2019/12/16

「マネ『フォリー・ベルジェールのバー』の不快と愉しみ」  芸術


 東京都美術館にマネを観に行ってきた。
 以前から気になっていた「フォリー・ベルジェールのバー」に会うためだ。
 今はデジタル画像がいくらでも手に入る時代だが、
 実物を観て初めて分かることも多い。

という話。
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(マネ「フォリー・ベルジェールのバー」)

【コートールド美術館展】
 新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したいということで、妻が上野の森美術館の「ゴッホ展」のチケットを買ってくれました。で、せっかく東京まで行くのだからとあちこちの美術館を調べていたら、ふと目についたのが上の絵、「フォリー・ベルジェールのバー」でした。東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」に展示されている一枚です。

 コート―ルドというのはイギリスの実業家で、人絹(人造絹糸=レーヨン)で財を成した人物です。そのコート―ルドが独自の審美眼で買い集めた作品を中心に設立されたのが、現在はロンドン大学の付属施設になっているコート―ルド美術館。正式にはコートールド美術研究所というのだそうです。

 私は絵の分からない人間なので、偉大な収集家の集めたコレクション展だとか〇〇美術館展とかが苦手です。一人の画家の成長だとか、○○派といった美術的傾向の発生と変化だとかいったまとまったテーマがないと、作品単独では価値が見えてこないのです。
2019/9/19「『芸術の価値の分からない人間』の芸術的価値について」 

 ですからだいぶ前からこの展覧会のことは承知していたのに、「コート―ルド美術館展」というタイトルだけでパスしてしまって、中身についてはまったく気に留めていませんでした。
 ところが今回、ここに「フォリー・ベルジェールのバー」が展示されていることを知って、“この一枚を観るだけでもいいな”という気持ちで出かけることにしました。
「フォリー・ベルジェールのバー」は昔からそれくらい気になっていた一枚だったのです。


【「フォリー・ベルジェールのバー」】
「フォリー・ベルジェールのバー」はフランス印象派のマネの油絵で、1882年にサロン・ド・パリに出品された作品です。

 画題のフォリー・ベルジェールはパリのミュージックホールで、現在も営業されているそうですが全盛期は19世紀末から20世紀初頭にかけて、いわゆる世紀末文化の匂いのプンプンする時代です。
 フォリー・ベルジェールのバーは劇場の一角にあったアルコールを提供するカウンターで、中に立つバーメイドは高級娼婦の一面もあったと言われています。

 私がこの絵に魅かれる一番の理由は、中央に描かれたバーメードの物憂げな美しさのせいですが、同時にこの絵の持つ不可解な居心地の悪さ、なんとも言えない不快感のためです。
 とにかく右奥の二人の人物が気に入らない。描き方が雑で立ち位置も定まらない。
 二人の人物のすぐ下のオレンジや花を挿したグラス、ビール瓶などの緻密さと比べると、雑さはいっそう際立ちます。

 私はのちに、中央の女性が大きな鏡(手首のあたりに金色の縁がある)を背に立っていて、右に描かれている後ろ姿の女性の方はその鏡像だと知るに至るのですが、そうなると不快感はさらに増します。実像と鏡像の位置関係が狂っている――。


【どこまで行っても不快】
 その点についてWikipediaは、
「この絵は、発表直後から、多くの批評家を困惑させた。鏡の位置の不確かさ、バーメイドの後姿が右へずれていること、バーメイドが応対している紳士が手前には存在しないこと、カウンターに置かれたビンの位置と数に相違がある、等である。だが、2000年に復元された劇場で撮影された写真により、この絵の不自然ではないことが判明している。バーメイドは紳士とは向き合っておらず、紳士は画面の左側にいるために描かれていない。鑑賞者はバーメイドの正面ではなく、すこし離れた右側に立っている。したがって、バーメイドは少し左を向いている」
と書いていますが、本物を見ればWikiの説明がまったく通用しないことはすぐにわかります。

 バーメードは多少左に体をねじりながらも正面を向いており、後ろ姿の女性は男性と数十cmの近さで向き合っています。その間にカウンターのテーブルがあることを忘れさせてしまうほどの近さです。

