「ボクシングノンタイトル10回戦」(26日、タイ・バンコク、ラジャダムナン・スタジアム)
浪速のジョーが、海の向こうで執念の復活を遂げた。元WBC世界バンタム級王者、辰吉丈一郎(38)=大阪帝拳=が26日、バンコクのラジャダムナン・スタジアムでタイランカーのパランチャイ・チュワタナ(20)を2回2分47秒TKOで倒した。「デビュー戦のようだった」と5年のブランクの大きさを口にした辰吉は、日本で待つ妻のるみさんとの「2、3回で倒す」という約束を果たした。今後もタイを拠点に、悲願の世界王座返り咲きを目指す。
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観客席の絶叫が涙声に変わっていく。やむことのない辰吉コール。「(試合が)久しぶりというより、デビュー戦っていう感じやった」。入場のテーマ曲もなく、きらびやかなガウンも着ていない。タイの新人戦の中に組み込まれた試合は、まさに2度目の“デビュー”だった。
試合を決めたのは、技術やパワーを超えた執念の一撃だ。2回、辰吉の左ボディーがパランチャイの脇腹に突き刺さる。97年、シリモンコンを倒して3度目の王座に就いた時をほうふつとさせる左ボディーに、日本から駆けつけたファンは勝利を予感した。
もんどりうって倒れたタイの若武者は気力で立ち上がったが、一気にたたみかけた辰吉のラッシュにロープ際で再びダウン。その瞬間、レフェリーが試合を止めた。
日本ボクシングコミッション(JBC)のライセンスを失効し、所属ジムから引退勧告を受けた孤独な戦いに、新調した白いトランクスには「JOE」の文字だけがあった。これまで家族全員の名前を縫い込んできた辰吉だが「1人でやると決めたから」と、その理由を語った。
タイへ出発する前日21日、辰吉はるみ夫人に「2、3回で倒すわ」と約束した。プロボクサーを目指す長男、寿希也君(16)は、それでもその夜は寝られなかった。物心ついたころから見てきた父の、血みどろの戦いが5年ぶりに始まる。出発の朝、息子は父に布団の中から「行ってらっしゃい」と声をかけると、そのまま眠りに落ちた。「2、3回でKO」の約束を果たして、夫は、父は、家族の元に帰ってくる。
今後もいばらの道は続く。「オレは日本を愛しているけど、日本で嫌われている以上、仕方ない。背に腹は代えられない」とタイを拠点に現役を続行する。「満足できるボクシングじゃなかった」と自身が言うとおり、全盛期に程遠い動きだったことは否めない。それでも「今回は橋を架けただけ。とにかく試合がしたい。好きやねん、ボクシングが」。その言葉に、ウソはなかった

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