2007/11/26

世界が変ったとき  教育・学校・教師


こちらでは、うまく説明できないのですが、しつけというものが血のなかに流れていて、例外なく外にあらわれてくるのです。日本の子供が、怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも、好ましい態度を身につけてゆくのは、見ていてほんとうに気持ちのよいものです。彼らにそそがれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包みこみ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように思われます。日本の子供はけっしておびえから嘘を言ったり、誤ちを隠したりはしません。青天白日のごとく、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです。そして子供のちょっとした好き嫌いは、大人の好き嫌いに劣らず重要視されます。じっさい、ものごころがつくかつかぬかのうちに、日本の子供は名誉、親切、孝行、そして何よりも愛国心といった原則を、真面目かつおごそかに繰り返して教えられます。我が英国の小学生ならば、小馬鹿にして笑いころげるところでしょうが」

 これは英国外交官婦人として日本を訪れていたメアリー・フレイザーという人が、1891年に本国に送った手紙の一節です。

しかし「怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも・・・」というのは、たぶんメアリー・フレイザーの目の届く範囲では、ということで、日本の子どもだって陰ではたくさん「怒鳴られたり、小言を聞かされたり」していたはずです。そうでなければ躾なんかできません。

昔は、外国の方のおられるような場はたいてい「公」の場面ですし、公の場に出るときは、子どもは子どもなりに、年齢にふさわしい躾ができあがっていなければなりませんから、そんな風に見えたのでしょう。「公」の場でも躾をしていなければならないようでは、日本人として恥です。

 さて、今、映画館でやっている「ALWAYS 続・三丁目の夕日」は昭和34年が舞台ですが、上の文にあるような風景は、そのころには残っていたはずです。

 昨日、11月25日は三島由紀夫の37回目の命日でした。三島由紀夫の亡くなったのは昭和45年(1970)で、三丁目の夕日から10年余りのちということになりますが、その時期にも、似たような様子はありました。

 世界の変化は、わずかここ20〜30年のことだと、私は思っています。





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2007/11/28  2:32

投稿者:欽次

日本絶賛語録ですね、ありがとうございます。
一昨日もジャイカ(jaica)に行っていろいろと留学生にクリスマスの話を聞いて来ました。ブータン、カンボジア、モザンビーク。その中でブラジルからの日系の学生(25才、28才)は、日系人は(日本人の血を引いているので、文化を受継いでいるので、かな?)勤勉で(ブラジル社会では)一目置かれている(雰囲気がある)といってましたよ。私達も努力しているし、異国の地で今日現在も私達の祖先の築いた文化を受継いで、受け渡そうと若者が張り切ってるんですからね。うれしいですよ。ちと気分を良くしましたぴょん。

2007/11/27  21:58

投稿者:SuperT

フレイザーの言葉は「日本絶賛語録」(発行2007年09月 小学館)から採りました。日本を誉める言葉ばかりなので、そうとうに気分よく読めますよ。

2007/11/27  11:06

投稿者:欽次

以下の文を私のweb pageに貼付けようと思います。
よく見つけますね。素晴らしいですね。

「『こちらでは、うまく説明できないのですが、しつけというものが血のなかに流れていて・・・・・、日本の子供は名誉、親切、孝行、そして何よりも愛国心といった原則を、真面目かつおごそかに繰り返して教えられます。我が英国の小学生ならば、小馬鹿にして笑いころげるところでしょうが」
これは英国外交官婦人として日本を訪れていたメアリー・フレイザーという人が、1891年に本国に送った手紙の一節です』
大切にしたいと思います

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