日々の呪詛

2006/5/6 | 投稿者: losthouse

 何故あんな街へ行こうと思ったんだろう。寂しかったから、って言えば尤もらしいがそんなに寂しくは無かったからそれは違う、大体いつ行ったってろくな目に遭わないのだからもう行かなければ良いのだけれど、ふと帰り道に近くを通ったりするとついつい立ち寄ってしまう。いやそれも違う、何故なら昨夜は会社を退けて、家に帰る電車とはわざわざ違う路線に乗り込んでまであそこを目指したのであって、ふと通ったなんてもんじゃ無い、行かなきゃならん、と強く思っていたのだから俺は嘘ばかり言っている。
 おかげでろくな目に遭わなかった。陰口や意地悪や暴力や口臭でずたずたに引き裂かれ、実際に引き裂かれたわけじゃないからこれは心の話、ブロークン・ハート、それもちょっと違う、リグレット、なんで英語だ、つまり後悔、つまりやっぱりあんなところへは行かなきゃ良かった、という後悔、ってことでどうだい。そうかい。もういいかい。
 もう到着にしてからが不吉だったことは本当、通りを歩いている奴等は皆俺とは無関係、他人です、って顔してるのがむかつく、気に喰わない、地下鉄の駅から地上へ行く為に何故か一度更に地下へと下りなくてはならないという矛盾、長い長いエスカレーターに乗って地下から地下を目指すときにいつも思うのは天井へと広がる空間、あと十人は俺が縦になって重なる事が出来そうな高い天井、その上方にモザイク様の装飾があって、いつもあそこに指をかけてぶら下がっている俺を想像しては怖くて倒れそうになる、でも倒れたらもっと怖い、長い長いエスカレーターをごろごろ転がる俺、血まみれの俺、前歯を折る俺、俺折る、高所恐怖の強迫観念が甦る、だから俺は意識して指をかけてぶら下がっても安全なモザイクを探して、というのは例えばエスカレーターの下の方、降りきった辺りにはモザイクと着地点の距離が五メーターくらいしか無いから、あそこからなら落ちても安全、だから目標を定めてはそこから視線を動かさない、動いたらまた怖いポイントを探してしまって怖くなって倒れてしまう、気絶してしまう、高所恐怖が爆発、暴走、でもスカイダイビングはやってみたいと思う、とか言うと嘘だと思うだろうか、嘘じゃないよ、あそこまで高ければ恐怖は無いんじゃないの、もう想像力が補える範囲を超えているから。やった事無いからわからないけど、高所恐怖の源は想像力ですよ、だからスカイダイビングは道楽として成立すると思うし、パラシュートって概念が好き、空気抵抗って素敵、落下傘って語感が好きだったんだおっかさん。
 古代人間の頭は斧だった。ギロンみたいな。その名残を示してたまに陶磁製の人間を見かけては頭突きを食らわす斧人間がいる。その名は小野さん。諦めない目玉はコーヒー色、髭を上手く剃れないから鼻の下に間抜けな切り傷が何カ所かあって、「鼻びら、鼻びら」が口癖であったというのは近所の人間なら誰でも知っていることだが彼の身に異変が生じたのは昨日の夜のことであった。
 いつものように貧乏人を相手に頭突きを一発お見舞いしてやったところが、その瞬間小野さんの頭と貧乏人の頭が一体化、押しても引いても離れない。当然小野さんは激怒、名前も知らぬ貧乏人の頬や耳、胸や腹、股間めがけておこわ/総菜屋のアルバイトで鍛えた強力な拳を繰り出し、挙句膝や履いていた安全靴で壮絶な蹴り技をも披露しては、貧乏人が血やゲロにまみれて赤い布切れのようになるまで徹底的に叩きのめしたのだが、頭の前方からぶら下がった百六十センチメートルの布切れはちょっと邪魔、その貧乏人の名残を引きはがすべく私鉄の踏切へ直行した小野さんは、遮断機の降りる辺りに寝そべって器用にレールの上へ頭から伸びた布切れを渡し、つまり電車に轢かせて布切れと自分の繋がりを絶とうとしたのだった小野さんは電車の通過を待っていて、猛烈な尿意を催し、それは我慢出来たのだけれど集中力が散漫になっていたのかな、電車の到着を待たずして後から来たライトバンに轢かれて死んだ。遮断機の上がった踏切を車が通るのは当り前、みんなが馬鹿だ馬鹿だと笑ったというのは嘘、それほどみんな小野さんに関心は無かったから。
 ライトバンを運転していたのはジョシュア・トンプソン、なんとガイジンであった。ガイジンのくせにレンタカーを運転していた、ガイジンのくせに人を轢いた、ガイジンのくせにギアを入れ間違えて、ちょっと前進と後退を繰返したもんだから既に死んでいる小野さんの死体を更にすり潰した、ガイジンのくせに長崎ちゃんぽんが好きだった、ということでガイジンの間ではそこそこ有名になったようだったが、ガイジンたちにも結局ナニジンだったかは解らなかった、そこまで興味が湧かなかった、ということでもそこそこ有名になった。
 でも小野さんの礫死体がガラス細工か陶器のように粉々になっていたことはもう少し話題になった。古代の人々の遺伝子を今に伝える斧人間たる小野さんが、かくも繊細な死体をさらしたことでインターネット上にもトピックとしてアップロードされていたくらいだから、まるで色とりどりの花を撒き散らしたかのようなあの美しい写真は俺が咄嗟に携帯電話についたデジタルカメラで撮影したものだったのだ。ざまあみろ。
 夜が明けて、陽光に照らされて。赤や黄色の破片が光の角度を変えてそのせいで空気は澄み渡り、遠巻きに眺める恋人たちはみな正直者に成り代わった。恋人で無いひとたちは、少し空腹をおぼえたのだという。だからその日泥鰌屋は過去最高の売上げを達成した。




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