2012/7/24

通知票の話    教育・学校・教師


 長い一学期ご苦労様でした。今朝はどんな気分で登校されましたか? 疲れていません?

 まだ担任を持っていた時代、終業式は常に疲労困憊の中で迎えていました。通知票のためです。もともと仕事を早く仕上げて当日を待つというタイプではなく、「フェンス際の魔術師」ならぬ「締め切り際の道化師」なのですが、とにかく通知票というのは鬼門でした。間に合わないのです。そうなると分かっているので年々手を付ける時期を早めていたのですが、それでも仕上がりは最終日です。もう少し手を入れよう、もっと細かく見てやろう、そう思っているうちに日はどんどん過ぎてしまいます。

 特に、例えば35人学級の最後の10人は苦痛です。というのは総合所見の欄は書きやすい子から書いていきますから、特徴のない子、特に輝くことも悪事もなかった子、日陰の子、つまり本当はもっとも丁寧に見てあげるべき子たちが残っているのです。

 仕方ないので「明日はこの子と、この子と、この子。3人を丁寧に見て書こう」と決心をして学校へ向かうのですが、がたがた忙しがっているうちにふっと忘れてしまいます。もうすでに所見欄を書き終わっている子が何かやらかしたりすると、書いた分にも手を入れたくなったりします。

 通知票を書く上で心がけたことの一つは、それが生涯を通じて残るものだということです。

 初めて担任を持った時は、「通知票は事実を知らせるものだ」という思いがあってあれこれ正直に書きましたが、3年もたって卒業させた後で、ある子のお母さんから「最初にもらった通知票のあの文が切なかった」といった話をされ、考え込んだことがあります。それは、
『学級長でしたが、特に見るべき仕事はしませんでした』
という文です。その子は仕事をしなかったのではありません。学級が荒れて満足に仕事ができなかったのです。

 考えてみれば個人的な指導というのは通知票を待つまでもなく、日頃からきちんとやって親にも知らせておくべきものです。通知票はそうした指導から漏れ落ちた、普通の日常を知らせてやればいいのです。
 以後、私は学校での様子を簡単にスケッチし、評価すべききことと次の学期への課題を書くようにしました。

 ただ、人物スケッチとなると40字〜50字で書けるものではありません。さらにワープロ書きを導入すると字数もたっぷり入り、かくして最終的にはひとり1200字〜1500字、プリントアウトして糊で貼り付けることになりました(これだったら気に入らなければ破って捨て、この世から抹殺することもできます)。しかしそうなると毎回原稿用紙で100枚分以上です。

 徹夜で書き続けたにもかかわらず終業式の当日の午前3時に「これは本当に間に合わないかもしれない」とおびえたこともあります。

 世の中には通知票が間に合わず、終業式当日に失踪した教諭もいます。またおなじ「書けなかった組」にもかかわらず、終業式当日、子どもの小指の先ほどの失態をあげつらって「こんないい加減なお前らに渡す通知票はない! 反省がしっかりできた者だけ渡すから、宿題をきちんとやって登校日に持って来い!」と突っぱねた先生もいました。

 一方、通知票の○を全部◎に書き換えて家族に渡した小学校3年生(これは◎と△しかない通知票を怪しんだ親によって暴かれた)も、中1の最初に「今年から通知票はなくなったんだって」と嘘をついて3年間一度も親に見せなかったという猛者も知っています。

 お疲れ様。今日はゆっくり休んでください。


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