クリックすると元のサイズで表示します  カウンターテーブルといえば左の方を見るとWikipedia の指摘のごとく酒瓶の種類や本数があっていないばかりか、位置関係も変です。
 テーブル上に置かれた品々から考えると、画家はバーメードの正面で、ほぼ彼女と同じ目の高さから鏡の風景を見ているはずですが、その位置から見たテーブルも酒瓶も、あんなに高い位置にくるはずがありません。
 そしてなにより、背後の小さな人物たちが二階バルコニー席の観客だとすると、カウンターテーブル自体が一階観客席の頭上に浮いているとしか思えない位置にあるのです。客たちも宙に浮かばない限り、飲み物を買うことはできません。
 右の男の居場所の定まらなさも、それに由来することもわかってきます。

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 そのほか、バーメイドを挟んでバルコニー席の左と右の人物の描き方に差があって、右は左半分の鏡像ではないかと疑われる点、つまり右半分は鏡の中に描かれた別の鏡に映った像ではないかということ。
 実像を思わせる左半分の観客は明らかに画面の左の方に目を向けていて、そちら側にステージがあること窺わせるのに、左上には空中ブランコに乗る芸人の足が見え、舞台の位置が分からなくなること。再び右を見ると鏡像を思わせる右半分の観客はやはり右方向に顔を向けているように思えてくること。だからやはり右半分は鏡の中に映った別の鏡の像なのかもしれない等々。この絵はだまし絵のように謎だらけです。

 そしてここまできてようやく、私は私なりの結論に達します。


【実物は語る】
 思うにマネは意図的に視点を外して鑑賞者を弄んでいるのです。中央のバーメードとテーブルの品々を極端に写実的に描いて私たちの目をくぎ付けにしておいて、背後で好き勝手を行う。画面のあちこちに不調和や不鮮明を置いてあの“いやあな感じ”つくりだし、私たちをとらえて離さない。
「フォリー・ベルジェールのバー」の妖しい魅力はそこにあるのです。

 絵は大きさ92cm × 130cm。なかなかの大きさです。
 油絵具は劣化が遅いので手前の品々などはつい最近描かれたように美しく光って、その精密なタッチを浮き上がらせています。
 花瓶代わりのグラスの、写真のように鮮やかな写実性など、やはり実物を観ないと分からないことはたくさんあります。ぜひ本物を見てもらいたいところです。

 ただし東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」は昨日が最終日で、これから行こうと思っておられた方には申し訳ない話です。
 


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2019/12/13

「才能ハインリヒの法則と膨大な科学のすそ野」〜ノーベル賞の取れる国とPISAや英語で成績の取れる国A  教育・学校・教師


 芸能界を目指す人が増えて初めて、芸能界のレベルが上がったように
 ノーベル賞受賞者を輩出するためには、科学の広いすそ野がなくてはならない。
 しかしそれぞれの国には基本的な文化や歴史があるのだ。
 そう考えると、ノーベル賞受賞者数も、
 PISAや英語力の成績も、大した意味のあることじゃない。

という話。
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(「ストックホルム市庁舎(スウェーデン)」PhotoACより)

【才能ハインリヒの法則】
 「ハインリヒの法則」というのがあって危機管理講習会などではよく引き合いに出されます。
「ひとつの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」というものです。

 これに似せて私が教育についてよく言う、いわば「才能ハインリッヒの法則」は次のようになります。
「一人の英才の背後には29人の秀才がいて、その背景には300人の人材がいる」

 私が子どもだった頃の芸能界は一面とても悲惨なものでした。
 時代劇では志穂美悦子・由美かおるという才能が現れるまで女優で殺陣ができる人は松山容子さんをおいて他になく、歌の世界では伝説的に下手な天地真理・浅田美代子、男性では近藤真彦・田原俊彦といった人たちが元気に歌っていたりしました。
 お笑いの世界でもクレージーキャッツはブリキの洗面器を持ち出して頭を殴るだけで笑いが取れ、初代林家三平は今もって何が面白かったのか、私にはわかりません。

