2022/5/27
「中学生は、英語にも絶望しながら入学してくる」〜中1英語がやたら難しくなった 教育・学校・教師
ウクライナには意外なほど多くの英語使いがいる。
さもありなん。皆、今日を見越して頑張ってきたのだ。
日本はそうはいかないし、そうなってほしくない。
子どもたちは、すでに英語疲れもしているし――。
という話。

(写真:フォトAC)
【ウクライナ人々は、どうやら英語が堪能らしい】
テレビでウクライナに関するニュースを見て驚かされることのひとつは、英語の堪能な人が何人もいることです。街でマイクを向けられた警察官が英語でボヤく、小さな子どもを抱えた母親が英語でまくし立てる、女子高生くらいの女の子が落ち着いた英語で窮状を訴える――。
同じことを日本で試したらどうでしょう。
アメリカ人が街の警察官にマイクを向けたら、英語でボヤいてくれるでしょうか? 20〜30代のお母さんが英語でまくし立てるな場面を、カメラは捕えることができるでしょうか?
困って英語で話しかければそれぞれ誠実に答えてくれるでしょうが、単なるインタビューなら片っ端逃げ出すのがオチです。
もっとも「ウクライナの人々は英語が堪能」と言ってもどうやら年齢的限界もあるみたいで、私よりも年上、つまりお祖父ちゃんお祖母ちゃん世代はムリなようです。マイクを向ければウクライナ語しか返ってきません。ただしこの世代はロシア語はできて、今回のウクライナ戦争の初期、街に立つロシア兵に、
「ポケットにヒマワリの種を入れて戦場に行きな! お前が死んだらそこからヒマワリの花が咲くから」
と毒づく老婆の姿が世界に配信されました。
なぜウクライナの年寄りはロシア語が出きて、若い世代は英語が堪能なのか――。
要因は歴史と今回の状況を振り返れば明らかです。年寄りがまだ年寄りではなかった時代、つまりウクライナがソビエト連邦の一部だったころは、ロシア語で喧嘩ができるほどに堪能でないと生きていけなかったからです。
若者は、世界中のどこへ逃げても英語さえできれば最低のことはできそうだと、そんな切実な思いから英語を学び、あるいは学ばされてきたのでしょう。
【母国から追い出される人、政府から逃げなくてはならない人々】
ウクライナを脱出した人々は(のちに国内に戻った人も含めて)600万人にものぼるそうです。ところが同じ時期、母国を離れたロシア人も200万人以上いたのです。
政府による弾圧を怖れて脱出した反戦の士もいれば、自由を求めて国外に逃れる芸術家もいました。とにかくロシア国内に留まったら財産が守れない、商売にならない、そういった事情で逃げた人もいるでしょう。もちろんその上、おそらく外国語ができたから軽々と国境を越えられたのです。
私のような人間は戦争が始まったからと言ってすぐに動くことはできません。日本語とその方言しかできないからです。国を棄てるハードルが最初から高いのです。
以前、文在寅前大統領のお嬢さんが東南アジアに本拠地を移し、そこで暮らしているという報道があって話題になりました。日本の大学に留学経験のある娘さんです。
テレビにたびたび顔を出すサムソン電子の副会長:李在鎔(イ・ジェヨン)さんはソウル大学卒、慶応大学修士課程修了、ハーバード・ビジネススクール博士課程修了という輝かしい肩書を持っています。しかし注目すべきは頭の良さではなく、日本とアメリカの両方に足掛かりを持っている点です。資産の一部も海外に移してあるはずです。
ついでに言えば中国の習近平のお嬢さんもハーバード大卒でした。
韓国の政財界、あるいは中国の支配者層のほとんどが海外に資産を持ち、いつでも逃げ出す準備をしています。準備の中にはもちろん語学の取得も入っていて、子弟には厳しく指導してあるはずです。
昨日まで、私が日本が戦争に巻き込まれる可能性について考えながら、頭の片隅で冷笑的に思っていたのは、“戦争が近づいたら日本人も必死に勉強して、英語も堪能になるかもしれないな”ということです。
尖閣が取られた、沖縄も危うくなっている、九州でも人々が本州に移動し始めた、と同時に北海道の北側でもおかしな動きがある――そんな状況が10年も続けば、放っておいても人々は英語に熱中します。映画「日本沈没」に近い状態になったら、日本人は世界中に分散しなければならない。そのとき英語は必ず役に立つからです。
