぐいマスク、ハンカチマスク、中には「西陣織金襴マスク」などといったものまであり、こうなるともうちょっとしたブームです。

 もともとマスコミもWHOも厚労省も、マスクは感染予防にはならないと言っていたのです。だったら不織布も普通の布も同じ、同じならより見栄えの良い方がいいに決まっています。
 さらに「マスクは“新型コロナ肺炎に“かからない”ことには効果はないが、“他人にうつさないこと”には効果があるかもしれない」ということで、欧米で強制され、WHOも推奨し始めるともともとマスクの大好きな日本人の中で布製マスクは爆発的に広がっていった――。
 そんなふうに私は思っているのです。
 みんなが布製マスクでいいや、布製マスクの方がいいや、ということになれば、もう高額の不織布マスクの出番はありません。ジジイもマスクを買いに走らず、値崩れは当然おきます。


【終わりよければすべてよし】
 ウイルスに対するマスクの効果について、マスコミは2009年の新型インフルエンザ以来一貫して無意味だという方向で情報を流してきました。感染した人がマスクをすることは重要だが、予防のためには無意味だというのです。
 背景としては一般人が買い漁るのを止め、少しでも医療関係者に回るようにしたいという願いがあったのも事実ですが、「かかった人だけがマスクをつける」というのは「私はウイルス感染しているのに外出しているバカ者です」と表示するのと同じですから、そんな世の中は来るはずはないのです。

「感染した人に確実にマスクをつけさせる唯一の方法は、誰もがみんなマスクをつる社会をつくること、つまり現在の日本のやり方を守ることだ」
 そう言い続けてきた私としては、WHOも認めた現状は非常に満足できるものです。

 春節の時期に中国人の来日を制限しなかったこと、クルーズ船から乗客を降ろさなかったこと、PCR検査を大量に行わなかったこと、唐突に全国の学校を休校にしたこと、緊急事態宣言を早く出さなかったこと、宣言を出しても非常に緩かったこと、アベノマスクを配ったこと、自粛を呼びかけながら補償が遅れたこと、どれをとっても日本政府は国の内外から非難ゴウゴウです。安倍政権は世界最悪、史上最低の内閣かもしれません。しかし結果が良ければそれでいいじゃないですか。

 もっともついこの間まで「防疫のお手本」と言われたフランスもドイツもシンガポールも、みんな苦労しています。韓国ですら雲行きが怪しい。
 したがって日本のやり方が正しかったかどうかも、新型コロナ事態が完全に終息してからでないと分からないことです。


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