2020/4/2

「細く扇型に広がった運命の道」〜新社会人の皆様へ  人生


 大変な求人難の中で就職し、世の中で大切されて始まるはずだった社会人生活、
 それがこんなに暗く不安なものになるなんて!
 しかし新社会人の諸君、
 人生は結局、運命とどう折り合っていくかだ。
 冬の時代をうまく切り抜けて行こう

という応援のお話。
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(ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン「捕虜の休息所」パブリック・ドメインQより)

【社会人としての二日目に入ったキミに】
 ほんとうは昨日のうちに言うべきでしたが、自分自身の憂鬱にかまけていて、そこまで気が回りませんでした。一日遅れで申し訳ありませんが、一言お祝いを申し上げておきます。

 新入社員、新入職員、新入店員、その他昨日から社会人になられたすべての皆さま、おめでとうございます。
 昨日の勤務初日はどうでしたか?

 私は最初の就職がバイトからずるずる入ったものだったので、社会人一日目といってもこれといったこともなく、そもそもいつが一日目だったのかも覚えていないありさまです。ただし転職して教員となった初日の夜は、その後の人生を規定する重要な出来事があったので細部までよく覚えています。
 その顛末は何回も書きましたが、中でも教員を定年退職する前の晩に書いた
2014/3/31「最終回」
が一番まとまりが良いので、機会があったら読んでみてください。
(2014年3月31日は二つの記事を書いています。その下の方の記事です)

 また学校の一日目の忙しさ、訳の分からなさについては、ちょうど一年前、
2019/4/3「新年度の4種の教師たち」〜新年度・新学期が始まります 
にまとめたものが分りやすいかもしれません。教職以外の人を念頭に書いたものですから、これも参考にしていただけるとありがたいです。

 もっともそれは学校の、そして私個人の一日目の話であって、社会人としての始まり方はそれぞれ職種や属する組織の大きさによって、ずいぶん異なるようです。入社式の翌日から長い長い研修期間に入り、中には1年もかけて最適の部署に配属されるような場合もあれば、入ったその日から店頭に立たなければならないような場合もあります。

 私も二度の就職では、“実力では戦力外”なの立場としては「即戦力」でした。大変でしたが選んでしまった以上、逃げようがありません。
「置かれた場所で咲きなさい」はずいぶん批判も多い言葉ですが、とりあえず今いる場所をしっかり耕してみましょう。しばらく一生懸命耕してみて、何もなければ、また鍬を担いで別の畑に行けばいいのです。


【細く扇型に広がった運命の道】
 私は運命論者ですので、その時点その時点で人間の進むべき方向は決まっていると思っています。ただそれは細い一本道ではなく、荒野をまっすぐに伸びながら、角度で言えば20度くらいで広がる扇形の道です。
 先の先までは見通すことができず、いつも数十m先で切れています。
 
 私たちはその20度の狭間から外れて歩くことはできません。しかし道の中央を歩くのも、左端を歩くのも、あるいは右端を歩き続けるのも自由です。さらにどの時点であっても、岐路を感じて顔を上げればそこに別の20度が見えています。
 運命の右端を歩いていた人が新しい道も右端を歩くなら、それは実際には進路を10度右に変えたことになります。まっすぐ進むのは最初の選択を変えないこと、左の縁に沿って歩こうとするのは、最初の選択の正面にあった方向に戻るのと同じ、そういう感じです。
 運命は、大枠では受け入れるしかありませんが、その中でかなり自立的な選択ができるということです。

 私がこんな話を始めたのは、実は今年の新社会人の皆さんがいま立つ場所が、ほんの2ヵ月前にはまったく想像もできなかった茨の道になっているかもしれないからです。
「リーマン・ショック以上の経済困難」と言われてもリーマン・ショックを知らない世代には実感が湧かないかもしれませんが、要するに株価が暴落し、仕事が失われ、非正規雇用は契約を更新されない「雇い止め」にあい、派遣社員には契約を打ち切る「派遣切り」が行われ、棲家を失った人のために東京の日比谷公園に「年越し派遣村」がつくられた、そういう状況が再び来るのかもしれないということです。あのとき内定取り消しを受けた新卒学生は2000人を越えたと言われています。


【「得意淡然 失意泰然」、苦しいが頑張ってほしい】
 さて、私は中学校で最後に卒業させた教え子たちが、いわゆるロスジェネ世代(就職氷河期世代)だったということについて、つい最近まで気づかなかったことを心の傷としています。
 普通の教師は目の前の子どもに精一杯で、卒業させた生徒の追跡支援などしていないのです。人格者であれば、生徒の方がずっと慕って後追いしてくれるのですが、私はそうではありませんでした。
 あの子たちが卒業後の人生をどれほど苦労して過ごしてきたか、それを考えると心が痛みます。彼らが困難の時、私は何もしないどころか、困難の中にあることさえ知りませんでした。
 だから同じように、昨日、社会人としての第一歩を印した新社会人たちが、もしかしたら大変な人生を送ることになるかもしれないと考えると、心がかなりざわつくのです。

 本来なら歓迎会に招かれ、「先輩」はまだしも「上司」「同期」といった今までにない呼び名の人々と交わって新しい人生を始める――そうした輝かしい時間も持てず、希望に燃えて入った職場がいつまでもつかわからない不安を抱えながら仕事を始める、なかなか厳しいことです。

 しかしありきたりですが「人生はあざなえる縄のごとし」、「明けない夜はない」のです。
 中国の古典に「得意淡然 失意泰然」という言葉があるそうで、松下幸之助は少し噛み砕いて「得意に奢らず、失意に落胆せず」と訳しました。良い時も悪い時も、いちいち心を揺さぶられることなく淡々と生きよう、運命を受け入れようという意味です。

 大変な困難から始まる社会人としての生活ですが、どうか 気持ちを強くして、前向きに頑張ってほしいものです。そして小さな岐路に立つたびに、扇型に開いた運命の道をどの方向に向けて歩くか、ひとつひとつ丁寧に決断し、強く進んでもらいたいと願います。


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