 ところが今はそういうわけにはいきません。
 刀を振り回せない女優さんなんてまず考えられませんし、玉置浩二さんや吉田美和さんと並んでステージに立つ可能性がある以上、プロの歌手が下手のままでいられるはずもありません。

 なぜそこまで変わったのか――。
 要因はさまざまにあるでしょうが、決定的なのはその世界を目指す人間が爆発的に増えたということです。私の世代には子どものころから芸能界を目指したなんて人はほとんどいませんでしたが、現在は保育園児にマイクを向けても、何人かにひとりは「アイドル」とか言ったりするくらいです。

 オリンピックの水泳日本の復活の背後には、スイミングスクールの全国的展開があります。クラシックバレエやピアノ、バイオリンでは毎年のように国際コンクールで入賞者を出しますが、その背景には才能の欠けらもない子どもからダイヤモンドの原石まで、玉石混交で“お稽古事”に通わせる日本の風土があるのです。

 同様に、ひとりのノーベル賞受賞者の背後には何十人もの「もう少しで取れたはずの人」がいます。
 ごくわずかな運の違いで成果を取り逃がしたひと、同じ発見・発明をしたにもかかわらず数分の時間差で遅れてしまった人、完璧な研究を行いながら早世したために受賞できなかった人。
 すそ野が莫大でないとノーベル賞受賞者は出て来ようがないのです。


【膨大な科学のすそ野】
 私は、昨日引用した崔碩栄(チェ・ソギョン)氏の『日本がノーベル賞受賞者を輩出できるのは、理科実験や作文といった自分の意見、発想を披露する「出力」の機会をたくさん持っているからだ』という考え方はやはり正しいと思うのです。

 普通の日本人は、そこに大きな意味があると思わないかもしれないが、そこに韓国と日本の大きな差があると思う。
 学生時代に好奇心、興味、モチベーションを感じる経験の有無は、計り知れないほど大きいからだ。

 それも正しい。

 日本経済が日の出の勢いだった1970年前後、日本の教育を視察に来た外国人が一様に感心したのが理科室の充実だったと聞いたことがあります。現在でも海外からの学校視察のメニューには理科室が必ず入っています。資料はないのですが、これだけ多くの実験器具を用意して実際に触らせている国はそう多くはないでしょう。

 今回のノーベル賞については吉野彰さんが小学校4年生のときに、担任の先生からファラデーの「ロウソクの科学」を渡され、それで科学者になろうと決心したという逸話が話題となりました。しかしそれだけでは不十分です。わずか10歳の少年の意志を持続させるだけの環境がなければ、今日の成果もなかったに違いないのです。
 60年前の吉野少年は小中学校の理科の時間に、試験管を触ったりアルコールランプに火を着けながら、将来の自分をありありと描いていたに違いありません。


【効率を考えればできないことだ】
 しかし効率を考えたら、そうした学習のなんと時間のかかることか――。
 リトマス紙が酸で赤くなるなんて、実際にやってみなくたって3秒で伝えられることです。それを子どもたちが1秒で覚えてくれればいいだけのことです。子どもの大部分は義務教育と高校を終えると生涯に二度と実験器具に触れたりしないのです。その意味でも実験に時間をかけるのはバカげていると言えます。

 同様に、ほとんどの子どもは作家にも新聞記者にもなりませんから作文などという手間のかかることはしなくてもいい。そんな時間があるなら、資料を読んで多肢選択や複合選択の質問に答えられるように訓練した方がPISA型読解力の獲得にはよほど役立ちます。
 あるいはそうした時間に英語の短文のひとつでも覚えた方が、グローバル社会では有利かもしれません。

 でも、そんなことありませんよね?


