魔羅から涙

どうだろうか??

 

近  影

元同僚N氏作の似顔絵。

はる

2007.1.1 別府のはるちゃん。

2007.8.14 別府のはるちゃん。

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投稿者:bonpata
わははは。どうもです。森山様のご活躍を関係WEBで
覗き見て、門前の小僧学習を試みているのですが、な
かなか難しゅうございます。が、こ難しいことへのア
レルギーが全くない(むしろ、それを快楽と受け止め
る)施主というのは、かなりまれな変態でありましょ
うから、「エンベロープの形態的操作」についての能
書きに興奮してくれる期待を、建築家側が持てないと
き……どうするのでしょうねえ。と思います。どうさ
れますか?

建築の世界もそうなのですか?グラウンドセオリーが
滅失した世界で理論的なことをうねうねやっているも
のとしては、森山提案は、一施主として、ではなく、
むしろ建築家の立ち位置に近いところで受け止めた、
という言い方をすると、不遜でしょうか。

ただ、教育の世界はもっと不毛で、工務店=実践者
と、施主=保護者の間で、建築(子ども)に関する利
益追求のコンフリクトや協調は期待できるものの、建
築家=理論研究者は、せいぜい工務店との建材や工法
の研究会を開くばかり。もちろん建築現場に足を運び
ますし、場合によっては現場監理の業務すらすること
もあります。が、肝心のお施主さんとの関係を持つこ
とが難しかった。逆に言うと、プロジェクトに保護者
が入っていないか、研究者が入っていないか、そのど
ちらかであることが非常に多いということになりま
す。そして、研究者の言説がとりあえず権威を持ち、
その権威を言い訳に、施主と工務店の間に様々な問題
を積み残したままの建築行為が行われ、うやむやに
なっていく。(少なくとも表面的には)ゲンナマの飛
び交う世界じゃないからでしょうか?

……どっちをどっちの比喩で言い表していたのか?能
記と所記が混淆してきました。
また、シャープなご発言をウォッチさせていただきま
す。
投稿者:森山です
いいづかさんに教えてもらってお邪魔です。
拙文をご紹介いただきありがとうございます。
実際多くの施主さんがそういう経験されてんじゃないかと思います。「はいはい」「そうします」「使いやすくします」「機能性を重視して」とかいいながら、できあがったこの「トンガリやガラス箱はなんじゃー!」という経験。
その後しばらくたって自宅掲載専門誌を持参されそこに書いてある自宅設計建築家のコメントが「・・・あらかじめ閉じたエンベロープの形態的操作が・・・レイヤー的空間にどのような影響を及ぼすのか・・・試行がこの建築に至るひとつのトリガーとなって・・・最適化された・・」などとなっていて唖然
っていう経験を
「なんなのよ、じゃあ始めから教えてよ、うちの窓ガラスが斜めなのは雨の汚れを避けるためじゃないことは薄々気づいてたけどさあ」
となってしまうということを指摘したものです
この建築論というのも、他ジャンル同様グランドセオリーを失っていて、いろんな派閥に分かれているのですけどね

http://www.ars-nova.co.jp

柿喰らふ家

2006.7 竣工

ルナ

Car Life 87-96

○'82 DAIHATU Charade1000 Diesel Turbo 1987-1988.1.5

○'85 TOYOTA Starlet1300Ri(EP71) 1988-1991

○'91 DAIHATU Charade1300 1991-1996

Car Life 96-

○'96 VW POLO 1600 4AT 1996-2001

○'89 Golf GTI-16V 1800 5MT 2000-2004

○'01 Polo GTI 1600 5MT 2001-2007.9.25

○RENAULT Kangoo 1600 5MT  2007.9.25-

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