2011/6/24

『体罰礼賛』・・・ではないけれど  教育・学校・教師


 先日、PTAの会合で他の学校の保護者と飲む機会があったのですが、その席上、隣に座った方から
「昔の先生は生徒のことをバンバン殴った。しかし生徒はそんな先生についていった。自分が悪いことをしたら殴られるのは当然だと思っていたし、殴ってでも悪いことを止めてくれる先生はありがたかった」
という話がありました。体罰を否定しない人たちに共通するひとつの考え方です。

 そこまではいいのですが、その上で「うちの子について言えば、悪いことをしたら先生もバンバン殴ってくれていいのですが」と言われると私もちょっと引きます。何しろ殴った時点で教師が処分を受けることは確実ですから、「バンバン殴ってくれていい」は「早く処分されろ」と同じです。おいそれと話に乗るわけには行きません。

「体罰で子どもが良くなるわけはない」―こちらは反体罰の側の代表的な意見です。私も賛成です。体罰を受けた子どもは教師を恨みこそすれ、それでいい子になることはありません。先生に殴られて良くなったというのは幻想、または記憶の改変で、いい先生と思っていた人にたまたま殴られてそれが思い出になっているだけです。

 暴力のおかげでよくなった子はいません。ただし、(誤解を恐れずに言えば)体罰はそれ以外の子にとっては抑止力になります。体罰の肉体的辛さよりも衆目の中で殴られるという精神的辛さが、周りの子を萎縮させおとなしくさせる、そういった面があります。そしておとなしくしているので教師の話がよく聞ける。聞いてみるとなかなか教訓に満ちた良い話をしている。だから教師を信頼し、だから人間的にも成長できた、そういう面がありました。

 繰り返しますが、私は体罰で子どもがよくなるとは思いませんし、体罰には今も絶対反対です。しかし子どもが最初からまったく話を聞いてくれない(聞こうと思っても教室がうるさすぎて聞こえない)、そんな状況ではどんなに素晴らしい話も立派な指導も通って行きようがないのです。
 私は先日、ある中学校の授業を参観しながら、「こりゃダメだ」といった感を深くしました。あれでは子どもの高まりようがありません。

 そんなことを言うとすぐに「昔の先生は威厳があって、子どもたちは騒ごうなんていう気にならなかった」などという人がいますが、そんなことはありません。そういうことを信じる人たちは、夏目漱石の「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」を読んだこともなければ、渡辺崋山の「一掃百態」(下図)という絵をみたこともない人たちです。昔の子どもは今よりも性質の悪い面があります。

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 さて、体罰と言う抑止力が使えない今日、大騒ぎをして話を聞こうとしない子どもたちにどう対処したらよいのか・・・。

 私のアイデアは三つです。
@体罰に代わる罪と罰のシステムをつくる。(教室で騒いだらこうなるんだよ、という罪と罰の関係を明らかにする)

A少なくともクラスを30人以下学級にするか複数担任制にして、一人の教師が対応する児童生徒数を減らす。

Bあきらめる。

 現状ではBがもっとも現実的な答えではありますが・・・。

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2012/7/26  13:35

投稿者:g

「適切で十分な愛・教育」を受けないまま大人になった人ほど「虐められる側にも原因が」と勘違いしているから、虐め・虐待が無くならない。
「何度学校を変わっても虐められるのは、虐められる側に原因があるから」「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠」等の論理的間違いを解説@感情自己責任論

http://sky.geocities.jp/dwhsg178/index.htm

2012/5/5  5:15

投稿者:SuperT

>不良の威圧や暴力にも屈せず毎日訪ねて来てくれたり、
>悪い道に入る事を止めてくれる様にいってくれたりして
>決して見捨てる事なく向き合ってくれた
こういう先生は今でもたくさんおられますよ。

ただし不良少年君たちはなかなか“不良”の地位から降りられませんし、
教師が本当に見放さないかしょっちゅう試し(わざと悪いことをする)た
りするので、見守り続けるというのは傍で見るよりはるかに大変です。


2012/5/3  6:39

投稿者:虎八

体を張って悪い事をするのを止めてくれた方
考えてみれば強面の教師にその様なタイプが多いのであって
肉体派や強面ではない教師も体罰や威圧ではなく止めておられた先生もおられると云う話を聞きました
生徒に根気強く話しをし向き合った先生
タレントの島田紳助氏はどちらかと云うと大人しい先生だったが不良の威圧や暴力にも屈せず毎日訪ねて来てくれたり、悪い道に入る事を止めてくれる様にいってくれたりして決して見捨てる事なく向き合ってくれたのでこの先生には感謝しているといっておられます
この様に出来るのが強面の教師が多く、私もそうですが面倒な事は避けたい、怖いと云うので諦めてしまうから信頼は生まれないのですね

