大学病院に入院していると「教授回診」というやつに出くわす。
医学生や研修医、若い担当医の技術向上を目的に入院患者を教授先生が診てまわる。
何人も引き連れて病室を回っていくその様を、長く入院しすさんでしまった口の悪い患者たちは、「大名行列」などと陰口をたたく。
その日 A子さんは朝から具合が悪かった。
何がどうというということでもなく、ときどきそうなった。申し出ても、何をして良くなるわけでもなく、いつもの薬を飲み、じっとしているしかほかなかった。
入院も長くなっていて、いつものことなので「あ〜めんどくさい。」と担当の先生にも言ってはいなかった。
その日はたまたま教授回診の日。
例の大名行列が始まったのが長い病室の廊下から伝わってくる。あ〜めんどくさい。
担当医を先頭にぞろぞろと病室に入ってきた。ひとりひとり診察が始まる。
カルテを見ながらやりとりがあった後、教授が顔色に気づく。「顔色が・・」と言いかけると、担当医が「こちらの患者さんは色白でいつもこんな感じで・・」と口をはさむ。
今日は朝から具合が悪いんだよ、と思ったがめんどくさかったので何も言わなかった。
「そうですか。」と教授はちょっと怪訝そうではあったけど、次の部屋に移っていった。
「さすが教授先生。大名行列も伊達ではないな。」と内心は思ったけど、口にするのも、あ〜めんどくさい。
「いや〜、さすがに寒くって(たまごの)産みは悪いですねー。」
「そうですか。」
「でも、にわとりの顔色はいいから、もうちょっとしたらまた産んでくれますよ。」
「へ〜にわとりの顔色ねぇ。」
農場にたまごを買いにきてくださったご近所の G 様とこんなやりとりをする。
にわとりの健康状態をチェックするポイントはいくつかあります。
毛艶、姿勢、声、目、鼻、皮膚、などなど。
顔色もそのひとつ。
にわとりにも顔色があります。まっ赤ないい色をしているかどうか。
顔色さえよければ心配することはありません。
エサやりをしながら、水やりをしながら、たまご集めをしながら。
私がときどきしゃがみこんでいるのは、にわとりの顔色を診ているんです。
元気になって退院し、何年かたった。
担当科の部長先生だった教授は、病院長になっていた。
ある日テレビのニュースを見ていると、病院の事務職員の不祥事のことをやっていた。
記者会見で頭を下げ謝罪しているのは、病院長になったあの教授先生だった。
腕のいいお医者さんなのに、偉い先生ってのは大変だなぁ・・と思った A子さんなのであった。