2012/12/27

二学期終業  教育・学校・教師

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 長かった2学期が終わります。皆様ご苦労様でした。

 この二学期は不祥事ばかり気にしていて、ということは外にばかり気持ちが行っていて、考えてみればこれでよく中で事故が起こらなかったと、今頃になって肝を冷やしている始末です。知らないところで、皆で気を配り、支えあってきたということでしょう。

 しかしそれにしても、あまりに数が多くてあちこちで謝り続けているうちに、本当は謝るべきではなかった、あるいは謝らない方がよかったことまで謝ってしまったのではないかと少々不安にもなったりします。謝るということは同じことを繰り返さないと約束することですから、うっかり子どもの心を小指の先ほども傷つけませんといった約束をしてしまわなかったか、そんなことを気にしています。人を絶対に傷つけないというのは、心的交流を一切しないということです。教育界は教育の最前線をとんでもなく近くに引き寄せてしまったのかもしれません。

 しばらく前のNHK「クローズアップ現代」で、食品会社がとんでもなく些細な問題(たとえば表示シールが少し剥げているとか、成分表の数字が1000分の1ほど違っていたとか)で全品回収する例が増えているという話をしていました。そうして回収・破棄される食品の3分の2は、健康上の問題は全くなく果たして回収が妥当だったか疑問視されるものだそうです。
 しかし食品会社としてはやらないわけにはいかない。もし問題視され、マスコミに取り上げられれば企業の存続にかかわるからです。その損害は全品回収の費用よりは大きいはずです。

 同様に、学校も今や非難されないために膨大なコストを払わなければならなくなってきました。調査書の担任の印が一つ抜けていたくらい何のことはない、とは言えません。それは調査書全体の信頼性にかかわります・・・と書きかけて、実際、本当にそうなのかとじっくり検証してこなかったことに気づきます。

一回の入試に数万単位で動く調査書の、すべての項目でミスがゼロになるためにはとんでもない労働コストがかかります。ハンコ一つのこと、高校側から「ハンコ、一つないよ」→中学「あ、ゴメン」ではなぜいけないのでしょうか(もちろんいけないのです。そんなこと口に出すのも頭に浮かべることすらも、いけないことです)。
 
 ただし、書類のミスや子どもを傷つける言葉を言った言わないは記録に残りますが、教科指導や生徒指導が甘くなったかどうかは目に見えません。
 目に見える部分の完璧を期することが、目に見えにくい部分の手を抜かせることにならないか、私はひそかに心配しています。

 さて、間もなく年も改まって「巳年」です。蛇は執念深いと言われますが恩も忘れず必ず返しに来ると言われます。また農作物に手を出さず、逆にネズミなど捕えて穀物を守ることから金運の神ともされています。俗に、家に巳年の人間が三人いると財産に困らないと言われ、白蛇は特に大切にされます。

 昨年の大震災以来、領土問題だの反日運動だの、政治経済面では少しもいいことがありません。教育界も下降線をたどる一方です。
 来年こそは運気を変え、蛇が転じて龍になるような年にしたいものです。

 それではみなさん、よいお年を。


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