2020/5/25

「メルケルさんの爪の垢でも煎じて飲め!」〜丁寧な説明をしない政府への苛立ち  政治・社会


 安倍内閣の支持率がついに27%まで落ちた。
 コロナ対策では日本よりはるかにうまくいっていない国々、
 絶望的な経済的な困難を抱えている国の首脳が、
 それでも支持率を上げている中で、この数字は異常だ。
 とにかくこの国の政府は、呆れるほど丁寧な説明をしていない。

というお話。
クリックすると元のサイズで表示します
(「試験管」フォトACより)

【安倍内閣支持率27%】
 先週末の毎日新聞によると、安倍内閣の支持率は27%まで落ちて不支持率(64%)の半分以下、ほとんど絶命寸前といった状況です。

 今回のコロナ事態で、文大統領が69%、メルケル首相80%、トランプ大統領でさえこれまでの最高値の49%と、各国首脳のほとんどが支持率を上げる中で、いくらさくらを見る会やもりかけ問題、定年延長・黒川問題があったにしても、安倍政権の支持率低下は尋常ではありません。コロナ対策も悪評芬々、世界最低と評されて“安倍・自民党政権にウンザリ”の声はネットやマスコミ上で日々高まっています。

 中には「もう自民党以外ならどこでもいい」などという声もありますが、私たちは同じ思いで10年ほど前に民主党政権を生み出してしまい、さんざんな目にあっています。やはり政治は「何でもいいという」わけにはいきません。また困ったことに、安倍はダメでも代案もない。

 一時期勢いのあった小泉進次郎議員は姿が見えず、石破がいい、岸田がいいという話もなく、ましてや枝野待望論があるわけでもありません。コロナ対策にしても「自民党じゃだめだ、立憲民主なら(維新なら、共産なら・・・)、もっとうまくやったろう」という話も出て来ません。

 代案がない以上は少しずつお灸をすえながら、今の政権を盛り立てていきましょう、新宅を立てる前に旧宅を壊してはいけません、などと言おうものなら袋叩きにあいそうなので私も言いませんが、このまま政府を信じない風潮が広まったままというのも不安です。


【口下手な政権、説明に労を尽くさない人々】
 もしかしたらこの政権は、多弁な割に口下手ではないかと思うことがよくあります。
 森友問題でも安倍首相は「妻がかかわっているようなら辞めます」などと言わなければ問題の半分以上なかったように思うのです。さくらを見る会でも、謝るべきところはさっさと謝ってしまえばよかった。定年延長問題は明らかに説明不足です。

 さらに言えば、新型コロナ対策のいちいちはあまりにも説明不足で、いつも唐突の感がありました。状況は常に変化していてその場その場の判断を求められる大変さはあります。しかしそれでもより丁寧に説明していけば、これほど非難されることもなかったでしょう。

 いま振り返ってもクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の扱いにあれ以上のものがあったようには思えません。もちろんアメリカのように数千人の乗員・乗客を同時に隔離できる遊休軍事施設でもあればよかったのですが、チャーター機の数百人でさえ苦労している状況で3700人を運び入れる場所など見つけようがありません。

 当時、「早期にPCR検査をしたうえで、陰性の乗客だけでも早く降ろすべきだ」という主張もありましたが、船内は濃厚接触者だらけで、その日の検査が陰性でも決して安心できる状況ではなかったのです。やはり2週間隔離して発症しないこと確認してからでないと帰せなかった、それは正しい判断でした。
 しかし当時、そのことに十分な説明があったとは言えません。

 弁当が届かないこと、薬が届かないことにも理由がありました。けれどなぜそうなっているのかの説明はほとんどなく、担当者が何かの理由で意図的に仕事を控えているのだといった印象しかなかったのです。

 そんなこんなでクルーズ船対策は内外から猛然と批判され続けましたが、終わってみれば結局あれしかなかったのです。前例のない巨大クルーズ船での検疫に不備があったとしても、日本だけを責めるのは酷です。

 4月に入ってアメリカ大使は米国民が受けたケアについて、
「これは優秀な地域医療だけでなく日本の素晴らしい“おもてなし”の心を映し出すものです」
と感謝の気持ちを表しました。

 ダイヤモンド・プリンセスとその前の屋形船、ふたつの船での感染を最小限で抑えて2カ月の猶予をつくったことが、いかにその後の日本にいかに有利に働いたかははかり知れません。遅れてきた分、中国・韓国・東南アジアの国々、そしてその後のヨーロッパ各国の様子を見ながら、良いところ、真似のできるところは全部吸い上げて、後追いができたのですから。

 さらに、苦労された乗客乗員には申し訳ないのですが、「小武漢」「巨大な実験室」と呼ばれたダイヤモンド・プリンセスから得られた多くの知見は、その後の政策決定に大きな影響を及ぼしました。それも日本の運のいいところです。


【自分には“能力がない”と言えない】
 3月に入ってからは韓国の成功の影響もあって、PCR検査の少なさが問題となり、今も尾を引いています。結論から言えば、当時も今も、韓国中国並みの検査をする能力がなかっただけの話です。
 政府は4月中に検査体制を1日2万件にしますと約束しましたが、これも予算をつけるという意味で人員配置まで保証したものではありません。人員配置と言えば、地域の保健を統括する保健所の人員も、圧倒的に不足していました。政府の行政改革のおかげです。

 日常生活にサイズを合わせた人員配置だから、緊急時に即応できない、それだけのことで政府はきちっと説明すればよかったのです。
 中国や韓国、台湾やイスラエルなど休戦中もしくは準戦時体制で、自由の制限や余剰人員を抱えることが常態化しているのです。それにふさわしい税負担にも耐えています。
 だから日本は中韓・台湾イスラエルのようにはできない、そう言えばよかったのです。そのうえで、日本には過剰なCTスキャンがあるから大丈夫、日本人の特性のこの部分を信頼してクラスター対策で対応していく、そんな説明をしつくせば、国民も納得し、政府を信頼したはずです。しかし言わない。

