ワールドベースボールクラシック(WBC)をともに戦った米大リーグ、マリナーズのイチローは、第一報を「インターネットで」知ったそう。
真っ先に頭をよぎったのは、「ちょっと覚悟はしていたので、まあ、(退任の瞬間が)来ちゃったな」。
春先から、今季が最後になるかもという話は聞いていた。その日を迎えての思いは、「それぞれある。一つだけの感情ではない」。福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督との接点で思い浮かぶこと。そんな問いにイチローは、「WBC出場を決意したときにかけた電話」と言った。
「僕の電話、非通知でかかるようになっているんですけど、(王監督に)非通知で電話したんですよ。そしたら、『ハイ、王です』って出ましたからね。あり得ないでしょう。この人、すごいなあと思って。びっくりして、僕は度肝を抜かれたんですよ。そこにもう、王監督の人柄が完全に出てるでしょう」
そこまで一気に話したイチローだが、その勢いは止まらなかった。
「だから、ホームランの数だけじゃない。記録だけで“世界の王”と言われているんではない。人柄、器の大きさ、懐の深さというかね。まあ、そういうことが、“世界の王”と言わせているゆえんですよ」
■王監督は白い人、僕は真っ白じゃない
王監督には「かなわない」ともイチローは言う。
「話している表情とか、よどみのない目。真っ直ぐ、この世界で突き進んでこられた雰囲気が、それだけで伝わってくる」
よどみのなさについては、イチローがあらためて力説した。
「僕はちょっと、よどんでる。真っ白じゃない。もちろん黒じゃないよ。グレーでもないけれども、グレーがかった白だよね。やっぱ、白い人には勝てない。黒い人とか、グレーの人とかには絶対勝つ自信があるけど。まあ、あり得ない存在ですよね。王監督があり得ないんですよ、恐らく」
先週、8年連続200安打を達成したときに、お祝いの電話をもらったそう。そのとき言われた言葉が「非通知と同じぐらい、度肝を抜かれた」。
■イチロー、「あり得ない」と称賛の嵐
イチローが言葉をつなぐ。
「アメリカという国は差別的、という言葉を王監督は使われなかったですけど、そういうニュアンス――まあ、白人至上主義というか、そういうのが残っていて、要は『その中で、日本人が誰もやったことのないことを打ち立てることというのは、想像以上に難しいことだ』って言ってもらったんですよ。そのとき、僕は本当に泣きそうになって、『この人、すげえ』と思って感動してね」
「普通、そこまでは想像できないんじゃないですか。テレビとか、メディアからの情報だけでは。本当に(メジャーの)中でやらないと、そういうことって分からない。すごいですよ。やっぱ、この人のためにやりたいって思うよね。まあ、宝物ですね。王監督と同じ空間で、時間を過ごさせてもらったことは」
そのときのイチローは、スター選手からサインボールをもらったときのような目をしていた。
「そもそも僕の存在を知ってもらっていることが、あり得ない。そして、電話をかけてもらうこともあり得ない。まあ、幸せもんですよ。王監督は、自分は幸せ者だと言われてましたけど、こっちが幸せ者ですよね」
イチローと同じくマリナーズに所属する城島健司は、辞任のニュースを昨日(現地時間9月22日)の試合後に知ったと言う。「会見もライブでみた。試合もパソコンで」
同23日の試合前、取材に応じた城島は、昨晩そのニュースに釘付けにされたことを明かす。試合や会見を見ながら、感じたこと。また、王監督の存在感を聞かれれば、
「野球界では、父親のような存在」
と、はばからず言った。
「僕の野球観――僕の野球に対する考え、プレースタイルっていうのは、やはり監督の色というんですかね、監督という存在が非常に大きかった。プレーヤーとしてどうあるべきだとかは全部、監督につくってもらいました」
王監督から、敬遠の指示が出る。城島が立ち上がる。そこで、投手の球がフッと高めに浮くと、城島がジャンプ。すると、ダッグアウトの中でも王監督がジャンプしていたそうだ。
「敬遠のボールが高くなると、監督は一緒になって飛んでましたよ」
城島が、「僕ら以上に、戦いの第一線にいた」と話す王監督の野球に対する情熱。「それだけ、ピッチャーのボールに集中している」という言葉が、それを裏付ける。そんなとき、すぐさま「ジョー」という言葉が飛んできたそう。振り向けば、王監督が両手で「低く、低く」のジェスチャーをしている。
「でも、そういうのは、もうないのかな」。城島は、少ししんみり話した。
■ひたすら怒られた記憶ばかりでも…
ただ、城島にとっては「ひたすら怒られた」という記憶ばかりが残るそう。「しかも、理不尽に。なんで僕が怒られるんだろうな、ということはあったけれど、今になって監督の意図も分かります」。だからこそ今、「(若いとき)王監督が、我慢強く僕を使ってくれて、今の僕がある」と言える。
今季6月ぐらいから、不安定な起用が続いた。何試合も先発を外された。だが、そんなとき支えになったのは王監督の教えだと言う。よくこんなことを言われたそうだ。
「1試合しか来られない人がいる。お前にとっては140分の1のゲームであり、10何年経てば、2000試合分の1かも知れないけど、きょうしか来られない人が、この中には多分いるだろう。そのためにも出続ける義務が、選手にはあるんだよ」
満足な説明もない中で腐りかけた。口をとがらせたこともあった。その度に、その言葉を反すうした。
「ことしのような状況でも、言い訳せずに毎試合準備をして、自分から出られないっていうふうにならないように――。そういうときには、監督の言葉が心の支えになった。投げ出すことは簡単ですけど、同じ162試合を戦っていく。僕のバックには(その思いが)あった」
9月に入って、城島が本来の姿を取り戻しつつある。そんな背景にも、王監督の存在があると言えそうだ。
イチローと城島、それぞれがともに王監督と共有した時間を、素直で飾らない言葉で表現。それはそのまま、飾らない王監督の人柄をもまた、表しているようだった。

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