しかしこんな平和な状況にあって、外国軍からも政府からも追われる心配のない現在、何の必要があって小学生のころから英語を学ばなくてはならないのでしょう。
【これからの中学生は、英語にまで絶望しながら入学してくるのかもしれない】
こんなウンザリとした、皮肉な気持ちになったのはネット上で、
「中学校1年生の英語の教科書が、とんでもなく難しくなっている」
という記事を読んだからです。
小学校5・6年生で習得してきた部分があるから、それを前提に中1の英語は進められる、そのせいだといいます。納得できる話です。
かつて中学校の英語は多くの新入生の希望の星でした。
小学校の6年間に勉強がよく分からなくなってしまった子も、嫌いになってしまった子も、中学校へ行けば英語がある、そこで逆転満塁打が放てるかもしれない、勉強は全部嫌いだけど英語は好きになれるかもしれない、まったく知らない世界だからすごく面白そう――そんなふうに胸をときめかせて始められたのが英語でした。そして実際に英語がツボにはまり、他の教科も引っ張られて学力全般に工場の見られた子もいました。もちろん「やっぱりダメだった」という子も少なくありません。しかし少なくとも半年間は、夢を見て、楽しい日々が送れたのです。それで十分じゃないですか。
しかし今後は、英語にまでウンザリとした気持ちをもって入学してくる子がたくさんいるのです。かわいそうですね。
小学校英語って、そんな犠牲を払ってまでやらなくてはならないものなのでしょうか?
あとは部活くらいしか、新入生が楽しみにする材料はありません。あ、いや、いまや部活動さえも縮小していく方向ですよね。

2022/5/26
「意外とロシア軍は弱かったが、意外と自衛隊は強いのかもしれない」〜彼我の軍事力について考えてみた 政治・社会・文化
ロシア軍の案外な弱さには驚かされたが、
考えてみるとその足腰はあまりにも弱い。
逆に日本の自衛隊は「強大な」といった印象はないものの、
案外と足腰は強いのかもしれない。
という話。

(写真:フォトAC)
【足腰の弱いロシア軍の話】
ロシア軍が偵察用ドローンの不足に悩んでいるという報道がありました。
なにしろこのドローン、目となるカメラはキャノンのイオス、エンジンは斎藤製作所の模型用、GPSはフランス製、その他スイスだのアメリアだの中国だのといった国々の、簡単に手に入る民生品を組み合わせてつくってあるようなのです。しかし簡単に手に入るといっても所詮は輸入品。各国が輸出禁止にしたり企業が自主的に撤退したりしたら、ひとたまりもありません。
こんな兵器しかつくれない国は世界中と仲良くしておかなくてはならないのに、全部を敵に回してこの始末です。
それにしてもロシアの工業の底は浅い、というか何もない。
ロシア製品と言えば、思い浮かぶのはウォッカとマトリョーシカと魚のカンヅメくらいのもの、AK−47(カラシニコフ)というとても優秀な機関銃もあり、持ち運びに便利な改良型AKS−47もありますが、日本のAKB48の方がはるかに優秀な気がします(という冗談)。
そう言えば1976年、ソビエト連邦空軍のベレンコ中尉がMiG-25(ミグ25)戦闘機を手土産に北海道に亡命してきたとき、当時の最新鋭機は日米関係者によって徹底的に調べられましたが、一部に真空管が使われていて皆を呆れさせたと言います。
これで米軍のトムキャットやイーグルと戦おうとしたわけですから勇猛と言えば勇猛です。
【細かな点で優秀な日本】
話は変わりますが1982年のフォークランド紛争(アルゼンチンvs.イギリス)の際、英国潜水艦は不思議な魚雷でアルゼンチンの軽巡洋艦を仕留めました。先端にカメラがついていて、敵艦を見ながら進路を修正する魚雷です。後ろに長いコードを引きずりながら進むというユニークさでよく覚えているのですが、その先端のカメラがソニーの民生用ビデオカメラからとったものでした。
この戦争は最終的にイギリスの勝ちでしたが、艦船の被害はむしろ大きく、最新鋭の駆逐艦2隻の他、フリゲート2隻、揚陸艦1隻を失っています(アルゼンチン側は軽巡洋艦1、潜水艦1、哨戒艇2)。その立役者となったのがフランス製のミサイル「エクゾセ」で、当時ものすごくもてはやされましたが、ミサイルの姿勢制御に使われたジャイロスコープのベアリングはソニーのビデオカメラに劣ると言われていました。
