2012/7/25

ブログでご覧の皆さま  


 今日から夏休みです。
 8月3日まで、職員は前期研修日となり、それぞれの場で研修を受けることになります。5日以降は強制ではありませんので、個々研修会に出たり年休を取ったり・・・。

 後期研修会は8月20日からで、「デイ・バイ・デイ」もそこから再開です。その間、気が向けば何か書くかもしれませんが基本的にはお休みです。

 皆さま、よい夏休みをお過ごしください。

 一学期間、ありがとうございました。







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2012/8/15  22:22

投稿者:SuperT

ありがとうございます。

 褒めていただけると、やはり励みになります。

 暑い夏、もう少しがんばりましょう。


2012/8/15  13:15

投稿者:ダイスケ

とても細やかなアドバイスありがとうございましたm(__)mソーシャルストーリーですね。調べてみますρ( ^o^)b_♪♪ 我々の主戦場って言葉の響きに勇気づけられました( ̄∇ ̄*)ゞ事件は研修センターではなく教室で起こりますものね笑 ちなみに僕は発達障害の子どもには理不尽な接し方はしません(二次障害を起こしたら親御さんに合わせる顔がないですから)教育改革と言われる裏側の事まで言及してくださるので、文科省から我々におろされてくる業務の真意(時としてブレ!?) を知ることができます。私も多くの先生方にこれまで育てていただきましたがスーパーTさんの学校で是非指導を受けたいです( ロ_ロ)ゞ同僚の先生方が羨ましい!!

2012/8/10  7:22

投稿者:SuperT

 夏休み中は放置状態でコメントに気づくのが遅れました。申し訳ありません。

 お話しの件に関して、
自閉症からアスペルガー症候群にいたる自閉症スペクトラム(連続体)は連続体である以上、その対応も連続体で状況によって変化すべきものと思います。しかしいわばデジタルではないアナログの世界ですから、「こうした子にはああいう対応」と切り取ることができない点が悩みです。

 だいぶ前に読んだ本なので詳しくは覚えていないのですが、ドナ・ウィリアムスの「自閉症だった私に」では、対人関係の方法をひとつひとつ暗記していく様子が描かれていました。
 定型発達の人間なら“空気”や“顔色”を読む場面を、暗記された人間関係の知識の量で、凌いでいくわけです。例えば「人が突然、話を止める、そのケース1、ケース2、ケース3・・・・・・・」と知識で重武装させるわけです。

>我々通常学級と言われる学級の担任は特別支援団体の講師の方々の言葉を鵜呑みにして、支援という名の過保護(過支援) は命取りだと思いました。

私はこの考え方に賛成します。しかし、
>苦手なのをわかりつつあえて多少の叱責にさらしたり、理不尽さにも耐えられる訓練も必要なのではないでしょうか。
という点については工夫が必要に思います。というのは、自閉症スペクトラムの人々の多くは“筋を通す人”たちだからです。この人たちに“理不尽”を受け入れさせることは容易ではありません。「世の中には正義が通らない場面がある」と知識にため込むがせいぜいでしょう。

2012/8/10  7:19

投稿者:SuperT

 私は最近「ソシャール・ストーリー」という概念に引き込まれています。ご存知かと思いますが、それはいわば「世の中のすべての活動を言語化し、定式化する試み」です。「こうした時はああする」という様式の、巨大な集積です。行事等の活動の場面では「ああなったらこうする」「ああ言えばこう言う」(笑)ということです。手間はかかりますが、非常に有効な方向かと思います。
もうひとつ、
人は支援を受け続けると、ただ「やってもらう」だけの人間になってしまうという考え方に、私は疑問を持つようになっています。それは5年ほど前の「デイ・バイ・デイ」に書きました。
http://air.ap.teacup.com/applet/supert/20070112/archive

もちろんそういったこともすべて、障害の程度と様相に応じて加減すべきもので、支援はやり過ぎるのも、不足するのも問題です。
発達障害は“治療”のまな板の上にではなく、“教育”の上にあります。私たちの主戦場です。

2012/8/3  0:05

投稿者:ダイスケ

先日はわざわざお返事ありがとうございましたm(__)m ふと夏季研修中に感じたことをコメントさせてください(*゜ー゜)ゞ⌒☆それは、昨今の特別支援の研修についてです。自閉症スペクトラムなどのように日常生活で困っていて支援が本当に必要な子と、そうではない子には我々学担は対応を意図して変えなければならないのに、特別支援の研修では、とにかく支援支援と言われることです。つまり、あえてお膳立てせずにおくほうが一を聞いて十を知る(自分で指示や場面などを、類推し判断したりできる) 子に育っていたかもしれないのに…という経験を持っているからです グレイゾーンと思われる子などは、この先なんの配慮もされず中学高校社会と進んでいきます。そこでは特徴に合った支援など保証はできないのですから苦手なのをわかりつつあえて多少の叱責にさらしたり、理不尽さにも耐えられる訓練も必要なのではないでしょうか。なんでも支援 、なんてもとにかく笑顔で受け入れて、というのは本当に困っている子にだけ必要なのですから、社会全体がせーの、で需要型の人間関係を目指すのでない限りは、我々通常学級と言われる学級の担任は特別支援団体の講師の方々の言葉を鵜呑みにして、支援という名の過保護(過支援) は命取りだと思いました。私は、初任者時代に個に応じたというフレーズを単純に盲信してしまい、せっせと低位と言われる子に支援し過ぎた結果、中学では、全く授業についていこうとせず、不登校になって困るというクレームを受けたことがありました。難しい線引きだと思いますが なにかお考えがありましたら、お時間あるときにお聞かせ願えますか。

2012/7/25  20:45

投稿者:SuperT

 ありがとうございます。

 おっしゃっていただくと、励みになります。

 夏休み明けもよろしくお願いします。


2012/7/25  0:26

投稿者:ダイスケ

はじめまして(・∀・)いつも拝見させて頂いています。
33才の小学校生徒指導担当の教員です 過去ログからいつもその時々の自分に必用なアドバイスや励ましを勝手に頂いています笑 ぜひスーパーTさんの子どもや教職に関するとらえかたなどをどんどんアップしてください!!毎晩、明日の自分の生き方の指針と活力にしています!(*゜ー゜)ゞ⌒☆

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