“メルケルさんの爪の垢でも煎じて飲め”と思うのは、そのためです。


にほんブログ村
人気ブログランキング
3

2020/5/22

「eスポーツは天使か悪魔か」〜ゲーム障害とプロ・ゲーマー   政治・社会


 新型コロナ対策の外出自粛がゲーム依存を増やさないかと心配される中、
 プロ・ゲーマーをめざすことで免罪符を手に入れようとする子どもたちが出てきた。
 eスポーツも国体の中で開かれるようになった。
 さて、この状況をどう考えていったらいいのだろう。

というお話。 
クリックすると元のサイズで表示します
(「パソコンゲームをする女性の手元」フォトACより)

【外出自粛の陰で…】

 一昨日(2020.05.20)のNHKクローズアップ現代+は「外出自粛の陰で…ゲーム依存は大丈夫?」というタイトルで、特に中高生のゲーム依存について扱っていました。

 たしかに現状で「学校は休校」「表に出るな」「友だちにも会うな」ということだと、勉強も読書も嫌いという子は動画鑑賞かゲームくらいしかやることがなくなってしまいます。そして多くの子は、読書も勉強もあまり好きではありません。
 したがってゲームに多くの時間が費やされるのは仕方ないにしても、問題はコロナ事態が終結または一休みという段階になったとき、普通の生活に戻れるかどうかということです。

 番組で紹介されたWHOの「ゲーム障害」の定義も、
 ・ゲームの使用をコントロールできない。
 ・生活の関心事や日常生活より、ゲームを優先する
 ・問題が起きてもゲームを続ける
 ・ゲームによって、日常生活のさまざまな分野で明確な問題が生じる

となっていて、日常生活に問題が生じるかどうかが大きな目安になっています。 もっともここまでは従来のゲーム依存の問題の枠内です。

 今回驚いたのは、これまで不登校の子の逃げ場としてのコンピュータ・ゲーム、あるいはゲームへの耽溺から起こる不登校・ひきこもりという暗い印象の話だったのが、今や一部の病的ゲーマーが希望に目を輝かせ、堂々とゲームに邁進し、親もそれを認めざるをえない状況が進んでいるというのです。
 コンピュータ・ゲームの耽溺者が市民権を得るような新しい世界、それがeスポーツです。


【プロ・ゲーマーという夢】
 困ったことにeスポーツの現場は決して暗いものではありません。
 まるでコンサート会場のように彩られたステージで、ゲーマーたちは激しくバトルを繰り返し、観衆は熱狂的に応援します。それはまる本物のサッカー場や陸上競技場、あるいは格闘技の会場のように、荒々しく、激しく、興奮を呼び起こして、勝者は英雄のように勝どきを上げます。
 それもそのはずで昨今の大会の賞金はうなぎ上りに上がっており、昨年はアメリカの16歳の少年が1回の大会で賞金300万ドル(約3億2600万円)を手にしたと評判になったりしています。今年中には最高賞金は10億円を超えるとも言われています。

 日本でも昨年度、茨城国体で正式種目ではないものの「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」が開かれ、eスポーツが国内でも公式に認められたと大評判になりました。それ以前に2020東京オリンピックの追加種目で名前が挙がったことから、この競技を知った人も多いかと思います。

 おかげでeスポーツは地位も名声も一段と上がり、陽の当たる場所に出て来ました。そしてこれまで日陰者のように扱われてきた引きこもりのゲーマーの一部は、「自分はプロ・ゲーマーになる」という夢を語り始めたのです。


【親の反応】 
 もちろん人生に目標ができるのはいいことですし、親からすればこれまで“このままでは社会的落伍者になるしかない”と思っていたのが、“このままでも成功者になれるかもしれない、悪くても生活費ぐらいは稼げるようになるかもしれない”と希望が見えてきたのですから、むしろ応援者になってしまう。少なくとも黙認せざるをえない。

 考えてみると実際の世の中にはプロ野球選手をめざす子もいればJリーグへ向かおうとする子もいます。芸能人に憧れて歌や踊りの習い、オーディションを受けまくる子もいます。それと何が違うのか――。医者や外交官をめざす子だって、努力や才能が必要なことや可能性としてなかなか大変だということでは同じではないか――。
 そんな気もしてきます。

 もちろんプロ野球や芸能人をめざす子のほとんどは、学校にも行かずに打ち込んでいるわけではありませんから、夢がかなわなかった場合の逃げ道があるわけで、プロ・ゲーマー志望もそんなふうにきちんと学校に通いながらプロをめざすという生き方もありますが、もともと引きこもりで家から出ない子に「学校に行きながら――」と言っても通じないでしょう。どうせ家にいてゲームしかしないなら、プロをめざしてもらうのもいいかもしれない――親がそう思いたがるのもわからないではありません。


【eスポーツはやはりスポーツじゃないだろう】
 eスポーツのおかげで子ども自身の、そして家庭内の葛藤が回避されることが、状況をどこまでよくするかは分かりません。またほぼ確実に心配なのは、本来それほどゲームに熱中していなかった子が、賞金や名声に魅かれてこの世界に入ってきてしまい、それを親が止め切れなくなることです。
 ゲームには習慣性・依存性がありますから、入り口がある程度、常識的なものであっても、病的な段階に行くのはあっという間かもしれないのです。

