2015/3/31

「プロの仕事」  教育・学校・教師


 3月31日。今日で平成26年度(2014年度)が終わります。私にとっては教職を離れて最初の1年の終わりです。この一年間、教師としての仕事は一切してきませんでした。今後もするつもりはありません。なぜかというと自信がないからです。

 数年前、知り合いの校長先生が退職とともに普通の教員(講師)として学校に戻っていくのを見ていました。ほんとうに現場の好きな人で、管理職にある間じゅう、現場に戻るのが夢だと言っていたような人です。とにかく子どもが好きなのです。ところがその人がわずか3カ月で学級を崩壊させ、ご自身はうつ状態になって家に籠ってしまったのです。ほんとうに気の毒でした。
 しかしなぜそうなったのかはよく分かります。やり方が時代に合わないといった問題ではなく、教育という仕事がそのくらい神経質でしんどいものだということです。

 教員になったばかりのころ、先輩の先生からこんな問いかけをされたことがあります。
「Tさん。新しい中学校に赴任して廊下を歩いていたら、いきなり教室のドアから足が出てきて躓いて転ばされる、その瞬間、あんたならどうする?」
 先輩の答えはこうです。「一番近くにいて怪しそうなヤツの首根っこを掴み、思い切り怒鳴りあげて相手を震え上がらせる。落ち着いてからゆっくり話を聞き、間違っていたらあとで謝る」
 最初の出会いで「ものごとを曖昧に済ませない」「恐ろしい(何をするか分からない)教師だ」といった印象を植え付けておかないと、あとあと苦労するという意味です。今なら少し違う答えもあるかもしれませんが、当時はまだ“荒れる中学校”の時代でした。
 しかし瞬間的に怒鳴りあげるというのは、そう簡単なことではありません。向いている人もいますが、導火線が妙に長い人間だっているのです。私はそういうタイプでしたので、怒るべき時に怒れるようになるまで、ずいぶん訓練が必要でした。

 別の話をしましょう。
 18年前に大病をしたとき、医師でもある友人に相談したらこんなことを言われました。
「お前は大丈夫。少なくとも手術中に死ぬようなことはない。なぜなら無名だからだ。
 お前のようなヤツが手術を受けるとなれば1日に2例も3例も切ったり貼ったりしている30代の生きのいい外科医が手術してくれる、だからうまく行く。ところが患者が有名人となると大学教授やら医院長やらが出てきて、横からやいのやいの言うからみんな殺されてしまう。お前は死なない。だから安心して手術を受ければいい」
 妙に納得させられる話でした。

 教育も同じです。最前線で毎日、丁々発止のやり取りをしている教員と、10年も現場を離れていた人間とでは勘所が違うのです。
 子どもに問いかけて相手がはかばかしい表情をしていなかったらそれは質問の仕方が悪いのです。それを瞬時に把握し、自分の問いのどこが悪いかを検討し、新たな形で問い直す、その処置は一瞬のうちに行われなければなりません。
 瞬時に子どもの表情を判断し二の矢三の矢を討ち続けること、怒るべき時に怒れること、誉めるときも瞬間的に心から、大げさに誉めることができること、常に正しいアドバイスができること、そうしたことは毎日毎日子どもに接している教師だから可能なのです。10年も現場から離れていた人間に、到底及ぶものではありません。

 先の退職校長はその部分が分かっていなかった。世の中の人たちも保護者も、そしていま教員として最前線にいる先生たち自身でさえも、あるいはよく分かっていないのかもしれません、それほどプロフェッショナルですごいことなのです。


4



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