【それぞれの国にそれぞれの文化を】

 思うに「PISA」や「EF EPI英語能力指数」の順位も「ノーベル賞受賞者数」も大した問題ではなく、それぞれの国は、それぞれにふさわしい生き方をすればいいのです。

 韓国はとにかく急がなくてはならなかった、そのために集中と効率で現在の国をつくりました。韓流だのITだのゴルフだの、狭い領域に大量のエネルギーを注ぎ込んで一気に一流に引き上げたのです。だからBTSがあってTWICEがあってサムスンがあってLGがあります。
 応用科学など即戦力として役に立つ部分に強く、したがってPISAやEF EPIでも成績がいい。それでいいじゃないですか。ノーベル賞なんてなくたって。

 日本の場合は広くあまねく手を広げ、重く、丁寧で緩やか。慎重でフットワークが悪いので中国や韓国にあっという間に抜かれてしまう場面も多々ありますが、抑えるべきところはしっかり押さえ懐が深い。だからノーベル賞も取れる。
 応用科学よりもむしろ基礎科学に定評がある。何の役に立つかわからない理は科実験や作文に力を入れることができる。だからPISAやEF EPIで結果を求められても困る。
 それでいいじゃないですか――と、私は思います。


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2019/12/12

「ノーベル賞は取れるが学力は上がらない」〜ノーベル賞の取れる国とPISAや英語で成績の取れる国@  教育・学校・教師


 吉野彰さんのノーベル賞授賞式があった。
 日本人としては25人目。
 21世紀に入ってからの日本の受賞者はアメリカに次いで第2位だそうだ。
 それにもかかわらず日本人の英語力は「低い」レベルで、“読解力”は崩壊状態。
 これはどういうことだ?

という話。

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(「ストックホルム市庁舎黄金の間」PhotoACより)

【英語ができなくてもノーベル賞が取れる国】

 一昨日(12月10日、日本時間11日)、スウェーデンのストックホルムでノーベル賞の授賞式が行われ、リチウムイオン電池の吉野彰さんがメダルを受け取りました。日本出身日本国籍を持つ受賞者としては25人目、科学部門では22人目となるそうです。

 今月号の「文芸春秋」(新年特別号)藤原正彦『「英語教育」が国を亡ぼす』を読んで初めて意識したのですが、現在外国籍となった二人の物理学者を含めて、24人全員が日本の小中学校、高校、大学、大学院を出ているのです。つまり日本語だけで教育を受けた人たちが受賞者になっている。
 中でも2008年の物理学賞受賞者、益川敏英さんは外国語が苦手で(全くできないわけではない)、受賞記念講演でも最初に“I'm sorry, I can't speak English.”と言って笑いを誘っただけで、あとは通訳付きの日本語で講演を行ったと言います。ノーベル賞の受賞記念講演を日本語で行うのは異例だそうです。海外渡航もそのときが初めてだといいますからただ者ではありません。

 益川先生はこうして、素粒子に関する新しい理論を証明するとともに、日本が英語ができなくてもノーベル賞が受賞できる国であることも証明したのです。
「これからの日本人は英語ができないとグローバル社会を生き抜けない」と主張する人たちに、鉄槌を下したようなものです。


【仮説1:だから韓国はノーベル賞が取れない】
 ノーベル賞で思いだしたことがもうひとつあります。韓国です。

 しかし、毎年同じ時期に日本人受賞のニュースを見ている韓国の気持ちは複雑だ。
 どの国よりも日本をライバル、敵、競争者として強い対抗意識を燃やしてきた韓国だ。BTS(防弾少年団)に代表される韓国文化の流行、そして、スポーツの日韓戦での勝利などで覚えた「勝利の快感」は、ノーベル賞の季節になれば、あまりにも無力に消えてしまうからだ。

なぜ韓国の科学者はノーベル賞に手が届かないのか 〜日本との教育の違いに思う〜【崔さんの眼】)

 韓国の方自身による発言です。
 韓国が科学分野で良い成績を得られない原因について、これまで、いろいろな分析が行われてきた。
 韓国内でその原因としてよく挙げられるのは(1)基礎科学への無関心(2)民・官の支援不足と研究環境の不備(3)過程より結果だけを重視する雰囲気――などがある。
 どれも、うなずける耳の痛い話だ。

 私もそうだと思います。しかしこれには同情すべき理由があります。

 韓国が近代国家としての歩みを始めたのは第二次世界大戦後、さらに言えば昭和28年(1953年)の朝鮮戦争休戦以後です。
 それからわずか六十余年。現在の韓国の隆盛を考えると、基礎科学に時間を割いている暇などなかったことがよく分かります。
 とにかく目の前の技術を手に入れ、生かし、結果を出して、その結果の上に新たな技術を重ね――そんなふうに必死にならなければ現在の韓国はなかったのです。

