「理科?う〜ん私があんまり得意じゃないからアハハ!」
って子育て真っ盛り、ご近所のママが。
でもそうかな?理科っつったってそんな公式や定理の話じゃないし。
とっかかりは身の回りの出来事からだから。絵本の読み聞かせと同じじゃない?
例えば。
理科の自由研究。夏休みのやつね。
あれ、改めて考えるとすごい。だって、自由な研究だよ。
自由に、自分が好きなように、研究出来るなんて、せいぜい小中学校まで。
高校になったら生物部の部活だったりして、先輩後輩とかあって全部自由じゃないし、中にはもう先生主導の研究だったりするもんね。
大学以上は上から降りてくるやつだから自分のものではない。
だから、好き勝手出来るのは小中学校の時ぐらい。夏休み、ついやっつけ仕事にしちゃうけど、、何やったっていいんだから、どうせなら楽しんで、思いついた事やってみれば。
例えば。
山梨には県立科学館っていうのがある。
週末に行くと実験室で何かしら科学工作をやっていて、今時一回100円200円(!)で科学玩具とか作らせてくれる。
もし、百均とかホームセンターに科学館の車が止まっていたら、それは工作をなんとか安く百円二百円以内で出来ないか材料を漁りに来た学芸員の車かも。見つけられないときは自分たちで部品を作るって、学芸員さんが言っていた。
例えば。
以前、その科学館でお泊りイベントがあった。小学4.5.6年生向けで、夜は科学館の中ならどこで寝てもいいよって寝袋を渡された。
本当〜にどこでも良くて、子供たちはわくわくして展示室で寝場所を探した。
もちろんそれに付き合う職員学芸員は大変なんだけど、自由にさせて自分で発想して自分で探して自分で決める大切さを伝えたかったんだろうな。
小中学校の自由研究も面白いものが出来たら、4年生以上は学校代表として地区の発表会があるからそれに出る。さらにその先、理科の先生が集まって山梨県じゅうの発表を読んで見て、面白いものを選ぶ。ちょうど野球やサッカーの地区予選と県大会みたいな感じ。
それで選ばれた研究が、毎年各学年10人、集められて、県の真ん中、甲府駅あたりの学校を会場にして発表会がある。
もう70回以上やってるから長い。お祝いの挨拶をする校長先生が「私も子供のころこの賞をいただいた。」とかいうぐらい昔からやっている。
これは先生が大変。時間外だろうし、手弁当の事も多いんじゃないかな。でも会場にいる理科の先生たちは楽しそう。楽しそうに子供たちに質問したりするし、子供たちも緊張したり笑ったり。(もちろん全然関与しない理科の先生もいる。それはちょっともったいない。)
自分の研究が活字になって冊子になるから、子供たちはテンションが上がる。
中学生にはさらにその先がある。大村智自然科学賞の中学生部門。(大村博士のノーベル賞受賞を記念して山梨県教育委員会が始めたもの。)
先生に勧められて自由研究を応募すると、山梨大学の副学長を筆頭に(公益社団法人)山梨科学アカデミーの研究者がマジで研究に目を通してくれて講評してくれる。
中学生には初めて科学者と接する機会かもね。
で、それに選ばれると県教育委員会から地元の教育委員会に通達文書が来て、それが学校に回ってくる。(そのあたりから上へ下への大騒ぎになってくる。)
選ばれた生徒は、校長室に呼び出されて言い渡されて。
校長・学年主任に連れられて、県庁で表彰式。
厳かに行われる式典に行くと、ずらりおじさんばかり並んでいて、TVや新聞のカメラも並んでいて。権威に弱い引率の学年主任は掌から汗が止まらない。
そこにトレードマークの茶巾帽子をかぶったおじいさん(大村博士)が登場してお祝いしてもらう。
県庁の表彰の間(部屋)は、大人の世界を覗く初めての機会。
