2017/1/25

「学校給食の話」A  教育・学校・教師

     〜学校給食甲子園

 以前、私には強い予知能力があってこれから流行するものが分かると思っていたら、誰よりも早く踊らされていただけだったというお話をしました(2014/12/18「先見の迷」)。

 私はこのブログの記事を表記の前日の夜8時半までにアップすることにしています。それを終えてから今は一人暮らしさせている、今年90歳になる母の家に移動してそこに泊まらなければならないからです。一応介護みたいなものです。ですから昨日の「学校給食の話」@も一昨日の夕方までに書き上げ、アップしてから家を出たのです。
 多くの場合9時ごろに母の家に着いてNHKの「ニュース9」を見ながらその日一日の様子を聞き、必要な家事を行って母が寝室に送りだします。それから私はネットニュースをチェックしたり、良い企画があると「クローズアップ現代+」を、そうでないときは「報道ステーション」を見て寝るのです。一昨日はその「良い企画」のない方だったので(私にとって)「報道ステーション」を観たのですが、そこでなんと特別企画で「全国学校給食甲子園、優勝は足寄町学校給食センター」をやっていたのです。学校給食甲子園は今日の「学校給食の話」Aで取り上げようとしていたものです。

【地産地消給食等メニューコンテスト、学校給食甲子園】

 学校給食甲子園というのは在職中まったく知らなかったのですが、昨年の週刊新潮(2016年7月14日号)に「ズワイガニから松阪牛まで! 豪華すぎる学校給食のメニュー一覧」という記事があって、そこで、
 全国の学校給食は、このように底上げがめざましいのだが、それに一役買っているのが、農水省が平成20(2008)年からおこなっている「地産地消給食等メニューコンテスト」である
という一文とともに、
 ほかに、文科省や農水省が後援する「全国学校給食甲子園」と呼ばれるコンクールも、年々注目を集めるようになっている
 というのがあってそこで初めて知ったのです。ただし「地産地消給食等メニューコンテスト」も「全国学校給食甲子園」も学校現場では話に出たことがなく、それが給食の質の底上げをしたというのは少し違うような気がします。

【学校給食の成長】
 学校給食の質は戦後70年をかけてゆっくりと成長させてきたものです。
 脱脂粉乳が牛乳になり、コッペパンとともに食パンも出されるようになってついに昭和51(1976)年からは米飯給食も始まります。これによって給食の幅もぐんと広がりました。

 平成17(2005)年には食育基本法も成立して、給食は学校における重要な教育内容となります。報道ステーションでも紹介された「栄養教諭」が配置され(実際には多くの場合、職員数が増えるのではなく、普通の教員が任命されたり、自校給食で栄養士がいる場合はその人が兼任した)、給食の時間や特別活動の時間に“食”に関する教育が積極的に行われたりするようになりました。
 ただし「食育基本法」に記述されてる内容のほとんどは、すでに学校で行われていた教育を政府が拾い上げたものであって、テレビで紹介されたような「ジャガイモを自分で掘って調理して食べる」といった試みははるか昔からおこなわれています。
 報道ステーションでは「給食甲子園」で全国一位となった北海道足寄町の栄養教諭が「(自分の仕事は)農家さんの想いを児童に伝える橋渡しだ」と語る印象的な場面がありましたが、そうした指導もずっと前からおこなわれていたのです。

                                 (この稿続く)


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