 そもそも「eスポーツ」というネーミングが絶妙でした。スポーツと書かれると何もかもが健全に見えます。
 本来スポーツは肉体を鍛え、健康を形作るものです。私はオリンピック選手のように速く泳いだり走ったりすることはできませんが、それよりものすごく低いレベルでもスポーツをすることは私の健康に寄与します。ほどよく運動することは年齢にかかわらず推奨されることです。

 しかしeスポーツはどうでしょう?
 コンピュータ・ゲームは肉体を鍛えるようなものではありません。私のような老人でも自分にふさわしいレベルで気楽にやれば健康増進、ということもないでしょう。ストレス発散や脳の刺激になるということでしたら、読書も数学パズルもスポーツになってしまいます。

 そんな、常識的にはスポーツと呼べないようなものが国体に入ってこられたことには、全国都道府県魅力度ランキングで6年連続最下位という茨城が、国体に華を添えようとしたという大人の事情があったようです。
 しかしそれはあまりにも浅はかだったと言うしかありません。やるにしてももっと慎重な議論が必要だったと思うのです。


【eスポーツを擁護する立場から】

 20日のクローズアップ現代+ではコンピュータ・ゲームを擁護する立場から、伝説のゲーマー高橋名人が出てきて、
「オンラインで日本中の子どもたちが話せるということは、いじめの問題や相談を話せるということ、ゲームによって救われている子どももいる」
「WHOもPlay Apart Together、うちにいてゲームをしよう、そうすれば感染も防げると言っている」
「ゲームはツールとして使ってほしい。小学生の小さなお子さんがお爺ちゃんと一緒に会話をしてプレーすることでコミュニケーションが広がる」

等々話しておられましたがいずれも説得力に乏しいものでした。おっしゃることは正しいかもしれませんが、失われるものが多すぎます。

 ただ、日本には家に引きこもってゲームに依存し続ける子どもがすでに何万人もいて、その子たちは依存症の治療プログラムにうまく乗せられない限り健全な社会人として世の中に出てくる可能性は極めて低い、他方でeスポーツが陽の当たる場所に出てきて、ゲーマーが英雄視されようとしている、その二つをうまく組み合わせて何か新しいことはできないか――そんなふうにも思ったりするのです。

 「本物のプロになって海外で活躍するつもりなら、英語だけは本気でやっておけ」で渋々英会話教室に通い始める子はいないか、「最後は体力勝負だから毎日のランニングと筋トレ、栄養学の勉強だけは欠かさずやっておけ」といった理屈で朝日の当たる場所で走り始め、食事を気にするようになる子はいないかといったことです。

 欧米諸国では痩せすぎのファッション・モデルを規制する法律があって、フランスではモデルとして働くためには健康的な体型と体重であることを証明する医師の診断書が必要だそうです。それと同じような「健康証明」をeスポーツに導入し、プロをめざす子は親と一緒に健康対策をしなくてはならないとか、さらにあるいはゴルフのプロに、トーナメント・プロとレッスン・プロがいるように、プロ・ゲーマーの働く場所を広げトップ・プロにはなれなくても生きていく道を確保するとか――。

 今ある状況を前向きに考えて、対処していくしか方法はないのです。

にほんブログ村
人気ブログランキング
5

2020/5/21

「階段を上る者、階段を下りる者」〜子どもの成長と年寄りの老い    親子・家族


 新型コロナ事態のために会えずにいるうちに、
 孫のイーツはどんどん成長していってしまう。
 同じ時間を、年寄りの私は静かに老いの階段を下って行く。
 しかしそれだって、案外悪くない。

というお話。
クリックすると元のサイズで表示します
(「つかまり立ち」フォトACより)

【コロナで会えない間に】

 新型コロナ事態で私も東京に行けないし娘も里帰りできない状況が続くうちに、まもなく1歳の誕生日を迎える孫のイーツが、ハイハイから立ち上がって、今にも歩きそうな勢いだそうです。赤ん坊がハイハイしている期間は驚くほど短く、屋外で他人の赤ん坊を見かけても、たいていは抱っこかベビーカーかよちよち歩きで、ハイハイの赤ちゃんなどめったに見られるものではありません。兄のハーヴのときはそれでもたびたび行き来して見る機会は多かったのですが、イーツの場合は2月に会ったときはまだズリバイ(匍匐前進のようなハイハイ)すらしておらず、そして2カ月半会わないうちに歩き始めてしまうかもしれないのです。
 ときどき母親であり私の娘でもあるシーナが動画を送ってくれるのですが、それで我慢するしかない――。
 ほんとうに残念です。


【懲りない、繰り返す】
 立てるようになったイーツを、ジジの私は残念がっていますが、本人はどうかというとこれがニッコニコ。立ち上がるのがうれしくてしょうがない様子で、自由になった両手でニギニギしたり拍手したりしています。そしてピョンピョン飛び跳ねるような動作を始めてバランスを崩し、ペタリと尻もちをつくと目を真ん丸にして驚いていたりします。
 けれどすぐに気を取り直して再び立ち上がり、同じことを繰り返すのですが、尻もちをついたことで懲りたりめげたりする様子はなく、立つのをやめてしまうこともありません。

 “懲りない”というのはけっこうな赤ん坊の特徴で、息子のアキュラも寝返りの時期、くるっと反転してうつぶせになり、その姿勢が嫌なので必ず泣くということを繰り返しやっていました。階段を上るのも大好きで、けれど降りることはできないので一番上の段で泣いて大人の手を借りる――それもアキュラのお得意でした。
 「嫌ならやめればいいのに」と言いながら助けに行くのですが、もちろん親として、ジジとして、子や孫が懲りて立つのをやめたり階段上りを二度としなくなっても困ります。
 この「懲りない」「反復行動を繰り返す」という二つの特徴を失ったら子どもの成長は望めないわけで、「ああ人間ってうまくできているものだな」とホトホト感心させられるのも、そういう姿を見せられた時です。


