2019/9/17

「祭りの準備に船頭が多すぎた話」〜敬老の日に重ねて  人生


 地区の祭りの準備に行ってきた
 参加者は老人がほとんど しかし口は多い
 船頭多くして何とやら
 なかなか面倒くさいが 年寄にはそれが必要なのだ

というお話。
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(写真ACより)


【祭りの準備に行ってきた】
 地区の神社が秋の大祭で、その準備に行ってきました。4年に一回、私の町内班は幟(のぼり)立てが仕事です。
 高さ十数mの大幟で、前回までは旗をつけた後で木の柱を立てるという危険かつ重労働だったのですが、今年行ってみると金属のポールが立っていて、天辺の滑車から下げられたロープに横棒を括りつけ、そこから幟を吊るして引き上げればいいだけのものに替わっていました。
 とは言ってもただ吊るせばいいというのではなく、旗の一辺はポールに針金の輪で括り付けなくてはいけません。つまり多少の工夫は必要みたいなのですが、初めてのことで、そのあたりのあんばいがよく分かりません。

 そこでみんなで思案しながら始めたのですが、午前6時から始まった田舎の作業は御多分に洩れず年寄ばかり。ごくわずかの若者(と言っても40〜50代)に作業は任せて、口ばっかりの旗奉行が何人も出てきます。


【船頭ばかりの幟立て】
「そこのロープはそんなに長く取ってもいいもんかい?」
「ほら、ほら、ほら、まず最初にそっちのネジを外すってもんじゃあねえかい?」
「誰か、そこに乗っかって、上から見てみろや」
 そうしたアドバイスのいちいちが間違っていたりトンチンカンだったりで、そのうち、
「いや、やっぱその紐は長すぎる」
とか言ってせっかく縛った旗の先の紐をほどこうとしたり、針金の輪のために垂直にしか引けないロープを苦労して引き下ろしていると、「そんなモンは斜めに引っ張るのが楽なんじゃ」とか言って、手を出して人の邪魔をしたり、次から次へと変なアドバイスや余計な手が出てくるのです。
 私はもう呆れるとか怒るとかを通り越して、ほとんど可笑しくてしょうがなくなりました。
 みなさん、分かってなくてもこんなに堂々と意見が言えるんだ――。

 考えてみるとそこに集う老人たちは皆、“昔はひとかどの人物”ばかりです。
 企業の経営者もいれば部長さんもいる、工場長もいれば支所長もいる。個人経営者も町会長も――。これといった社会的な肩書はなくても、大部分は“お父さん”として家庭で幅を利かせていた人たちです。
 しかし今は誰からも顧みられない。

 意見も求められないし、さして尊重もされない。もちろん尊敬などされるはずもない。邪険に扱われるわけではないが頼りにもされない――年寄りとはそういうものです。

 だから何か言えそうなときには言いたくてしょうがない。少しでも考えがあれば我慢できずについ口を挟んでしまう。それでもすごくいいことが言えればいいのですが、自分の土俵でないからしばしばトンチンカン。それでなおさら煙たがられる。悪循環。

 鬱陶しいと言えば鬱陶しい。受け入れてあげたいけれども間違っている。誰も聞いていないのにしゃべる姿が痛々しい。
 しかしこんな機会でもなければ人間的な会話すら乏しい人たちかもしれません。微笑んでみてあげましょう――そんな気持ちで小一時間の作業を終えました。


【家に帰って】
 家に帰って、妻にその話をすると、「分かる、分かる、その感じ」と同調したあとで、
「で、あなたはその“多すぎる船頭さん”の外で、静かにしていられたわけ?」

 私はちょっと考えます。しかし――、
 そんなことあるわけねぇだろ。こちとらは元教員だ、黙っていられるはずがない。
 少し離れたところでちょっとした講習会が始まるのを目ざとく見つけると、走って行って説明を聞き、取って返して「ここはこう」「あそこはこう」といちいち指図し、ほとんどは正しかったがいくつかの点で間違いを犯して迷惑をかけ、小さく尖った視線を何回か浴びたのは実はこの私だ!

 次はもっとうまくやる、きっとうまくできるはず。ただし次も4年後だから、それまで覚えていられるかどうかが問題だ――と、私ももう立派な、口うるさい、見捨てられた老人です。





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