 国民の豊かさとノーベル賞、どちらが大事かといえば当然前者です。ですからこれでよかったはずですし、ノーベル賞が後回しになったからといってなんら恥じることはありません。
 中国をはじめとして最近ようやく先進国の仲間入りを果たした国々、あるいは中進国と呼ばれる国々はすべて似たような状況です。

 日本で最初にノーベル賞受賞者が出たのは明治維新から80年以上たってからです。二人目が出るまで、そこから16年もかかってしまいました。韓国や中国からも、今後続々と受賞者が出てくるはずです。


【仮説2:それでも韓国はノーベル賞を取れない】
 ところが、引用した記事の筆者は、問題はそこにあるのではないと言います。
 しかし、私の経験から考えるに、根本的な原因は「教育」にあるように思う。
私は1980年代、ソウルで中学、高校に通った。今、振り返ってみると、学生時代に受けた教育は、ノーベル賞とはあまりに縁遠い気がしてならない。あのような教育を受けたら仕方ない、と思うからだ。

 まず、理科の授業。私は中学1年から高校を卒業するまで、一度も理科学機材に触れたことがない。教科書にはアルコールランプ、試験管、顕微鏡など、いろいろな機材が登場したが、全て紙面の上での「イメージトレーニング」にとどまっていた。
 使い方も含めた化学実験の方法などは、「体験」ではなく、全て「文字」としてだけ頭の中に蓄積されたのだ。

 そして「国語」の時間。私は小学生の時、作文が好きだった。たまには先生に褒められたり、校内で賞をもらったりもした。
 先生の激励と、賞というご褒美が、私にとって高いモチベーションになったことは言うまでもない。

 しかし、3年間の高校時代、国語や現代文学の時間には「作文」するチャンスがなかった。授業中、ただの一度も自分の意見や考えを文章として表現する機会がなかったのだ。
 学校では大学入試のための準備、問題集ばかりやっていた。一方的な「入力」だけがあり、自分の意見、発想を披露する「出力」の機会が全くなかったのだ。

 私は、日本で同世代の日本人に会うたびに、中高校時代の話を聞いてみた。すると、地域、学校による多少の差はあっても、ほとんどの人は多かれ少なかれ、実験、作文の機会はあったという。

 正直、うらやましかった。普通の日本人は、そこに大きな意味があると思わないかもしれないが、そこに韓国と日本の大きな差があると思う。
 学生時代に好奇心、興味、モチベーションを感じる経験の有無は、計り知れないほど大きいからだ。

 長い引用になりましたが、韓国からノーベル賞受賞者の出ないことについいて、記事はこのように分析しているのです。


【だから韓国はすごいのかもしれない】
 ところで、先月話題となった「EF EPI英語能力指数」2019年版で、韓国は何位だったかご存じですか? 100の国・地域のなかで37位です。
 日本は53位で「低い」の範疇に入れられているのに対して、韓国はフランスやスペイン・イタリアと並んで「標準的」なグループ。英語を公用語とするインド・香港行政区も仲間です。

 PISA2018の“読解力”の様子も見てみましょう。韓国は9位です。
 ご存じの通り日本は75の国と地域の中で15位。私などは15位なら立派だと思うのですが世評だと“惨敗”。日本の子どもたちの学力低下には目を覆うばかりということになります。 
 それに比べると韓国は立派ですね。ちなみに数学的応用力と科学的応用力については今回久しぶりに日本の下になりましたが、これまではほとんど日本の上位にいたのです。

 こうなると、引用した記事の筆者には申し訳ないのですが、日本の子どもたちは実験だの作文だのにやたら時間かけているからダメなのだ、好奇心・興味・モチベーションはノーベル賞には結び付くがそれで英語力や読解力が高まるわけではない、韓国のように理科実験をイメージトレーニングで行うような大学入試のための準備、問題集ばかりやっているような学習の方が、よほど英語力や読解力の向上に役立つのではないか――そういった考え方だって出てくるわけです。


(この稿、続く)