【人は二度とハイハイに戻らない】
 イーツは間もなく歩き始めるのですが、一度歩くことを覚えた赤ん坊は二度とハイハイに戻ろうとしません。ハイハイの方が圧倒的に速く安全だとしても、痛い思いをして転びながらヨロヨロと目標に向かって歩く方がいいらしいのです。歩き始めの赤ん坊はこれもたいていはニッコニコ顔です。
 よくできたものです。
 
 赤ん坊に限らず、子どもの成長の階段はのぼりだけで、しかも奥行きのやたら長い踏板を歩いた先には、とんでもなく高い次の段があったりします。しかし上がるときは簡単に上がってしまう。
 自転車は一度走れるようになれば二度と「自転車に乗れない自分」には戻りません。水泳もスキーもスケートも、一度できるようになることが大切で、よほど間に時間をおかない限り最初からやり直しということはありません。

 自分自身が子どものときは理解できませんでしたが、「昨日より今日の自分のほうがいい(優れている、できることが増えた、体も強くなった・・・)から、明日はもっといいだろう」と信じることができるのは、この時代だけです。たいていの子は当たり前すぎて意識さえしないのですが、歳を取るとよく分かるようになります。
 成長の階段をのぼり続けることのできる時期も、そんなに長くないからです。


【階段を下りる】
 年寄りの世界は赤ん坊の逆です。私たちの歩く階段は基本的に下りばかり。踏板の奥行きが長いとしたらそれはそうとう頑張っている証拠で、意識しないと小さな段差をいくつも下っていたりします。できないことが少しずつ増えていく――。

 では歳を取るというのは悲しく切ないことかというと、それが案外そうでもないのです。
 肉体的社会的に行動が制限され始めると、素の自分なら選ばなかった道を歩まざるを得なくなって、しかもそれが新鮮で、案外よかったりもするのです。

 例えば畑仕事。
 職を持っているころは忙しくて深く勉強することができなかった農業も、ちょっと深入りしてみるとなかなか面白かったりします。
 あるいは音楽。
 アマゾンのプライム・ミュージックはお金を払って特別会員になればほとんど無限に近い曲を再生できますが、一般会員だと限りがあります。その有限な世界を散歩する気分で歩いていたら、今、ドップリ浸かっているのがジャズです。ずっと過去を振り返っても、自分がジャズを聴いた時代はなかったように思います。これもきっと今だからいいのでしょう。

 そして何より、美味しく食べられるものが増えたこと、それが一番の収穫です。若い時期はそもそも食事を楽しむということがありませんでしたし、好きなものばかりを食べていましたから食の幅が広がらなかったのです。
 それが外食を控えるようになり、家庭料理ばかりを食べるようになると、自然とひとつひとつに目が行き届き、味わって食べるようになるのです。そうなると昔はおいしいと思わなかったものまで、いちいちおいしくなってきたりします。

 うどんがうまい、モチがうまい、パンがうまい、魚がうまい――これらは昔、あまりおいしいとおもって食べることのなかったものです。
 暇ですから、その気になるといろいろなことが分かってきます。それも老いの楽しみです。

にほんブログ村
人気ブログランキング
2

2020/5/20

「真に教養のある人は、人に分かる言葉で語る」〜おい、小池! 英語を使うのやめろよ!  言葉


 やたら発言に外国語をさしはさんでくる小池東京都知事に、
 いまさらのようにイラつく。
 ときどき若者の中にも似たような話し方をする人がいるが、
 ダメです。あんなものの真似をしては。
というお話。
クリックすると元のサイズで表示します
(「子ども ステイホーム」フォトACより)

【都知事、部分英語で語る】
 小池百合子東京都知事がしばしば会見の中で使う英語表現については、ネット上にたびたび非難の声が上がっています。したがって今さら言っても仕方がないのですが、今回のコロナ事態に際して改めてニュース番組等に露出する機会が増え、必然的に付き合わされるようになると、やはり、あれは、ウザイ。

「いわゆるオーバーシュート、感染爆発の可能性がありますので、このままだとロックダウン、都市封鎖も考えなくてはならない事態となってきています。そこで皆さま、ステイホーム、おうちにいましょうということで、ソーシャル・ディスタンス、社会的距離をきちんと守り、すべてのステークホルダー、利害関係者がビジネス・アズ・ユージュアル、いつも通りの仕事につける日まで、頑張ってほしいと思います」
と、ここまで続けて言うことはありませんが、私のような英語音痴からするとなぜ日本語で言いなおすなら英語を使う必要があるのか、理解できないのです。


【外国語使用のルールと明治人】
 通常、私たちが外国語をそのまま使うのは、代わりになる日本語がない場合です。例えば初めて英米人と接した幕末期、日本には立派に「ねこ」がいましたから「キャット」という単語は定着しませんでした。しかし「ライオン」はいませんでしたからそのまま使うしかなかったのです。「獅子」は知っていましたが、あれは伝説の生き物で「ライオン」とは少し違います。

 現代で言えば「コンピュータ」や「インターネット」がそれにあたります。
 「コンピュータ」については、かつて「電子計算機」という訳語があったのですが、もはや計算機ではなくなって廃りました。
*私は中国語の「電脳」がいいと思ったのですが残念ながら日本では定着しませんでした。コンピュータはもちろん「compute(計算・測定)するもの」の意ですから、英語圏の人々にとっては相変わらず「計算機」のはずですが、彼らはどういう感覚で「コンピュータ」を使っているのでしょう? 一度聞いてみたいものです。