私が言いたいのはロシアと違って、日本には軍事転用できる民生品がいくらでもある、ということです。ロシア製ドローンが各国の市販品で構成されているなら、日本はすぐにも、そして半永久的に生産し続けることができるはずです。
またロシアのドローンは1機1000万円〜1500万円と言われていますから(どうしてそんなに高いんだ?)、アメリカの最新鋭機1機を諦めればドローン1500機が手に入ることになります。
【米空母と自衛隊潜水艦のかくれんぼ】
最近、聞いた面白話に「空母ドナルド・レーガンと自衛隊潜水艦のかくれんぼ」というのがあります。
だいぶ前のことらしいのですが、水中に隠れて米空母に近づく自衛隊の潜水艦を、米軍が探し出すゲームをしたというのです。見つからずに近づけたら日本の勝ち、探し出して警告を与えたらアメリカの勝ちということのようです。
ゲームは自衛隊の圧勝で、始まるとすぐに米軍は潜水艦を見失い、やがて時間が来たので負けを認めると、潜水艦はドナルド・レーガンに寄り添う位置に浮上してきたというのです。
日本の潜水技術と潜水艦本体は、世界から非常に高い評価を得ているようです。
【だからどうなんだ?】
だから日本は安心だとか、いざとなれば何とかなるとか、何とかなるからかえって危険だとか、そういった方向性のある話をしているのではありません。
今の日本がもっている技術の一部を拾ってみただけで、それをどう解釈し、今後につなげていくかは別に考えることでしょう。

2022/5/25
「新元号4年目の呪縛:学校で『国防教育』が始まる(かも)」〜この戦争は何をもたらすのかB 教育・学校・教師
戦争を放棄したはずの国なのに、
いつの間にか世界有数の軍備をもつ国になっていた。
今回のウクライナ戦争を機に、国土防衛の声も高まるだろう。
いよいよ教師の頭と腹が試される。
という話。

(写真:フォトAC)
【空母保有数、世界第二位の国】
航空母艦、いわゆる空母。世界一の保有国はどこだと思います?
もちろんアメリカ合衆国、なんと20隻もあるそうです。
では二番目は?
これがあっと驚く日本の自衛隊なのです。「いずも」「かが」「ひゅうが」「いせ」と4隻も保有しています。
4隻保有の国は他にもフランス・イタリアがあり、3隻保有国はなくて2隻保有がイギリス・オーストラリア・エジプト・中国・イランとなります。これから艦数を増やしていく中国はまだしも、エジプトやイランが2隻というのも不思議な気がします。また1隻だけという国がインド・ロシアなど6カ国あります。
ただしこれは広義の「空母」を数えたもので、日本政府は「いずも」や「かが」を空母とは認めずヘリコプター搭載護衛艦と呼んできましたし、アメリカの20隻のうち9隻も強襲揚陸艦と呼ばれています。世の中には航空機を一機も搭載していない「航空母艦らしきもの」(タイ)もあって、厳密に分けるのはなかなか難しいのですが、「いずも」や「かが」の外見はどうしても空母。近隣の国々を空母として威圧できるなら、それはやはり空母でしょう。
ちなみに「いずも」と「かが」は現在、本格的な空母として運用できるように改修中です。
【時代はいつの間にか変わりつつある】
かつて私は平和主義の学習に際して、アメリカの原子力空母の写真を見せて同様の船(正確な意味での空母)が11隻もあることを伝え、それから、
「日本の自衛隊には空母が何隻あると思う?」
と訊くのを常としました。
生徒たちが2とか3とかいう数字を挙げる中で、
「実は1隻もないんだよ。空母は母国から遠く離れたところで戦闘機を発着させる船だから、日本は持つことができないんだ」
それをきっかけに自衛権や自衛隊に関する学習を始めたのです。ところが今は4隻。
私は「いずも」が就航するまでその存在にすら気づいていませんでしたから、びっくりしました。日本が空母(もどき)を持つことに、大反対運動があったという記憶もありません。話は案外あっさりと進んでしまったのかもしれません。
局面は、私の知らないところで、もうすっかり変わってしまっているのかもしれないと思ったのはその時です。
【新元号4年目の呪縛】
今年は令和4年ですが、平成4年といったらどんな重要事項があったと思います?
