2019/9/12

「世の中は大したものではないと、子どもたちに教えたい」〜働く日本人の話A  教育・学校・教師


 社会は甘くない 怠けるやつはすぐに蹴落とされる
 だから今のうちから実力をつけておけ
 ――私たちはついついそんな言い方をしてしまうが
 考えてみると世の中 中途半端な大人は山ほどいるじゃないか
 世の中は案外、大したことではなく楽しいものだと教えたい

というお話。
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(写真はイメージ。写真ACからの写真)


【世の中は大したものではないと、子どもたちに教えたい】
 世の中は案外たいしたことはなく楽しいものだと、子どもたちに教えておいた方がいいと思うのです。
 私たちはともすれば人生を、徳川家康みたいに「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」といったふうに教えたがりますが、そうしないと子どもたちが怠けそうだと恐れているだけで、実際に毎日そんな思いで生きている人はそう多くはありません。

 少なくとも私自身の半生を振り返ってみると、悪評高いブラック業界(教職)にいたのにそれでも定年まで全うできたのですから、それなりによかったのでしょう。

 もちろん人生を楽しむのは、「エクセルなんて難しくないよ。いろいろ遊べて楽しいよ」とか「ボルダリングって案外きつくないし、けっこう面白いよ」というのと同じで、多少の修練と経験を経ないと「簡単」だの「楽しい」だのと言えません。これはどんな世界も同じで、より高い楽しみを得ようとしたら少しぐらいは頑張らなくてはならないのです。楽しみはその先にあります。

 私の場合は同じ学年の担任を三回経たとき、教員として10年働いたとき、――中でも自分自身の年齢が保護者のそれを抜いたときは、俄然、仕事がやり易くなりました。

「社会人として少し頑張れば、すんごく面白れェ世界が待っているよ」
と、そのくらいは言ってもかまわないかもしれません。なにしろ世界は私たち大人が自分たちのためにつくったものです。子ども仕様にできているわけではありませんから大人になってからの方が楽しいのです。
 特に日本の場合はそうです。


【欧米人のブラック業務】
 日本人の労働について考える前に、欧米人の労働観について考えておきます。
 
 ジョン・グリシャムの小説で「評決のとき」とか「法律事務所」「ペリカン文書」などを読んでつくづく感心するのは、登場する弁護士たちの異常な働き方です。日本のブラック企業なんてものではありません。
 アメリカの弁護士はタイムチャージと呼ばれる時間契約で、日本円で1時間につき2万円程度から優秀な弁護士だと1時間20万円も稼ぎますから、1日に20時間も働くと最大で日給400万円にもなります。グリシャムの主人公たちはその勢いで1年365日、土日も夏休みも働くのです。

 なぜ彼らはそんなに凄まじく働くのかというと、それは一日でも早く巨万の富を築き、引退してあとは遊んで暮らすためです。
 言われてみれば映画やテレビ番組でもよく、リゾート地で何することもなくのんびり暮らす中年夫婦とか、豪華客船で半年も旅行をしておるお金持ちとかを見かけます。日本人にはあまりない姿で、彼らはみなそうした類なのです。
 この人たちにとって「働かない」ことこそ、追求すべき価値なのです。


【欧米の労働=アダムとイブの呪縛】
 これに関するよく知られた説明は次のようなものです。
「欧米人の思想の土台となっているのは『キリスト教』である。聖書によればアダムとイブはエデンの園で楽しく遊び暮らしていたが、神から食べてはいけないと言われていた知恵の実を食べたので、エデンの園を追い出され『罰として』働かなくてはならなくなった。つまり欧米人にとって労働は『罰』なので、それをできるだけ意識したくない、だから働かない、だからできるだけ長く休みを取りたがる」

 しかしこれには批判があって、
「アダムとイブはエデンの園で遊び暮らしていたのではなく畑を耕し管理する仕事を与えられていた(創世記2:15)。それが木の実を食べたことによってエデンの園を追われ、手を伸ばせば食べ物のあって自由に食べられた生活から、『食べるために働き』『その仕事には苦痛が伴う』ようになった」
というのです(創世記3:17)。
*「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。」

 キリスト者としてはこだわりポイントなのかもしれませんが、私たちからすれば大した差ではありません。要するに「労働は神から与えられた苦痛である」という意識が欧米人の労働観の根底にはあるらしいのです。

 実際に「職業」を表す英語単語“ vocation”は辞書を引くと「職業」よりも前に、「神の召命; 使命,天職」が出てきます(Sanseido Web Dictionary)。自分で選び取ったものではなく、与え、命じられたものだということです。

 ちなみにサービス(service)はサーバント(召使:servant)と語源を同じくし、だから欧米――ことにフランスあたりの店員はいつも不機嫌だ――愛想を良くしていかにも召使っぽくなるのは耐えがたい、精神のバランスが取れない、という話もあって、なるほどと思いました。


【日本の労働】
 しかし日本とはずいぶん雰囲気が違います。日本の場合、成功者はむしろ引退しない。
 普通の人たちが60歳の定年でおとなしく退職していくのに、それぞれの世界の勝ち組はいつまでも業界に留まる傾向があります。

 松下幸之助も盛田昭夫も本田宗一郎もさっぱりやめる気配がない。いよいよ引退してからも、ホンダジェットの開発チームなどは、会社がジェット機をつくっているとバレたら宗一郎は必ず復帰してしまうと、存命中は極秘扱いにしていたほどです。

 サービスについても、日本の場合は「お・も・て・な・し」などといって看板芸にしてしまい、召使の卑屈さのカケラもありません。
 また、「メイド(maid)」も女性の召使を表す英単語ですが、メイド・カフェのお嬢さんたちは喜々として悪びれるところなど全くなかったように思います。

 欧米と日本、彼我で何が異なっているのでしょう

                          (この稿、続く)


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