 “訳語はないわけではないが少しずれるので仕方なく”といった場合も、外国語がそのまま使われます。例えば「イメージ」には「心象」「印象」といった立派な訳語がありますが、イメージをふくらませる」とは言えても「心象(印象)をふくらませる」とはなかなか言いにくい感じです。そこで「イメージ」をそのまま使うようになります。
 そう考えて改めて小池知事の英語を振り返ると、そのどちらでもないことは明らかです。
 少なくとも「オーバーシュート」よりは「感染爆発」、「ロック・ダウン」よりは「都市封鎖」の方が分かりやすい。「ステークホルダー」や「ビジネス・アズ・ユージュアル」は私にとってなじみのない言葉や言い回しですが、小池知事本人が言い直しているのですから「利害関係者」「いつも通りの仕事」で構わないはずです。

 思えば明治の人々は偉かった。外国語は原則的に日本語に直すもの、日本語になければ作るものだと考えていたからです。
 哲学、真理、芸術、理性、科学、知識、定義、概念、命題、心理、物理、消費、取引、帰納法、演繹法、権利――これらは西周がひとりで作った言葉です。福沢諭吉の作った言葉としては社会、自由、経済、演説、討論、競争、共和、抑圧、健康、楽園、鉄道など。また森有礼も教育、開発、経営、人民、個人、商社、簿記などを残しています。
 彼らは安易に「フィロソフィー」「トゥルース」などとは言わなかったのです。もちろんそれだって英語を中国語に寄せただけではないかという言い方もできますが、漢語は日本に取り入れられて1500年以上の歴史があり、すでに消化しきった言葉です。「哲学」「真理」・・・こうした言葉を生み出している時の明治人の気概と真剣さ、労苦を思うと、気楽に「オーバーシュート」などとしゃべっている人に憎しみさえ覚えます。


【外国語の乱用はマウンティングか】

 外国語を多用する小池都知事の物言いに、傲慢さを感じると言う人も少なくありません。一種のマウンティング(日本語にはない概念なのでそのまま使います)だというのです。私もそう感じます。
 これは英語のできない私のような人間のひがみとも言い切れないでしょう。典型的なのが「アウフヘーベン(止揚)」と「メルクマール(指標・目印)」です。ともにドイツ語ですが、私たちより上の世代にとってはむしろ馴染のある言葉、典型的な全共闘用語です。

 小池都知事は全共闘世代はなく、いわば学生運動に「遅れてきた青年」世代、私と一緒です。「アウフヘーベン」や「メルクマール」は私たちにとってはとてもまぶしい言葉、非常に知的で情熱的で難解な単語でした。これを自由に使いこなせる大学生は、いつの日か自分がそうなるはずの目標でした。
 ところが私たちが大学に入るころには全共闘運動は急速に冷え込んで、呆れるほどあっさりと消えてしまったのです。「アウフヘーベン」も「メルクマール」も日常的な単語としては使う言葉ではなくなっていました。さらに言えば、こうした言葉を使う者こそ「真の知識人」「革新的な人々」として私たちの上にぶら下がったままになってしまったのです。

 私も意味は知っていますし使い方も知っています。しかし敢えて持ち出したりしません。すでに死語となったこれらの難解な単語を使えば、相手が戸惑い困惑するのが分かっているからです。それは人を人として尊重する人間のしてはならないことです。


【真に教養のある人は、人にわかる言葉で語る】
 言葉というのは総合的・有機的なものです。一部をいじって全体に影響を与えないということはありません。分かりにくい言葉、不要な外国語を入れれば全体が分かりにくくなったり、曖昧になったりします。少なくとも、その場で相手は一歩引いてしまうでしょう。
「アウフベーへンってなんですか?」とか「メルクマールってなんですか」なんて、教養がないみたいて聞きにくいじゃないですか。
「オーバーシュート、感染爆発の可能性があります」などと日本語をつけてもらっているだけでも、すでに「あなたには 分からないと思うから日本語もつけてあげるね」という感じで嫌な雰囲気です。
 私も若いころは好んで難しい漢字や表現を使いたがりましたが、歳をとってからはできるだけ簡単な表現を使い、「出来る」とか「更に」といった本来の意味を失った 漢字は使わないよう心がけています。

 昔は漢語や和製漢語を多用することが「賢い」という感じでしたが、今の若者の中には英語をたくさん入れることで教養人に見せかけようとする人たちがいます。しかしそれはいけません。真に教養のある人は、人にわかる言葉で語りかけようとするものです。ましてや政治家は、子どもにも分かるような平易な言葉と表現を選んで、国民や市民に語りかけるべきです。

クリックすると元のサイズで表示します(なおサブ・タイトルの「おい、小池!」は直接、都知事を呼び捨てにしようとしたものではありません。昔の指名手配写真に、そんなのがあったことを思い出しただけです)



にほんブログ村
人気ブログランキング
4

2020/5/19

「アベノマスクがこの国を変えた」〜もう来なくてもいいけど    政治・社会


 東京では「使い捨てマスク」が市場に溢れ、値崩れを起こしているという。
 安倍首相は「アベノマスク」の効果だと自賛し、
 メディアやネットは非難囂々。
 しかしやはり、布製マスクを世に広めた功績は大きいのじゃないかな?

