2021/10/8

境界を越えるバス/都県境編その1++  バス

境界を越えるバス/都県境編その1++
東京都/神奈川県境大師橋とその界隈


twitterの方では報告していますが、大師橋を渡る路線バスの画像が、無事、前のパソコンのSSDから発掘できたので、こっちにも載せます。データの詳細を見てみると、2016/03/30に撮ったことになっています。

クリックすると元のサイズで表示します
大師橋を渡る"蒲45"系統 JFE前 行
クリックすると元のサイズで表示します
現在では無くなってしまっている「大師橋」停留所
クリックすると元のサイズで表示します
大師橋北詰の取り付け部分入口
クリックすると元のサイズで表示します
東京都と神奈川県の境界標識


やはり、行先表示器がLEDになってるので、綺麗に読めないですねぇ...
この辺りのクリアなものが見たいという方は、「りんたん」=川崎鶴見臨港バスのtwitter公式アカウントの中に、運行最終日(2020/01/15)、JFE前で折り返す時の風景が載っているので、興味のある方は見てやってください。直URLはこちら→ https://twitter.com/rinko_official/status/1217386786902511617

なぜ運行を担当していた京急バスではなくて臨港バスの方に載ってるのか、というと、折り返し地点の JFE前は、臨港バスの塩浜営業所の隣で、折り返しの際に場所を使わせてもらってたから、なのです。その昔は臨海バスとの共同運行で、川崎駅〜日本鋼管前〜大師橋〜蒲田駅という路線だった頃の名残り、ともいえます(日本鋼管は、2003年に川崎製鉄と合併して、JFEになっています)。もっとも日本鋼管前折り返しになって京急の単独運行になったのが1970(S45)年なので、かれこれ50年、同じ路線形態で走り続けてきたことになります。

廃止直前の段階のみならず、自分が撮影に行った時点ですら、平日のみ朝1往復/夕方1往復の運行でした。どうやって撮りに行ったんだろう?



大師橋そのものの歴史と、そこを渡る路線バスについて、例によって長文です...m(_ _)m

++++++++++++++++

大師橋は、六郷橋の下流約3kmの地点に架かっており、2021年時点で歩行者も渡れる橋としては、多摩川最下流に位置する。元々は「羽田の渡し」があった地点で、初代の橋は1939(昭和14)年に架けられた。1991(平成3)年から架け替え工事が始まり、1997(平成9)年に片側3車線分が完成。残りの3車線分も2006(平成18)年に完成し、翌年から全面供用されている。

通っている道は、現在では東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線で、主要地方道に指定されている。第1京浜のさらに海側に設けられ「産業道路」の通称を持つ。橋が架かった当初は東京府(当時)側が東京府道16号大森大師河原線、神奈川県側が神奈川県道6号田島羽田線であった。橋が架かった時点で北岸は東京市蒲田区になっていたが、元々は荏原郡羽田村→羽田町の領域である。南岸もその当時既に川崎市に合併されているが、元々は橘樹郡大師河原村の領域である。

この橋を渡るバス路線で最後まで残ったのが、京浜急行バスによる"蒲45"系統の蒲田駅〜JFE前(旧日本鋼管)である。この系統は源流をたどると、1949(昭和24)年に運転開始された、大森駅と京急大師線の当時の終点である桜本駅を結ぶ路線に行きつく。桜本駅は川崎市電との接続駅でもあった。1954(昭和29)年に日本鋼管前まで路線を延長。1957(昭和32)年に蒲田駅発着が加わった後、その翌年に川崎鶴見臨港バスとの共同運行により川崎駅まで路線が延長される。1970(昭和45)年に再度路線が分割された後、50年もの間、徐々に本数を減らされながらもそのままの路線形態を維持していた。運転手不足による路線整理に伴い、令和に入ってからの2020年1月15日の運行をもって廃止された。

この系統の姉妹系統で、"蒲44"系統蒲田駅〜いすゞ自動車前(現在の殿町バス停付近)、という路線もあった。1962(昭和37)年に開設され、2004(平成16)年末にいすゞ自動車川崎工場の閉鎖と共に路線廃止となっている。また、当時浮島にあったカーフェリーの発着場への連絡路線が蒲田駅から運転されていたが、系統番号を与えられる前の1973(昭和48)年に廃止されている。

大師橋を渡ったもう1つの主な系統は、"川81"系統の川崎駅〜羽田空港である。1958(昭和33)年に羽田空港への主なアクセス路線の1つとして京浜急行電鉄により運転開始された。この路線も臨港バスとの共同運行であった。現在の"空51"系統との大きな違いは、大師橋まで多摩川の南側である川崎市内を走っていたことである。この区間が京急大師線と完全に並行していたため、1973(昭和48)年に川崎大師駅折り返しとなり京急の単独運行となり、系統番号も"空81"に変更されている。1993(平成5年)の羽田空港新国内線ターミナル完成時には大幅に本数は減らされたものの運行を継続。1998(平成10)年に旧国際線ターミナルが閉鎖された時に路線整理されて廃止されている。

かくして、大師橋を渡る路線バスはすべて廃止されてしまったが、橋の東京都側の北詰には多くの路線が入っている。六郷橋の記事で触れた"空51"系統の一群は、旧都道424号線を下ってきて大師橋北詰の袂で側道に入った後、羽田空港方面へ向かう。"蒲75"系統は旧都道を走ってきて大師橋の側道へ入ってから乗客を降ろし、橋北側の交差点でUターンして反対側の側道へ移って乗車用のバス停を経て、旧都道424号線へ戻っていく。どちらも1時間に2本程度運転されている。大師橋からバス停1つ離れた羽田二丁目の交差点(バス停留所名は「羽田特別出張所」)は、大森駅や蒲田駅と羽田空港方面を結ぶバス路線が複数通り、運転本数も非常に多い。

神奈川県側の南詰は、橋から一番近い交差点を、川崎鶴見臨港バスによる"川02"系統の川崎駅とキングスカイフロント東を結ぶ路線と"大01"系統の京急大師線大師橋駅から殿町経由で浮島バスターミナルを結ぶ路線が通る。ただしどちらも運転本数が非常に少ない。特に"大01"系統は平日と土曜の朝に1往復運転されるだけである。"川02"系統も平日が朝4往復と夕2往復、土曜が朝3往復のみで、日曜休日は運転されない。上述した"蒲44"系統もこの道を通っていたらしい。

ただしすぐ近くにある産業道路と国道409号線の大師河原交差点(バス停留所名は江川一丁目)は、川崎駅と浮島バスターミナルを結ぶ"川03"系統や、大師橋駅発着で「ENEOS株式会社浮島前」を結ぶ"大02"系統が主に通る。どちらも朝夕は運転本数が多いが、2021年夏時点ではコロナ禍のため日中は大幅減便中で、"川03"系統が45分間隔/"大02"系統が1時間間隔になっている。




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