魔羅から涙

どうだろうか??

 

近  影

元同僚N氏作の似顔絵。

はる

2007.1.1 別府のはるちゃん。

2007.8.14 別府のはるちゃん。

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投稿者:mj
メールでご報告と思ったのですがこちらに。すみません、メールはちゃんと届いてました。転送される方のメアドを使ったと勘違いしていてメールチェックが遅れました。失礼いたしました。
各方面へのご配慮、苦心されているのでしょうか。bonpataさまのことばは、これから教師を目指している方や、苦悩している現場の先生方にはすごく刺激的だと思うので、何かいい方法があるといいですね。噛み付き校長先生を揺さぶった、揺さぶり得た毒のようなものを、求めている人は多いと想像しています。大学生に対する(bonpataさまのフィールドでの)ゆさぶり実践を紹介するのではだめでしょうか。相手が大人だろうが子どもだろうが、定石を打ち破って心の底の何かを引き出そうとしている姿を見れば、bonpataさまの姿勢や価値観は伝わるような気がするのですが…。発達段階がちがうからダメーとなるのでしょうか。まとまらなくってすみません。

memejapan@yahoo.co.jp
投稿者:bonpata
あれ?3月12日にお返事しておったのですが……。メールサーバーがまたさぼっていましたかしら。

>mjさん。

いろいろあって、ここではあんまり仕事の話が出来なくなっています。残念ですが。ちゃんとした議論の場を確保しないと、腹が膨れるばっかりです(文字通りね)
投稿者:mj
メール届きました。ありがとうございました。

memejapan@yahoo.co.jp
投稿者:mj
本文や怒涛のコメンツ、とてもおもしろいです。今後の戦いの記録も楽しみです。
さて、teacupの方からも送ってみたのですが、メールさせていただきたい事があるのですけれど、パソコンが壊れアドレスが消えてしまいました。すみませんが一度メールをいただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

memejapan@yahoo.co.jp
投稿者:bonpata
本当に怒濤のコメンツ。takaさま団さま、師弟ツープラトン攻撃見事です。
>takaさん。
現場仕事に出ていると、「跳び箱を跳ばせられる」ということの値打ちはわかりますし、それを求める現場職人たちの気持ちもわかります。たとえば、小学校と臭学校の連携カリキュラムん仕事とかをしていると、○○が出来る式の積み上げでは何も描けないということに直面するんですけどね。どんな人間を描こうとするのか?それは社会や世界とどうつながっていくのか……それ無しにカリキュラムは無理やなぁ……としみじみ思っております。

やりましょ!物語論の授業。物語る力について考える時間を持ちましょう。

>団さま。伊勢の読みとしての歌物語。パロディ。

伊勢の芥川のエピソードが、今昔物語集に出てきますが、これが見事なパロディというか、誤読というか、読み替えで、つまり伊勢読者の解釈の結果だったりします。

生徒作品拝読しました。なかなかに面白い作品ですね。昔、伊勢の筒井筒と、大和物語の沖津白波を比べ読みする実践をしたことがあるのですが、子どもたちは女の嫉妬が前面に出てくる大和の方を強く支持しました、特に女子。
逆に、なぜ伊勢の女が恨む様子なく見送れるのか?というテクストに食い込まれた読者としての「解釈」が、生徒作品や私の実践での大和支持に表れていると見ることができるでしょう。