というお話。
クリックすると元のサイズで表示します
(「手作りのマスク_家族分_子供用も」フォトACより)

【使い捨てマスクがだぶつき始めた】

 東京では新大久保あたりで「使い捨てマスク」が大量に売り出され、値崩れを起こしているそうです。
 私は田舎住まいで田舎の場合、医薬品はドラッグストアと相場が決まっているのですが、そのドラッグストアが現在あつかっていないため、マスクのだぶつき感はまったくありません。ただしかつて開店前にあった買い物客の列はなく、マスクを求めて血眼といった雰囲気もなくなっています。

 そろそろ「使い捨てマスク」も各家庭に行き渡ったのか――。
 そうではないでしょう。街を歩く人たちを見ると必ずしもみんながみんな「使い捨てマスク」をしているわけでありません。代わって目立つのが布製マスクです。


【アベノマスク】
 政府が国民に配ることを約束したガーゼマスク2枚は今も手元に届きませんが、私はあのチンケなマスクを配布しようとした安倍内閣の決定は、ここ数年で最も優れた政策のひとつだと思っています。
安倍首相が4月28日の予算委員会で語ってネットやメディアでぼろくそに叩かれた、
「マスク市場に対してもそれなりのインパクトがあったのは事実。業者の中でも、ある種の値崩れを起こす効果にもなっていると評価する人もいる」
を信じているのです。

 東京新聞は昨日の記事で、
『国内のマスクの八割は輸入品だ。財務省の貿易統計によると、不織布マスクを含む製品の今年一月の輸入量は前年同月より二千トン多い一万五千トン。二月に四千七百トンに激減し、三月に八千七百トンまで回復した。
「マスクが出てきたのは、すごい勢いで生産したから。それが普通の経済理論」と経済ジャーナリストの荻原博子氏。「アベノマスクは四百六十六億円も使って不良品をばらまいた。そのお金を、重篤患者を救う人工呼吸器や、困窮学生の支援に使えば、どれだけ多くの人が助かるか」とばっさり』

(2020.05.18 マスク値下がり 「アベノマスク」のおかげなの? 販売現場を歩いてみると…
と記して、「使い捨てマスク」の値崩れは供給が増えたためだと結論付けていますが、それが事実なら、遅くとも3月の末には全国のマスク不足はかなり緩和していなくてはならなかったはずです。ところが実際には、当時であっても人々はマスクを求めて右往左往していた――。かく言う私も娘や息子の分を探して、1日おきくらいにはドラッグストアを回っていたのです。しかし遂に見つけることができませんでした。そして今もありません。


【私たちジジイの犯罪】
 輸入量は回復し国内でも必死に増産していたというのに、なぜ市場に出回らなかったのか――。
 これについてはすでに報道があって明らかです。市場に出されたマスクはあっという間に買い占められてしまったのです。私たち老人が元凶だとされています。

 私自身は家族がほとんど花粉症なので12月以前に在庫が作ってあり、切羽詰まった形では必要なかったのですが、マスク不足が3カ月、4カ月つと続くようなら底をつきますから、その日のために買えるものなら買っておこう、その程度の気持ちでお店巡りをしていたのです。しかしそんな人間が1万人にひとりだったとしても、いつも言っているように、日本には1万2700人もの“そんな人間”がいるのですから、店に出たとたんになくなってしまうのは当たり前です。
 また、上の東京新聞の記事にあるように、
「売り始めた二月ごろは高く仕入れて高く売った。今はあまり売れないから、安く仕入れて安く売っている」
ということですから、かなりの売り惜しみもあったのでしょう。いずれにしろ3月末の段階では、「使い捨てマスク」に対する飢餓感はとても大きかったのです。


【「使い捨てマスク絶対」が消えた】
 潮目が変わったのが4月1日でした。エイプリル・フールではありません。
 この日、安倍首相は国のすべての世帯を対象に2枚ずつの布製マスクを配布する方針を明らかにしたからです。

 マスコミやネットでは「欲しいのはガーゼマスクではなく、紙製マスクだ」という怒号に似た反応ばかりでしたが、やがて地方の老人の中にはマスクが手に入らないため、「アベノマスク」と揶揄され始めた政府の配給品でもありがたがる人がいることが知れて、この問題は一応の落ち着きを見せました。マスクに不良品があって検品に、何億円も必要と報道されるまでは――。

 しかし私が「アベノマスク」を評価するのは、地方の老人がありがたがったからではありません。「アベノマスク」を機に、いつ手に入るのかわからない「使い捨てマスク」を諦めて、私たちが布製マスクに移行し始めたからです。「布製マスクでもいいじゃないか」ということです。それがすごかった。

 私は意識して世の中を見ていましたからはっきりと分かるのですが、4月1日以来――正確に言えばそれから1週間後くらいから、布製マスクは明らかに市中に増え始めたのです。
 私の家でも現職の教員であって家庭科の免許も持っている妻が面白がって大量生産に励み、私は私でネットで紹介される「靴下マスク」やら「Tシャツマスク」やらを、これも面白がって作り始めました。それが4月中旬以降のことです。あとはテレビで見られるとおりです。

 東京の小池都知事や沖縄の玉城知事、政府の菅官房長官の見栄えのいい布製マスクは、人々の創作意欲を掻き立てるに十分なものでした。Amazonでミシンやゴム紐の購入が難しくなり、下着メーカーの作った豪華レース付きマスクやデニムのマスク、手ぬぐいマスク、ハンカチマスク、中には「西陣織金襴マスク」などといったものまであり、こうなるともうちょっとしたブームです。

 もともとマスコミもWHOも厚労省も、マスクは感染予防にはならないと言っていたのです。だったら不織布も普通の布も同じ、同じならより見栄えの良い方がいいに決まっています。
 さらに「マスクは“新型コロナ肺炎に“かからない”ことには効果はないが、“他人にうつさないこと”には効果があるかもしれない」ということで、欧米で強制され、WHOも推奨し始めるともともとマスクの大好きな日本人の中で布製マスクは爆発的に広がっていった――。
 そんなふうに私は思っているのです。
 みんなが布製マスクでいいや、布製マスクの方がいいや、ということになれば、もう高額の不織布マスクの出番はありません。ジジイもマスクを買いに走らず、値崩れは当然おきます。