2012/4/26  21:20

投稿者:SuperT

 虎八様
 返事が遅れて申し訳ありません。多忙でした。

>強面の教師が不良生徒を意味も無く殴り、そこで互いに信頼関係が生まれる
>体罰を礼賛する人は前述の様な感覚の方もおられます
>やはり多数派はそうなのでしょうか

 教師の体罰を懐かしく思う人たちには共通の基盤があります。それは体罰を行った先生が「体を張って、自分を正しい道に導いてくれた人」という思いです。
 不良少年もあるレベルを超えると自力で戻れなくなります。最初は格好つけて煙草をすったり、大人に向かって汚い言葉を発していたのが、いつか人間関係の中で「そういう役」にはまると、なかなか抜け出せないのです。
 友だちなんてアテになりません。ある一定の時期を過ぎると、その子の周辺にいる“友だち”はみんな悪事を煽ることはあっても止めたりしません。そういう人間関係を選び取ってしまったからです。
親だってそのころには打つ手を失っています。また多くの教師は多忙から(あるいは恐怖から)、その子の前に立ちはだかって悪事を止めようとしてくれなくなります。しかし本人だって真っ当な道に戻りたいときはあって、そんなとき誰かの力を借りて何とか生活を立て直したいと感じています。ですから子どもから逃げず、身体を張って止めてくれる強面教師は大好きなのです。
 「互いに信頼関係が生まれる」のはそうした場合だけです。

 体罰を懐かしく思ったり“必要だ”だと感じている人は今もいますが、大半は学校外の人であり、教員の間では極めて少数です。体罰は懲戒の対象で、重い場合は懲戒免職です。
職と退職金と教員免許を失います。私は、生徒が誰かを殺そうとしているといった特殊なケースでもない限り、たったひとりの他人のお子さんのために、自分の生活と生涯を投げ捨ててはいけないと思っています。体罰の是非とは関係なく、“体罰”は行えば教職員の負けなのです。

 もちろん現在も体罰で処分される教職員はあとを絶ちません。しかしこの人たちは冷静な体罰支持者ではなく、生徒による極めて厳しい挑発に自らを見失った教師か、衝動性が高く自分を抑えられない特殊なひとだと思っています。
(下に続く)

2012/4/26  21:19

投稿者:SuperT

(上から続く)

>教育評論家の尾木直樹氏が何処までが教育としての体罰で認められるかこれ以上
>は理不尽な暴力になるか定めよ一律に体罰とするのはおかしいと云われていた

「教育としての体罰」と「理不尽な暴力」の間に線を引くのは不可能かと思います。しかし体罰に代わる罰の体系があるべきだという考え方には賛成です。こうしたシステムをつくって、きちんと守らせようという考え方を「ゼロ・トレランス」言います。しかし「寛容なし」あるいは「容赦なし」と日本語に訳されるこの考え方は、日本ではまったく不人気です。子どもの立場に立って考えなければならないということです。どんな罰を設定しても、常にそれが生徒や保護者との交渉事になってしまうようでは、システムをつくっても無駄です。

 ふと振り返と、20年前に比べれば学校は生徒の問題を警察にずっと早く知らせるようになっています。かつて学校は社会の波から生徒を守ろうと必死になったものですが、たとえば校内の器物破損だとか対教師暴力とかはすぐに司直の手に掛けます。
 「どんな生徒でも学校は守る」という姿勢が消えたことは切ないですが、学校に罪と罰の体系がつくれない以上、それも致し方ないと思っています。


2012/4/26  7:29

投稿者:虎八

私自身も楽にすると一見良いが怠惰な方に流れてしまいます
ある程度の規制は必要だと思います
私は仰られた体罰に変わる罰則規定を設ける事には賛同致します
日本はこの事が曖昧な点が問題だったと思います


2012/4/19  7:15

投稿者:虎八

悪い事をして罰則としての体罰なら解りますが
昔愛知県や千葉県の学校などで行われていた体罰は罰則ではなく、お上に従う、全体主義の育成という事になるのでしょうか
完全に自由も苛めや非行を生み出しますが、前述の管理教育も表面上は纏まりますが、陰湿な苛めが酷くなります
基本的には体罰反対派ですが教育評論家の尾木直樹氏が何処までが教育としての体罰で認められるかこれ以上は理不尽な暴力になるか定めよ一律に体罰とするのはおかしいと云われていたと思います正に私も同感であります
唯映画岸和田少年愚連隊で強面の教師が不良生徒を意味も無く殴り、そこで互いに信頼関係が生まれると云うものがありましたが私はあの感覚が苦手で嫌いなのです
体罰を礼賛する人は前述の様な感覚の方もおられます
やはり多数派はそうなのでしょうか

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