ちなみに、サラダ記念日を使って歌物語創作実践された例としては、弘前大学の児玉先生の帝塚山学院時代のものを読ませていただいたことがあります。

いや……なんていうか、久しぶりのまじめな話題で……盛り上がってますね。
投稿者:団
余談ですが、このクラスの生徒たち、この実践の直後の文化祭でなんと、伊勢物語の劇をやったのです。しかもそのシナリオがすごい!筒井筒と北斗の拳をブレンドしたその名も「伊勢物語〜愛を取り戻せ」…ちゃんと歌物語にもなっていました。こういう古典への「」つながりかた」もあるのだと思います。
投稿者:団
>自分の目の前まで生き残ってきたことばを、読んで、意味づけて、再創造する。再構築する営み。それが次の世代にその言葉によって綴られたある種の表現をつないでいく。

bonpataさんのこの古典観に諸手を挙げて賛同いたします。某氏のような「声に出して読む(読みたい)」(音読について否定するわけではありません)だけではなく、もっと積極的に古典を受容していくことが必要なのだと思います。「表現」「創造」のなかに、その鍵があるのではないか、と思っています。そしてそれは「受験で点を取る」ことと、何ら乖離も矛盾もしていないと思うのです。
投稿者:団
 こんばんは!
 勤務校の性質上、受験のために、という大義名分が使えない環境に居る分、私は赤メガネ氏よりも身軽な立場なのかもしれませんが。
 今年度、国語表現Tの授業のなかで、伊勢物語をやりました。文法なんてまったくやってきていない連中相手なので、とりあえず筒井筒を簡単に解説を加えながら問答形式で解説したあと、伊勢のような歌物語を書いてみようという活動をおこないました。自分が作ったオリジナルの短歌を使っても良いし、授業で扱った歌人の歌でもよいということにして、素材として俵万智の『サラダ記念日』のなかの「野球ゲーム」という章を丸ごとプリントして配りました。
 出来上がった作品はどれもおもしろかったのですが、とくに面白かったのが彼女の作品→http://angelwings.raindrop.jp/uwaki.htm


 彼女は俵万智の「この部屋で君と暮らしていた女の髪の長さを知りたい夕べ」という歌をもとにしながら、物語の枠組み自体は筒井筒を使っている。祖母が「急に即死」(?)するという部分や「限りなく怖し」、そして「君ら2人皆殺し」といった部分も筒井筒のパロディとして面白いのだけれど、私が感心したのは、彼女が筒井筒が描いている女性像=健気で、男に裏切られても男のことを一途に想い、男を待ち続ける女、という価値観を見事に脱構築し、彼女が生きる時代、世界の文脈、女性の価値像の枠組みにおいて捉えなおしている、という部分でした。彼女はそこまで考えてこの話を書いたわけではないかもしれませんが、彼女が自分の歌物語を創作する、という表現行為の過程において、筒井筒という「古典」を実に積極的に受容していったということは言えるのではないかと思うのです。
投稿者:taka
高校生対象の物語生成論の単元、ぜひぜひ(^o^)絶対必要です、そういうの!(^^)「探究」に向かう学びだ!
投稿者:taka
ははは授業者…(^o^;)面白そうですね。

そうですか、参観者ですか。「確信」がおありのようですね。
なんだか、「跳び箱は誰でも跳ばせられる」けど、「とりあえず跳ばせたあとは知らない」というのと同じ論理ですねぇ。跳び箱を跳ぶ面白さよりもとりあえず「跳ばせろ!」…「『入試』で役に立つことを教えろ!」…そうして「とりあえず跳ぶ」ことや「役立つ」ことしか「やらない」態度が育っていくというわけですねぇ。

まぁそういう「やらない」態度を育てる人にかぎって、若者の「意欲」が「学力」が低下したと騒いでしまうわけですが…(-_-;)。
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柿喰らふ家

2006.7 竣工

ルナ

Car Life 87-96

○'82 DAIHATU Charade1000 Diesel Turbo 1987-1988.1.5

○'85 TOYOTA Starlet1300Ri(EP71) 1988-1991

○'91 DAIHATU Charade1300 1991-1996

Car Life 96-

○'96 VW POLO 1600 4AT 1996-2001

○'89 Golf GTI-16V 1800 5MT 2000-2004

○'01 Polo GTI 1600 5MT 2001-2007.9.25

○RENAULT Kangoo 1600 5MT  2007.9.25-

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