【終わりよければすべてよし】
 ウイルスに対するマスクの効果について、マスコミは2009年の新型インフルエンザ以来一貫して無意味だという方向で情報を流してきました。感染した人がマスクをすることは重要だが、予防のためには無意味だというのです。
 背景としては一般人が買い漁るのを止め、少しでも医療関係者に回るようにしたいという願いがあったのも事実ですが、「かかった人だけがマスクをつける」というのは「私はウイルス感染しているのに外出しているバカ者です」と表示するのと同じですから、そんな世の中は来るはずはないのです。

「感染した人に確実にマスクをつけさせる唯一の方法は、誰もがみんなマスクをつる社会をつくること、つまり現在の日本のやり方を守ることだ」
 そう言い続けてきた私としては、WHOも認めた現状は非常に満足できるものです。

 春節の時期に中国人の来日を制限しなかったこと、クルーズ船から乗客を降ろさなかったこと、PCR検査を大量に行わなかったこと、唐突に全国の学校を休校にしたこと、緊急事態宣言を早く出さなかったこと、宣言を出しても非常に緩かったこと、アベノマスクを配ったこと、自粛を呼びかけながら補償が遅れたこと、どれをとっても日本政府は国の内外から非難ゴウゴウです。安倍政権は世界最悪、史上最低の内閣かもしれません。しかし結果が良ければそれでいいじゃないですか。

 もっともついこの間まで「防疫のお手本」と言われたフランスもドイツもシンガポールも、みんな苦労しています。韓国ですら雲行きが怪しい。
 したがって日本のやり方が正しかったかどうかも、新型コロナ事態が完全に終息してからでないと分からないことです。


にほんブログ村
人気ブログランキング
3

2020/5/18

「最も危険な国に生き続けることの安全」〜わずか半世紀前の日本は、今のコロナ事態以上に危険な国だった  政治・社会


 私が子どもだったわずか半世紀前の日本を思い出したら、
 結核にポリオに寄生虫――日本はかなり危険な国だった。
 そんな国に生き続けることが、
 結局、安全に生きることにつながっているのかもしれない。

というお話。
クリックすると元のサイズで表示します
(「茅葺屋根のある光景」フォトACより)

【結核:かつては日本の国民病】
 もう見ないと言っていたYahooニュースを見ていたら、昭和30年(1955年)、日本で結核のために亡くなった人が4万6000人余り、人口10万人あたり52.3人もいたという記事がありました。(2020.05.15 Yahooニュース「BCGワクチン接種の有無でコロナ死亡率に差があるというけれど・・・」

 これがどのくらいすごい数字かというと、今回の新型コロナ禍で最悪の被害を受けたと言われる国のひとつ、イタリアの死者が3万1763人、10万人当たりの死亡者は52.1人(2020.05.15時点)でそれを上回っているのです。
クリックすると元のサイズで表示します

 結核は、当時子どもだった私でもよく耳にした病気です。父の弟がこれで亡くなったことは聞かされていましたし、ローマ字も習わないうちからBCGという予防接種も知っていました。しかしここまで蔓延した伝染病だとは思っていなかったのです。
 昭和30年は東京タワーができるわずか3年前ですから、まさに映画「Always三丁目の夕日」に描かれた時代ですが、なのに大騒ぎしたという記憶がありません。

 確かに新型コロナのように爆発的な感染拡大というものがあったわけではないし、「このまま何もしなければ死者が42万人」などと脅されたわけでもありません。「結核は日本の国民病」という言い方があったように、諸外国で猛威を振るっていたといった事情もなかったのでしょう。外出自粛も店舗の閉鎖もありませんでした。
 みんな落ち着いていました。ストレプトマイシンという特効薬が普及しつつあったことも、恐怖感を和らげる作用があったのかもしれません。

 しかし“結核”は現実に存在し、調べてみると「国民病」の名にふさわしく、この病気で亡くなった著名人は、私でさえ知っている超有名人だけでも、次のようになります(アイウエオ順)。
 青木繁、有栖川宮威仁親王、石川啄木、井上毅、沖田総司、織田作之助、梶井基次郎、陸羯南、国木田独歩、小村壽太郎、島木健作、高杉晋作、高村光太郎、高村智恵子、高山樗牛、瀧廉太郎、武田信玄、竹久夢二、秩父宮雍仁親王、桃中軒雲右衛門、長塚節、中原中也、新美南吉、林文雄、樋口一葉、二葉亭四迷、北条民雄、堀辰雄、正岡子規、松岡洋右、陸奥宗光。

 外国人は私の無知もあって、フレデリック・ショパン、エミリー・ブロンテ、ドク・ホリデイ、ジョージ・オーウェル、フランツ・カフカくらいしか上げられませんが、小説や映画・アニメの登場人物だと、小説「風立ちぬ」の節子、「不如帰(ホトトギス)」の浪子、「田舎教師」の林清三、「永訣の朝」の宮澤とし、「リツ子・その死」のリツ子、「魔の山」のハンス・カストルプ、「レ・ミゼラブル」のコゼットの母親のフォンティーヌ、映画「酔いどれ天使」の松永、アニメ「となりのトトロ」のお母さん。

 中でも宮沢賢治の「永訣の朝」に出てくる妹の宮澤としについては特別な思いがありますし(2019/9/27「『永訣の朝』と宮沢賢治三昧」〜記念館と童話村)、正岡子規が22歳で結核にかかり、吐血したため俳号を「子規(ホトトギスの意)」としたという話には泣かされます。ホトトギスは口の中が赤く、鋭い鳴き声から「鳴いて血を吐く」とも言われているのだそうです。子規の出した俳句雑誌も「ホトトギス」といいます。