私が思い出すのは、PKO協力法が成立して陸上自衛隊がカンボジアに派遣されたことです。自衛隊が海外で仕事をするなど、昭和のうちは絶対に考えられないことでした。
ついでに言えば昭和4年は世界恐慌の年、大正4年は第一次世界大戦の始まった年、明治4年は廃藩置県の年です。年号が変わって4年目から、時代はそれらしい様相を呈してくるのです。
令和がどんな時代になるのかは、今年のできごとが象徴するかもしれません。
令和4年、世界をリードする五大国のひとつが核兵器を振りかざして周囲を威嚇しました。こうなると世界中で、「自分たちも自前の核兵器を持つべきだ」という議論が沸き起こって不思議がありません。日本も例外ではないでしょう。
平成以前には決してなかったことですが、わが国独自の核兵器の開発と製造、保有――そこまで行かなくても、米軍の核の共同運用、いわゆる核共有は真剣に話し合われることになります。「非核三原則(核をもたない・つくらない・持ち込まない)」の危機です。
日本もウクライナのように核シェルターをつくるべきだ、といった話も出てくるかもしれません。
【学校で「国防教育」が始まる(かも)】
学校では、とりあえず細かな部分で問題に直面します。
「行き過ぎた性教育」という言葉があるように、性教育は何かと横やりの入りやすい学習内容ですが、平和教育の方は1970年代以前のよう難しさ(日教組の連中が国民を平和ボケにしている、学校は子どもの自虐史観を刷り込んでいる等の批判)は薄れてきていました。憲法9条だとか自衛隊だとかが、比較的淡々と教えられる時期が続いたのです。
しかしこれからしばらくは気を遣わなくてはならないかもしれません。私のように「日本に空母はありません」などと呑気に言っていられないからです。目の前で軍備が増強されている状況で、「日本は戦争を放棄した国です」と単純に説明するのは困難です。どう教えるか、深く考えなくてはいけません。
まだ大きな声になってはいませんが「国防教育」を本気で考える人も出てくるでしょう。
北方領土・尖閣諸島・竹島の問題は小さなころから繰り返し教えられるべきだとか、戦争が起こり得る可能性についてもっと深刻に考えさせなくてはいけないとか、――そんなふうに考える人たちの声も大きくなってくるはずです。
もちろん「国防教育」といった仰々しい名前をつけたら抵抗する人も多そうですから、「国際関係教育」とか「国際社会教育」といった当たり障りのないものとなりますが、それでも目指すところは同じです。
私のようなボーっと生きている人間には教職が勤まらない時代になりました。しっかりと勉強して腹をくくっておかないと、無謀な戦争に子どもを駆り立てた、昭和初期の教員の轍を踏むことになります。もちろん必要な戦いだったらせざるを得ないのですが。
(この稿、終了)

2022/5/24
「私たちは戦う準備をしなくてはならないのかもしれない」〜この戦争は何をもたらすのかA 政治・社会・文化
日本の隣に核兵器を持つ権威主義の国が三つもある。
しかし日本が侵略されてもアメリカは動かないかもしれないのだ。
最初の一カ月を耐え抜いたウクライナの賢明。
そして戦争はたった一人の決断でできるという現実。
という話。

(写真:フォトAC)
【隣に核保有国が三つもある。しかも三つとも権威主義だ】
今回のウクライナ戦争から教えられたこと、気づかされたことは山ほどあります。
その一つは、私たちの国のお隣に、核兵器を保有する権威主義の国が三つもある(中国・北朝鮮・ロシア)ということです。ウクライナのお隣にはひとつしかありませんでした。