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2019/12/11

「選挙に無関心でいられる、嘘をつかずに済む」〜この国の平和ボケも悪くない  政治・社会


 明日、英国下院総選挙。
 しかし選挙予想、あたるのだろうか?
 世界中の国々で、投票前調査で嘘をつかざるを得ない状況がある、
 無関心でいられない状況がある。
 それに対して我が国は・・・

という話。
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(「ロンドンブリッジ夜景」PhotoACより)

【選挙予想がまったく役に立たない国々】
 昨日イギリスのEU離脱についてお話しした際、
 予想は今のところジョンソン首相率いる保守党有利ということになっています。
と書きましたが、ふと思い出したら2年前、当時のメイ首相が背後を固めるために打って出た総選挙のときも、公示前は「保守党、圧倒的優位」でした。
 もちろん勝てると踏んだからこそ議会を解散したわけですが、選挙戦が始まると労働党との差は見る見る縮まって、結局保守党は過半数割れ、今日の混迷に輪をかけた形になったのです。

 そう言えばそもそもEU離脱の是非を問う国民投票だって残留派が勝つと思ってキャメロン元首相は実施したわけで、イギリスの投票予想はことごとく外れるのかもしれません。

「イギリス人は歩きながら考える」といいますから、歩いているうちに気が変わってしまうのでしょう。
(参考)
2017/3/16「歩きながら考える」@
2017/3/17「歩きながら考える」A

 
 大番狂わせといえば3年前のアメリカ大統領選挙だって「トランプ勝利」の判定が出る数時間前まで、クリントン陣営は勝ちを疑っていませんでした。世界中の予想屋・選挙アナリストがヒラリー勝利を疑わず、日本ではトランプ支持者でもないのに「残念ながらヒラリーが勝つでしょう」などと余裕のコメントをした評論家もいたくらいです。

 「隠れトランプ」と呼ばれるような人たちが山ほどいたわけで、あんな下品な男の支持者だとばれるのが嫌で、事前は頬かむりをしていただけだったのです。


【表情を隠すサイレント・マジョリティたち】
 投票フェイクとか投票ポーカーフェイスとか言っていいような事前のニセの表明が、大々的に行われたのは先月香港で行われた区議会選挙です。

 遠く離れた日本で、ニュース番組だけを頼りに予想していた私のような人間には、民主派が絶対勝つ直接選挙を、なぜ香港政府や中国中央政府が許したのか、そのこと自体がなぞでした。
 一週間前の土日でさえ市街戦さながらのデモは続いていたのですから、社会混乱を理由に選挙を(無期)延期にしてしまえば、7割も持っていた議席は守れたはずです。それをなぜやってしまったのか――。

 “香港政府が都合のよい情報ばかりを中央政府に上げていたからだ”という説があります。
 それでいちおう共産党中央が判断を誤った理由は説明できます。しかし結果が予想できていたら、いかに調子のよい香港政府だって怯えて真実に近いものを中央に報告していたはずです。
「8割以上もって行かれるかもしれません」とは言えないにしても、「民主派が過半数に迫る勢いです」くらいは言えたはずです。それをどう誤ったのか、自分たちが勝つ、少なくとも負けないと本気で考えていたみたいなのです。

 考えてみると選挙前のマスメディアの予想も、「議席の8割」などという大勝はまったく考えておらず、
「民主派が3割の議席を守れないようなら、運動は大きな曲がり角を迎えることになります」
といった解説を、私も聞いた覚えがあります。

 要するに、「重大な局面では、ひとはほんとうのことを言わない」という当たり前の動きがあっただけなのです。それをマスコミは読み切れず、香港政府はまったく読み間違えた。
 現場だからかえってわからない、ひとの話を聞くから余計に判断が狂う、そういうこともあります。香港市民はこぞって真の表情を隠していたのですから。

 結果論ですが、5年前の雨傘運動は市民に足を引っ張られるようにして2カ月あまりで終わってしまいまったのに、今回は半年以上続いてもデモ隊を非難する声はさっぱり上がっていませんでした。
 学生は次々とプラカードを掲げて集まってきますが、あの統一されたプラカードや横断幕の費用は誰が出したのか――そう考えると“もの言わぬ大衆”が陰で何を考え、何をしていたのか、自ずと想像できます。
 香港では若者はマスクをつけていますが、大人たちは“顔”自体がマスクでした。