 もっとも「サナトリウム(狭義では結核療養所)」という言葉も大人になって小説の中で知ったくらいですから、客観的には比較的身近にあったものの、結核は子どもだった私を怯えさせるほどには近かったわけでもないようです。怖かったのはむしろポリオでした。


【ポリオはほんとうに怖かった】
 ポリオ(急性灰白髄炎)は「小児麻痺」とも呼ばれ、日本では1960年に北海道を中心に大流行しました。5歳以下の子どもがかかりやすいウイルス性の病気で、高熱と胃腸炎のような症状のあと、多くは回復しますが一部で下半身に永続的なマヒを残します。
 1960年の大流行の際は私も小学校に上がっていて物心もついていましたから、毎日、新聞やラジオを通して流れてくる情報に怯えたという面もあるのですが、それよりも実際に麻痺のあるお子さんを見知っていたということの方が大きかったのかもしれません。

 今から考えるとポリオではなく脳性麻痺だったのかもしれませんが、私の通っていた小学校の高学年の先生のお嬢さんが小児麻痺だと言われていて、もう中学生くらいだったと思うのですが、父親である“先生”はその子を銭湯の男湯に連れてきたのです。まだ一般家庭に風呂などない時代でした。おそらく教員住宅住まいの“先生”には他に打つ手がなかったのでしょう。
 しかしほとんど大人の女性なのに、父親に抱き抱えられたままで男湯に入らなければならないということに、私は心底、怯えました。毎晩、怖くて眠れないほどでした。

 1961年、政府は緊急措置として当時のソ連から大量の生ワクチンを輸入し、学校を通して児童に摂取させました。甘く味付けされた生ワクチンを、スプーンで口の中に流し込むのです。その甘さと、「ああこれで小児麻痺にならずに済む」という思いのために、この時の体験は今も記憶の中に残っています。

 1960年の大流行もおかげで収まり、いまではポリオの名前も小児麻痺という言葉も忘れ去られようとしています。
 予防接種は生ワクチンに代わって不活性のワクチンが使われるようになり、今もジフテリア・ワクチンなどととともに4種混合として接種されています。ポリオは現在、事実上、日本国内では根絶されたとされています。


【もうひとつ怯えたこと】
 もうひとつ、子どもだったころの私を怯えさせたのは、カイチュウやギョウチュウといった腹の中に巣くう寄生虫です。中でも担任の先生が掛け軸の絵で説明してくれたサナダムシは「長いものだと10mにもなる」とのことで、そんなものが自分の中を這い回っていると想像しただけで気絶しそうでした。
 そんなものがどうやって体の中に入ってくるのかというと、もちろん寝ている間に口や肛門からというわけではなく、卵のかたちで食事とともに摂取されるのです。

 当時、日本中の畑は人間の糞尿を肥料としていました。畑の隅に「野ツボ」と呼ばれる糞尿の集積池を作って、そこで十分に熟成させた人糞尿は春になると畑全体にまかれたのです。ですからそのころの田舎というのは全体に悪臭に満ち満ちていて、私たちは「畑の香水」などと呼んでいましたが、とにかく臭いところでした。
 その糞尿の中に、人間の体内で寄生虫が産んだ大量の卵が入っていたわけで、寄生虫にしてみれば自分が産んだ卵が畑で野菜に付着して再びどこかに運ばれ、人間の口に入るという素晴らしい循環があったのです。

 そうなると人間の側からすれば体内に入れないための水際作戦はとうぜん「卵を洗い落とす」ということになります。私は忘れないのですが家庭科(私は男女共修の第一期生です)の調理の1時間目は、「キャベツを1枚1枚はがして、薄い中性洗剤の入った洗い桶で10秒間漬け、それから流水で洗い流す」というものでした。洗剤で野菜をあらうなど、今では全く想像もできません。

 しかしそれでも卵をお腹に入れてしまう子もいて、検便の際に卵が発見された子は虫下しの薬を飲むことになります。飲むとしばらく景色が黄色に見えると言われた伝説の薬で、私は飲んだことがあるように記憶していたのですが、黄色い風景にはまるで覚えがなく、もしかしたら飲んでいないのかもしれません。

 これについても「日本人は寄生虫のために絶滅させられるかもしれない」とまで言われたのに、人糞に代わる牛糞や鶏糞の利用、化学肥料の発達によっていつの間にか話題にもならなくなりました。「田舎の香水」の匂わなくなった畑は、昔よりずっと行きやすいところになりました。


【最も危険な国に生き続ける安全】
 結核、ポリオ、寄生虫――どれを取って考えても、わずか半世紀ほど前の日本はかなり危険な国だったみたいです。

 日本人の並外れた衛生感覚とか言っていますが、高温多湿の国土でしかも稲作のためにわざわざ低湿地近くに住まなくてはならなかった日本人は、常に伝染病や寄生虫の危険に晒されていたのです。いつも衛生に心を配っていなければ、すぐに死に絶えてしまう。
 18世紀の江戸の町では夏場、男たちはほとんどフンドシひとつで働いていたりしました。アスファルト舗装などありませんから、1日働けば汗まみれ土まみれです。別に清潔好きでなくても毎日、風呂に入らないわけにはいきません。

 衛生に努めるのは私たちの祖先にとっては必然でした。そしてそれが今のコロナ禍で役に立っているのです。そう考えると危険な国に住み続けること自体が安全という逆理にたどり着きます。そういうものなのでしょう。

にほんブログ村
人気ブログランキング
4



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