現代日記

2006/9/1 | 投稿者: losthouse

ボブ・ディランの新作「モダン・タイムス」を聴く。

1曲目から「ジョニー・B・グッド」の替え歌みたいなロックンロールで始まって、ジャズ、ブルース、カントリー、トラッド・フォークなどなど、戦前戦後のアメリカ音楽史を替え歌で俯瞰する、って感じの構成は前作「ラブ・アンド・セフト」と同じだけど、更に深くて、重い。

曲にはキャッチーなサビがある訳でも無く、単調で果てしなく続きそうなリフレインに乗せて、ただひたすら淡々と言葉を紡ぐディラン。その声はいつもの凄みのきいた濁声よりも率直で静かな印象で、うたうというより語りかける。
紡ぐ言葉は怒りと憂いと諦めと片思いに満ちていて、堤防決壊とか鉄道線路とか死者が甦る墓場とか、原型的なイメージが聴き手の心にしばらく居座る。

ここには「若さ」を至上とするようなロック業界(最近のストーンズとか)的なムードとはまるで異質な音楽がある。
10代の頃から老いたブルースマンをお手本にして、物真似ばかりしていた若きボブ・ディランが、本当に老いたブルースマンになってもなお老いたブルースマンをお手本にして物真似している。
それは老いたひとのノスタルジーかも知れない。失われたあの頃のあの曲をもう一度聴きたくて、自分で演奏しているのかも知れない。
でも「モダン・タイムス」のタイトでブレの無い音像からは、老人が夢見ているような印象は皆無で、ディランが多分ノリノリで脚をくねくねさせながらうたっている姿が目に浮かぶ。

年老いて、あたらしい若さを手に入れたボブ・ディランのように、そんな老人に僕もなりたいと思った。
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