自分の研究作品で大人たちが右往左往するのが不思議な感じ。一番楽しいのは終わった後の大村博士と山梨科学アカデミー(博士の地元の後輩)の功刀博士と三人でのおしゃべり。冗談を言い合う会話が、エビデンスに欠けるただのおじいちゃんたちのおしゃべりだったとか。
いろんな権威とそれを作り出すいろんな大人たちの社会があるみたいだけど、科学にはそれを突き抜けて楽しめる魔法のような力があると、そこまでいくと思えるらしい。
サッカーは楽しい、同じように研究も楽しいと、おじいちゃんたち(大科学者ね)を見て思うらしい。
さて、その先、高校へ行っても自由研究は出来る。
科学部・生物部とかの活動とは別に、自由研究する機会はある。
学校によってはスーパーサイエンスハイスクールってのに(文科省から)指定を受けていて、授業で自由研究をやる場合がある。(山梨県は現在、甲府南・日川・韮崎・甲陵の4校)
部活や受験、就活や恋愛、バンドや放浪、引き篭もり、選択肢が増えてくる年頃だけど、自由研究というジャンルがあってもいい。
その発表会が科学館のホールである。
会場に居合わせた顔見知りの中学の女性教頭先生がびっくりしていた。「こんなに女子がいるんですね?!」
そう、このぐらいの学年までは理科の研究も女子が多い。だけど、この後、急に女子がいなくなる。
「ご自身も画家だった平山郁夫さんの奥様が、描き続ければよかった。とおっしゃってました。」と教えてくれる。
何年か前の日本人ノーベル賞受賞者を追いかけるワイドショーのリポーターがその人の奥さんに取材したら「私も研究止めなきゃよかった。」と答えていた。
まだ、まだ、まだ、女性が創作や表現や研究を止めざるを得ない社会。
他にも。
全国規模の理科研究の発表会の審査員から、悪意を感じたっていう女子もいる。当の審査員は気付いてないけど、理科で鍛えた感性はオヤジの悪意などすぐに感じ取れる。
とても残念な話。
でももうちょっと前へ進んでみる。
残念な気持ちと研究発表のポスター・資料を抱え、ドアを押し開ける。手には受験票。
某国立大のAO受験の控え室へ入っていくとインドかスリランカ?大学院生のアジア訛りの英語で案内される。
高校の進路指導室や受験業者からいろいろ聞かされてた、いわゆるAO入試とはすっかり勝手が違って拍子抜け。
ずらりと並んだ試験官はみんなおじいちゃんで、にこにこしながら発表を聞いてくれる。
「きっと偉い先生なんだろうなぁ・・」と思いながらの発表で、マニュアルではどうにもならない、ガチで研究の内容を問われる。本来のAO入試とはこういう事かって。
国籍も性別も関係なく、研究とそれに向かう姿勢が問われる。
そこまで、近づくと。もう一度自由と理想が見えてくる。
帰り際「その研究ならあそこの博物館に寄っていきなさい。」とアドバイスをもらって。ホントはこの後センター試験があるから受験勉強しなきゃ、なんだけど。
その足で「閉館時間まであと少し!」ダッシュで駅に向かう。
ってまあ、こんな感じ。
「そんな事知らなくて。そんな風になってるなんて誰も教えてくんない、どこにも書いてないもんねぇ。
だからさ、子供そそのかして、やった方がいいよ。自由研究。アハハ」
理科なんて好きじゃなかった。けど、理科室のもっと向こうに何だか面白いものがありそうで。
もし子育て中の方が読んでくれたら、子供そそのかして、例えば、自由研究やってみてはいかがでしょう?
ただの鶏飼いオヤジだけど。
科学が理想を掲げて未来に向かっている事は知っている。
その科学が、今、ある種の暴力で脅かされている事も知っている。
だからちょっと書いてみました。
時間がかかるんだけど、科学的なセンスで物事を考える子供が増えていくと、社会が本当に自由で豊かになると思うから。