なかなか多忙で先月度はブログの更新・書き込みができなかった。
しかしながら、現在出向している職場も6月いっぱいで生産が終息し、別の職場へ出向になるが、その辺の段取りもあり、個人的にはゆとりが欲しいところである。
家の窓から外を眺めると、もういつもと風景が違う。家の近くでNTTドコモの携帯・自動車電話(注)のアンテナの建設が進んでおり、外に大きな鉄塔が建った(写真1)。
(注:携帯・自動車電話と断った理由として、PHSと違い携帯電話は自動車電話の技術の転用、という性格上、単純に携帯電話とだけ断言せず、携帯・自動車電話と断った方が電波法上の免許区分として通じやすいと個人的に認識していることから、このように述べた)
さて、そんな長い前置きとは別に、今回、隣町の中古販売店・ハードオフに寄ったところ、コニカミノルタのDiMAGE Xtと呼ばれるデジタルカメラがジャンク品として出ており、しかも3,000円と安かったので思わず買ってしまった(写真2:整備、清掃後に撮影)。
確かにこの機種の極上中古だと、今回買った値段よりも3倍強の値段が付いて売られているが、ジャンク品としての扱いのために値段も安かった上、私自身この機種の1世代前に当たる、DiMAGE Xiを使っているが、DiMAGE Xtの場合、15cmまで寄って撮影できる接写機能と、メモリの容量上限ぎりぎりまで撮影できる動画撮影機能には強いメリットを感じており、特に15cmまで寄って撮影できる接写機能は植物の写真を撮影するときに威力を発揮しそうである。
しかもコニカミノルタ、私自身コニカミノルタを好んで使う理由として、確かに初めて買ったデジタルカメラがコニカと合併する前のミノルタの機種だったというのもあるものの、自然風景や植物などの写真撮影が多いが、コミックマーケットなどに行くこともあり、コスプレ写真を撮影するとき、モデルが自然に写るということも確かで、肌の写り方が非常に自然でクセが少なく、写真として出力しても安心できる。
敢えてメーカー名を伏せるが、一部のメーカーで人を写すと変に化粧したような、強調した写り方をするデジタルカメラを販売しているメーカーがあるが、雑誌等のサンプルを見て比較した結果、改めてコニカミノルタの良さを強く認識させられたのも事実であり、本ブログでの写真のほとんどは、今までも断りがないものについてはほとんどコニカミノルタのデジタルカメラで撮影した写真を画像編集ソフトでリサイズしているものである。
不思議だったのが、状態が良いにもかかわらず、ジャンク品として出品されていたことなのだが、付属品が本体と専用の充電式電池、ストラップだけしかなく、他の付属品ソフトウェア及び充電器、接続ケーブルなどが添付されていなかった。
充電器は付属していなくても、PCカメラとして使うときは専用充電器ではないためにちょっと不都合だが、この機種も使用する充電式電池はDiMAGE Xiと同じリチウムイオン充電式電池を使うので、手持ちのDiMAGE Xiの充電器を使うことにした(写真3)。
他にも、電源のオン・オフで連動するレンズカバーが閉じず、開きっぱなしという不具合が生じていたためにジャンク品としての扱いとなってしまったのだろうと思う(写真4:矢印参照)。
私自身先ほどDiMAGE Xiを使っていると書いたが、過去に落としてレンズカバーの開閉に不具合が生じた経験があり、自分で内部を開けて直したことがあるが、DiMAGE Xtも、内部のつくり的にはDiMAGE Xiと似ていると思えたので、早速内部を開けてみた(写真5)。

予想通り、レンズカバーのシャッターを駆動するモーターの軸と、レンズカバーのシャッターが外れていた(写真6)。

そこで、精密ドライバーやピンセットなどを利用し、モーターの軸と、レンズカバーのシャッターを正しく付け直した(写真7)。
そして、値札をはがして清掃を行った後のDiMAGE Xtの姿(写真8)。
しかしながら、外観はほとんど傷が少なかったが、少し気になったのが液晶画面の傷だった(写真9)。
レンズカバーの動作も良好で、整備後の慣らしとしてズームアップ、ダウンを何度か繰り返した。
動作確認のために、夕方の家の外周辺を撮影してみる(写真10)。
しかも一番嬉しかったのが、完全に故障していた商品ではなかったので、少々の整備と清掃で復活したのだが、気になったのが、このデジタルカメラの前の持ち主がどのような使い方をしており、どのような思い出や経験をしたのだろうかが気になる。
そこで、私が所有しているDiMAGE Xiと揃って撮影(写真11)。
(写真12)これは、深夜の私の家の外を露出を高めて撮影したもの。
露出を高めて撮影したこともあってCGっぽく見えるという効果を狙ったものの、CCDのノイズが発生する関係もあって大きな画像では荒っぽく見えるが、このサイズでは綺麗に見えるように思える。
