2019/12/13

「才能ハインリヒの法則と膨大な科学のすそ野」〜ノーベル賞の取れる国とPISAや英語で成績の取れる国A  教育・学校・教師


 芸能界を目指す人が増えて初めて、芸能界のレベルが上がったように
 ノーベル賞受賞者を輩出するためには、科学の広いすそ野がなくてはならない。
 しかしそれぞれの国には基本的な文化や歴史があるのだ。
 そう考えると、ノーベル賞受賞者数も、
 PISAや英語力の成績も、大した意味のあることじゃない。

という話。
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(「ストックホルム市庁舎(スウェーデン)」PhotoACより)

【才能ハインリヒの法則】
 「ハインリヒの法則」というのがあって危機管理講習会などではよく引き合いに出されます。
「ひとつの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」というものです。

 これに似せて私が教育についてよく言う、いわば「才能ハインリッヒの法則」は次のようになります。
「一人の英才の背後には29人の秀才がいて、その背景には300人の人材がいる」

 私が子どもだった頃の芸能界は一面とても悲惨なものでした。
 時代劇では志穂美悦子・由美かおるという才能が現れるまで女優で殺陣ができる人は松山容子さんをおいて他になく、歌の世界では伝説的に下手な天地真理・浅田美代子、男性では近藤真彦・田原俊彦といった人たちが元気に歌っていたりしました。
 お笑いの世界でもクレージーキャッツはブリキの洗面器を持ち出して頭を殴るだけで笑いが取れ、初代林家三平は今もって何が面白かったのか、私にはわかりません。

 ところが今はそういうわけにはいきません。
 刀を振り回せない女優さんなんてまず考えられませんし、玉置浩二さんや吉田美和さんと並んでステージに立つ可能性がある以上、プロの歌手が下手のままでいられるはずもありません。

 なぜそこまで変わったのか――。
 要因はさまざまにあるでしょうが、決定的なのはその世界を目指す人間が爆発的に増えたということです。私の世代には子どものころから芸能界を目指したなんて人はほとんどいませんでしたが、現在は保育園児にマイクを向けても、何人かにひとりは「アイドル」とか言ったりするくらいです。

 オリンピックの水泳日本の復活の背後には、スイミングスクールの全国的展開があります。クラシックバレエやピアノ、バイオリンでは毎年のように国際コンクールで入賞者を出しますが、その背景には才能の欠けらもない子どもからダイヤモンドの原石まで、玉石混交で“お稽古事”に通わせる日本の風土があるのです。

 同様に、ひとりのノーベル賞受賞者の背後には何十人もの「もう少しで取れたはずの人」がいます。
 ごくわずかな運の違いで成果を取り逃がしたひと、同じ発見・発明をしたにもかかわらず数分の時間差で遅れてしまった人、完璧な研究を行いながら早世したために受賞できなかった人。
 すそ野が莫大でないとノーベル賞受賞者は出て来ようがないのです。


【膨大な科学のすそ野】
 私は、昨日引用した崔碩栄(チェ・ソギョン)氏の『日本がノーベル賞受賞者を輩出できるのは、理科実験や作文といった自分の意見、発想を披露する「出力」の機会をたくさん持っているからだ』という考え方はやはり正しいと思うのです。

 普通の日本人は、そこに大きな意味があると思わないかもしれないが、そこに韓国と日本の大きな差があると思う。
 学生時代に好奇心、興味、モチベーションを感じる経験の有無は、計り知れないほど大きいからだ。

 それも正しい。

 日本経済が日の出の勢いだった1970年前後、日本の教育を視察に来た外国人が一様に感心したのが理科室の充実だったと聞いたことがあります。現在でも海外からの学校視察のメニューには理科室が必ず入っています。資料はないのですが、これだけ多くの実験器具を用意して実際に触らせている国はそう多くはないでしょう。

 今回のノーベル賞については吉野彰さんが小学校4年生のときに、担任の先生からファラデーの「ロウソクの科学」を渡され、それで科学者になろうと決心したという逸話が話題となりました。しかしそれだけでは不十分です。わずか10歳の少年の意志を持続させるだけの環境がなければ、今日の成果もなかったに違いないのです。
 60年前の吉野少年は小中学校の理科の時間に、試験管を触ったりアルコールランプに火を着けながら、将来の自分をありありと描いていたに違いありません。


【効率を考えればできないことだ】
 しかし効率を考えたら、そうした学習のなんと時間のかかることか――。
 リトマス紙が酸で赤くなるなんて、実際にやってみなくたって3秒で伝えられることです。それを子どもたちが1秒で覚えてくれればいいだけのことです。子どもの大部分は義務教育と高校を終えると生涯に二度と実験器具に触れたりしないのです。その意味でも実験に時間をかけるのはバカげていると言えます。

 同様に、ほとんどの子どもは作家にも新聞記者にもなりませんから作文などという手間のかかることはしなくてもいい。そんな時間があるなら、資料を読んで多肢選択や複合選択の質問に答えられるように訓練した方がPISA型読解力の獲得にはよほど役立ちます。
 あるいはそうした時間に英語の短文のひとつでも覚えた方が、グローバル社会では有利かもしれません。

 でも、そんなことありませんよね?


【それぞれの国にそれぞれの文化を】

 思うに「PISA」や「EF EPI英語能力指数」の順位も「ノーベル賞受賞者数」も大した問題ではなく、それぞれの国は、それぞれにふさわしい生き方をすればいいのです。

 韓国はとにかく急がなくてはならなかった、そのために集中と効率で現在の国をつくりました。韓流だのITだのゴルフだの、狭い領域に大量のエネルギーを注ぎ込んで一気に一流に引き上げたのです。だからBTSがあってTWICEがあってサムスンがあってLGがあります。
 応用科学など即戦力として役に立つ部分に強く、したがってPISAやEF EPIでも成績がいい。それでいいじゃないですか。ノーベル賞なんてなくたって。

 日本の場合は広くあまねく手を広げ、重く、丁寧で緩やか。慎重でフットワークが悪いので中国や韓国にあっという間に抜かれてしまう場面も多々ありますが、抑えるべきところはしっかり押さえ懐が深い。だからノーベル賞も取れる。
 応用科学よりもむしろ基礎科学に定評がある。何の役に立つかわからない理は科実験や作文に力を入れることができる。だからPISAやEF EPIで結果を求められても困る。
 それでいいじゃないですか――と、私は思います。


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