【無関心でいられる、嘘をつかずに済む】
 話を戻しますが、イギリスはさすが議会制度発祥の地、総選挙の投票率は常に高いところにあります。
 1990年代から2000年代にかけてやや下がりましたが、ここのところ盛り返して2017年の下院選挙で68.8%。同じ年に日本でも総選挙がありましたが、そのときの投票率は53.68%――。
 15%の差は小さくありません。日本の有権者数はざっと1億人ですから1500万人も余計に行かないと到達できない数字です。

 イギリスのその高い投票率に寄与しているのが若者たち。18歳から30歳までの投票率は58%〜62%もあり、今回、もしジョンソン保守党が負ける、ないしは伸び悩むとしたら、この層が大挙して投票所に向かい、労働党に入れるからではないかとさえ言われているのです(若者の80%以上はEU残留派であるため)。

 翻って、日本の20代の投票率は前回の総選挙で30%〜35%ほど、イギリスの若者の半分くらいです。情けない話ですが、情けないのは若者ばかりにはなく、私たち60代でさえ前回は66%〜70%。イギリスの同年配の81%に遠く及びません。大人としてほんとうに恥ずかしい。

 しかしちょっと目先を変えて、
「何が何でも選挙に行って政治に影響を与えなくてはならないと、思い詰めずに済む国」
 そう考えると、私たちもけっこういい国をつくって来たじゃないかという気にもなります。

 また日本の場合、選挙特番で投票の締め切り直後に、
「開票率0%で当選確実が出ました!」
と数学的にはあり得ない発表が行われるのは、これも現在の日本が嘘をつかずに済む国だからです。

 無関心はいざというときの感覚を鈍らせますから投票には行くべきですが、平和ボケでも生きていかれる我が国、悪くはないと思います。


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2019/12/10

「どちらに転んでも国民の半数が不満という苦渋」〜子どもと一緒にブレグジットについて学ぼう  教育・学校・教師


 明後日、いよいよ英国下院の総選挙が行われ、
 EU離脱問題に決着のつきそうな雰囲気。 
 子どもたちと一緒に歴史の一場面に立ち会うとともに、
 国を二分することの危うさについて学ぼう。

という話。
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(「夜のロンドン イメージ 3」PhotoACより)

【子どもたちと歴史の一場面に立ち会う】
 明後日(12月12日)はイギリス議会下院の総選挙です。結果が出るのは日本時間で13日、あるいはそれ以降になるかもしれませんが、重要な選挙です。社会科の先生はもちろん、教科は違うが学級担任をしているという先生も注視して、朝の会などでひとこと触れておくといいでしょう。

 私は現実に起こっている事件の重大さを判断するのに、「このできごとは50年後の中学校の教科書に載るか」「高校の教科書なら載るか」といったことを基準に考えます。
 私が生きてきたこの数十年間についていえば、次の内容は教科書に載っています(または載る予定です)。
・ 高度成長(その象徴として第一回東京オリンピック、大阪万博)
・ 戦後の終焉(沖縄返還と日中国交正常化)
・ オイルショック
・ バブル経済
・ ベルリンの壁崩壊→冷戦の終結
・ 平成不況(失われた10年・20年)
・ アメリカ同時多発テロ→合衆国の凋落・中国の台頭
・ IT革命
・ 東日本大震災
 ざっとそんなところでしょうか。

 阪神大震災は東日本大震災に上書きされますし、あれほど世間を騒がせたオウム真理教事件も、歴史を動かさなかった、人々の生活に大きな変化を与えなかった、という意味で教科書には載ってきません。

 そうした基準からすれば、明後日のイギリス総選挙でEU離脱が決まったとしても、それだけでは日本の教科書に載りません。ただし数年後、“あれがEU崩壊の端緒だった”ということになれば様子はまた違って来るでしょう。
「オレたちは歴史の瞬間に立ち会った」
ということになるかもしれませんから、意味が分かってもわからなくても、一応、話しておくことは大事でしょう。


