1983年アメリカカリフォルニア州サンディエゴ郡。
実習先のボス(受け入れ農場主)は、日本からやって来た実習生にいつも教育的配慮をしていてくれていた。だから休みは週のうち土曜の午後だけ。だった。
まあ、最初のうち仕事に慣れるまではヘトヘトで昼寝をし体を休めるのが精一杯だったけれど、そのうちその半日の休みの時間であちこち出かけるようになった。
バスを2本乗り継いで行ったところにソラナビーチという何でもないビーチ・海岸があった。
本当に何でもないビーチで、ただ裸足になり散歩して岩に腰掛け「あーここが世界の西の果て。」なんて思っていた。
そこのちょっと入った雑居店舗のセブンイレブンの隣の「シップ・ア・ホイ」という店に入ったのは、ちょっとお腹がへっていてフィッシュアンドチップスのメニューに惹かれただけのこと。
中に入ると店のオヤジがいた。太い眉毛、禿かかった黒く縮れた毛、ぎょろっとした眼、地中海あたりの漁師の雰囲気だ。
カウンター越しにフィッシュ&チップスとビールをオーダーすると店のオヤジはちょっと大きな声で、ちょっととがめるように
「ハウ・オールド・アー・ユー?!(君は・いったい・いくつ・だい?!)」
とはっきり、区切って聞いてきた。
(へへん!そんなこともあろうかとこっちはちゃんとパスポートを持ってきてるんだよ。)
「にじゅう・に・さい! パスポートを見せるよ!」
じろりとそれを確認すると、今度は満面の笑みで
「そうかい、わかった、さあ座れ!ビールは何だ、バドワイザーかい?クールズか?何?日本からの留学生か、そうかそうか。」
と歓迎してくれた。
そこらへんが厳しい、いいかげんじゃないんだな、この国は。新しい国だからルールが基本になるんだよな、と思った。
それからちょくちょく週末はその店でビールを飲んだ。ある日。
いつものようにカウンターで飲んでいると、白人の老夫婦が入ってきた。
「やあオヤジ、久しぶりだな。」
背の高いおじいちゃんはサングラスに白い杖をついている。盲人だ。連れのおばあちゃんがそれを介護している。
「さあこっちだ。カウンターに座ってくれ。」とオヤジが席を勧める。席につくとその老人
「ありがとう。」と一言。
「あら?あなた、何が?」
「いや、今彼が音楽のボリュームを小さくしてくれただろ。」
オヤジは振り向きざま、付き添っている奥さんも気づかないほどのさりげなさで店で流れている音響を小さくしたのだった。
オヤジは返事ともいえないほど短い返事をして、話を続ける。こいつは日本からの留学生で・・ほぉ、野菜の勉強・・ああ、あそこの農場・・・
長くにわとりを飼っています。自然に近いスタイルで、群で飼っていると気づく・教えられることがあります。
家畜のように高度に選別、品種改良された(はずの)生き物でも「ゆらぎ」があります。成長の度合い、背格好、運動能力、ゆらぎがあっていろいろな個体があります。
大きい、小さい。くちばしが曲がっている。足が悪い。小さい頃の病気やケガの後遺症がある。などなどなどなど。
それでも、ときどきはケンカしながら、順位付けしながら、にわとりは群で折り合いをつけて暮らしています。
人間の福祉について、ハンデキャッパーを取り巻く環境について、語る教養はありません。
が、いろいろな個体が折り合いをつけて暮らすことが、群をなして暮らす動物の特徴なのだということを、「鶏飼い」は知っています。
せめて、その店のオヤジの気遣いぐらいは、出来るような鶏飼いのオヤジになりたいと思います。
もう昔の事すぎて、オヤジの名前も忘れちまったなぁ。
店の名前はシップ・ア・ホイ。ビーチのそばのただの店。
店の名前はシップ・ア・ホイ。オヤジの名前は忘れたけれど。