2015/9/25

「いのちのこと」F〜その日の午後a  親子・家族


 赤ん坊は生まれてすぐに保育器に入れられ、シーナは病室に戻ります。私はさらにいくつかの場所に連絡したあとシーナに声をかけていったん職場に戻り、やり残した仕事を終えてからこんどは家に帰って必要なことを行います。それからまた病院です。

 必要なことのひとつは新生児仮死について調べておくことです。現代の母親のことです。その時間もスマート・フォンを手に、シーナは「新生児仮死」「仮死状態」とった言葉を検索窓に投げ込んで必死に画面の文字を追っているに違いありません。まもなく電車に乗るエージュも、長い旅のほとんどを検索と調査に充てるでしょう。私はその先回りをしなくてはならないのです。新生児仮死だとどういう問題があるのか、何がまずいのか――。

 アプガー・スコアというのは今から60年ほど前、アメリカの医学者ヴァージニア・アプガーが開発した新生児の健康状態を表す指標および判定方法のことです。それが明らかにするのは新生児の生存の可能性です。端的に言えば、アプガー・スコアの低い新生児は仮死状態から蘇生してもやがて亡くなる可能性が高いのです。その点でアプガー・スコアは現在も有効な指標です。
 しかし医学が進歩してかつては助からなかった命が長らえるようになってくると、アプガー・スコアに別の可能性が見えてくるようになります。障害の有無の予測です。

 心拍や呼吸のほとんどない状態で5分を過ぎると脳細胞は死に始め、多臓器不全も進行します。昔だったら多くはそのまま死に至ったのですが、現代の医学はそれを止めることができるようになってきているのです。その場合、障害が残る可能性が生まれます。
 ただしアプガー・スコアと障害の頻度や程度の関係は単純ではなく、かなり低いスコアでも障害が残らなかったり、障害が残った場合も新生児仮死が原因なのかそもそも先天性の問題を抱えていたのかは判別が難しいところです。
 ですから障害とアプガー・スコアについては“関係性が明らかでない”というのが正確な言い方になります。

 シーナの子の場合、1分後スコアが2点、5分後スコアが4点でこれはかなり低い。しかし7分後に8点と正常値をクリアしているから微妙です。今後、脳浮腫のような重篤な症状の出ない限り、死亡とか重度身体障害といったことは免れる可能性が高いといえますが、その先は分かりません。
 とにかく今は息をしていて、多少浅黒い肌をしているほかは他の新生児と変わりありません。様子を見るしかないようなのです。

 とりあえずそこまで調べて、私はもう一度病院に急ぎました。 

                            (この稿、続く)

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