三国のことは当然わかっていたのですが、そのうちのひとつ乃至ふたつが、直接我が国に攻め込んでくるという可能性には、全く気が回らかったのです。イメージはさらに湧きません。
今回の軍事侵攻に関して、私が得た大きな収穫のひとつは、侵略されるということの具体的イメージを掴めたことです。
なぜそれまでノホホンとしていられたかというと、日米安全保障条約があったからです。条約によってこの国に米軍基地がたくさんある状況で、よもや外国が攻めてくることはあるまい、そんなふうに思っていました。
【アメリカは動かないかもしれない】
私より少し年上の「団塊の世代」はそうは考えませんでした。彼らは同時に全共闘世代ですから、アメリカ軍基地があるからこそ米国の戦争に巻き込まれる、そうした可能性についてしか考えなかったのです。さらに彼らは「日本が攻められても米軍が助けてくれるとは限らない」と言っていましたが私は信じませんでした。ただ、今は一部で、彼らの主張は正しかったと思っています。
ウクライナはNATOの同盟国ではありませんし、アメリカと単独の同盟を組んでいるわけではないので事情は異なりますが、バイデン大統領は開戦前にすでに、直接アメリカ兵が戦争に参加することはないと言い切ってしまいました。その理由である、
「だってアメリカが参加したら第三次世界大戦になっちゃうじゃん、核戦争になっちゃうじゃん!」
は、同盟国であってもあまり変わるものではありません。
少なくともそうあっさりと、あるいは自動的に、参戦してくれると考えるのはムシが良すぎるような気がするのです。中露北朝鮮のICBMは、核爆弾を積んでニューヨークに向けられているかもしれないのです。
もちろん九州に攻め込んできた、新潟に上陸した、という状況では国際的信用にかかわりますから動いてくれるに決まっていますが、尖閣諸島や八重山列島あたりだったらどうでしょう。対馬、隠岐、あるいは利尻・礼文あたりだったらどうでしょう?
【とにかく最初の一週間、そして一カ月、独力で頑張る】
ウクライナ戦争では「最短三日で陥落する」と言われたキーウは、一カ月たってもロシア軍に占領されることはありませんでした。その一カ月はとても貴重な時間でした。
この間にNATOは結束を確認し、武器や装備品を送る準備ができたからです。ロシアの目論見通り3日でキーウが占領され4日目にロシア寄りの暫定政権をつくられていたら、手も足も出ませんでした。
同様に我が国も、いざというときはとりあえず一週間、そして一カ月と、できるだけ長く独力で守り続けることが出来なくてはなりません。国際政治はヤクザな世界ですから既成事実化されたら原状回復はとてつもなく難しいのです。何とか凌いで時間稼ぎをしている間に、国際社会の支持を取り付け盤石のものにするのです。ウクライナがやった、まさにその通りのことをするわけです。
【ひとりの決断で戦争はできる】
もちろん戦争にならない方がいいに決まっています。しかし今回の戦争は「権威主義の国では頂上のひとりが決断するだけで何でもできる」ということを教えます。それが4番目です。
戦前、世界中の政治学者の誰もロシアの侵攻を予測できませんでした(軍事の専門家は別)。それはロシア国内も同じで、2月のかなりの時期まで、ロシア軍のトップですら予測できなかったのかもしれません。目論見通り勝っても、いいことはないからです。しかしそれにもかかわらずロシアは侵攻した――。
戦争はしてはいけませんし戦争にならないように努力するのが政治家の仕事です。しかしどんなにギリギリの話し合いをしても、頂上がその気になれば戦争は始められますし止める手立てはありません。
それも今回の重い教訓です。日本は戦う準備をしなくてはならないのかもしれません。
(この稿、続く)