【自ら進んで苦杯をあおる】
 今のところ予想はジョンソン首相率いる保守党有利ということになっています。
 保守党が勝利を収めることになれば、現在、宙に浮いている離脱案が議会を通過し、来月の31日の離脱が正式に決まり、来年12月末までの移行期間を経てイギリスはEUから完全に分離することになります。
 4年に渡るすったもんだからようやく解放されるわけです。

 イギリスとEU諸国間の物と人の行き来は、日本と諸外国がそうであるように通関手続きなどありきたりで不自由なものとなります。関税もかかるようになります。
 その代わりイギリスは独自の裁量で中国や日本と取引できるわけで、特にイギリス連邦の国々、オーストラリアやニュージーランド、マレーシア、シンガポールなどとの関係を深めて、かつての隆盛を取り戻そうと考えているみたいです。

 しかしイギリス以外のほとんどの国の人々が思っているように、すでにイギリスは大英帝国ではなく、ヨーロッパのはずれの普通の国になってしまっていて、だからこそEUに加盟したのを今さら離脱しても昔ようにいかないことは火を見るより明らかです。

 それにも関わらず今回の総選挙で「今すぐの離脱」を掲げるジョンソン首相率いる保守党が勝利しそうなのは、ジョンソンさんの個人的人気もさることながら、“もうブレグジットにはうんざりだ”という人たちの一部が、
「ここまで対立が深まったら、将来、再加盟を申請するにしても、とりあえずいったんは離脱して様子を見るくらいのことをしないと先に進めない」
と考え始めたことによると説明されます。

 その考え方は理解できないわけではありません。
 私はアメリカのトランプ大統領の一から十まで嫌いですが、唯一トランプが大統領でよかったと思うのは、あのときヒラリー・クリントン大統領が誕生していたら、アメリカ国内にいつまでたっても「トランプなら何とかしてくれたに違いない」という鬱屈が溜まっていたに違いないからです。
 私たちはほんとうに堪え性がありませんから、時には自ら進んで苦杯をあおるしかないこともあるのです


【どちらに転んでも国民の半数が不満という苦渋】
 明後日の総選挙も含めて、私がブレグジットを通して子どもたちに学んでほしいことは「国を二分することの危うさ」です。

 EU離脱を巡るイギリス国内の対立は、二重、三重、四重くらいに複雑で厄介なものです。
 保守党(離脱)と労働党(残留)、イングランド(離脱)とスコットランド及び北アイルランド(残留)、イングランド内の田舎(離脱)と都市(残留)、年配者(離脱)と若者(残留)、それらすべてに深い亀裂が生じています。

 同じことは合衆国でも起こっていて、親トランプと反トランプ、白人と有色人種、古い産業と新しい産業、米国中央農村部と都市部――かつて大統領の仕事のひとつは統合を守ることでしたが、今は大統領自らが分断を煽っています。

 お隣の韓国でも進歩と保守、全羅道と慶尚道、親北と反北は、常に五分五分で拮抗していて、どちらに転んでも半数の不満を抱えることになります。
 
 今の日本には国を二分するような対立軸はありませんが、この先、憲法改正のような重要な問題も出てきます。
 どのような問題であってどちらに転ぶにしても、国を二分してにっちもさっちもいかないよりはマシ、私はそのように思うのですが子どもたちはどう考えるのでしょう。
 聞いてみたいところです。

(参考資料)
1からわかる「ブレグジット」(1)なぜEUから離脱したいの?

1からわかる「ブレグジット」(2)なぜもめているの?メイ前首相編
1からわかる「ブレグジット」(3)なぜもめているの?ジョンソン首相編【上】
1からわかる「ブレグジット」(4)なぜもめているの?ジョンソン首相編【下】
1からわかる「ブレグジット」(5)イギリスよ どこへ行く


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2019/12/10

「更新しました」  教育・学校・教師


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「キース・アウト」

教員免許更新制、「10年もやったのに教師の資質はさっぱり上がっていないじゃないか」と言われている件について

 
                          
 PC版 →http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/kiethout2019/kieth1912b.htm#i2

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