2013/3/18

三学期終業式に  教育・学校・教師


 一年間ご苦労様でした。
 特に今年は5月のいじめ問題、12月の体罰問題、その間にさまざまな教員不祥事・事件事故が重なり、対応に追われた一年でした。マスコミを見る限り教員に対する信頼は地に落ち、学校は崩壊の危機に瀕しているかのようです。

 しかし人々は忘れています。日本は現在でもトップクラスの学力を維持し、学校体育は日本のスポーツの総合力を下支えしています。
 子どもたちの健康診断や発育測定を定期的に行っているのは学校だけですし、組織的に栄養摂取や健康増進を教えているのも学校だけです。家庭生活の営み方、衣食住の維持の仕方、こういったことも私たちが教育しています。社会でどう働いていくかというのも現代の学校の重要なテーマです。

 東日本大震災では現在も原因不明の一例を除き、学校における児童生徒の避難はほぼ完ぺきでした。今後他地域で同様の災害があっても、学校だけはまず安全です。なぜなら私たちは何度も何度も練習しているからです。

 同じく大震災のとき、日本が世界に発信した被災地の人々の沈着冷静さ落ち着き、社会秩序を守り辛抱強く整然と助け合うさま、大規模な暴動や略奪のなかったこと、原発事故の最前線にもとどまり命を賭して国を救おうとする勇気。
そうしたものをDNAのためだと考えるのは日本人だけです。世界はそれを教育の成果だと絶賛しています。

「本職の清掃業者を一人も入れていないのに校舎がきれいに保たれている」
 国内では当たり前すぎて誰も言葉にしませんが、こんなことですら世界では稀なのです。

「道路を横断するときには手を上げて合図をし、車が止まるのを確認してから素早く渡る。渡り終わったら止まってくれた車に向かって頭を下げる」
 そういうことを教え訓練したのは誰だったか。町内会か、公民館か、それとも社会福祉協議会だったのか―。

「自分の机の中やロッカーをきちんと整頓しておくこと、持ち物を忘れないようにメモすること、風邪の流行りそうなシーズンにはうがい手洗いを励行し、一時間に一回は換気に心掛けること」 
 毎日必ずということになれば、それらは一般の家庭ではなかなかさせられることではありません。しかし学校はできます。

 以上は一例ですが、今のところ、それを評価する声はどこからも聞こえてきません。誰も褒めてくれませんが、それらが必要欠くべからざることは私たちが一番よく知っています。

 毎年3学期の最後の日はそうした物言いになりますが、誰も評価してくれないなら私たちが讃え合いましょう。少なくとも“組織的に”という意味では日本人を日本人にするための教育を行っているのは学校を置いて他にないのです。
 どんなに疎んじられても、この尊い仕事を誇りを持って続けていきましょう。



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