がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
清水さま、おはようございます。メッセージありがとうございます。

今の状況にこのブログ記事の内容は厳しいものだったと思います。どうかダメージとしてでなく、今とこれからのために役立つものとして活かしていただきたいと思います。

小細胞肺がんは、肺がんの中でもとても手ごわいタイプです。最初の状況から考えると、治療はかなり上手くいっていた方だと思います。それでも簡単には押さえ込まれてくれないのが、この病気の厄介なところです。

ここまではベストの道を進んできていると思います。病気が攻勢を強めてきているので、期待しないことがこれからも現れる可能性は大きいですが、その時その時に一番良いことを続けて行ってください。
投稿者:清水
初めまして。
こんばんは。
随分以前の記事なので、先生のお目に止まるのかは定かではありませんが、中々吐き出せない思いを勝手に綴らせてもらおうと思います。

73歳の実母が3年前の3月に『小細胞肺ガン』と診断され、場所が心臓の裏側にあり腫瘍の大きさも6pありました。
リンパ節には転移が見られたものの幸いにも縦郭内に収まっていたためクラス3aと診断されました。
抗がん剤投与を4クール行い、放射線も照射しました。

ガンの大きさが2pになり、ずっと経過観察をしてきました。

もうすぐ三年を迎える今年1月、母が急にPETを受けたいと言い出し、検査してみたところリンパ節転移を起こしておりガンが再発していました。

結構な大風邪を引いてしまい、痰がからむ咳が全く止まらなくなり、抗がん剤治療も遅れてしまいました。
 
風邪が治るのを待つ間、腫瘍も大きくなってきてしまい3月12日より抗がん剤投与開始しましたが、残念ながら効かず『ガン性リンパ管症』を起こしてしまいました。

四週待ち違う薬剤に変えましたが、進みが緩やかになってはきているようですが、本人の体力が先週日曜日あたりからガクッと落ち、食欲もなく、ステロイドの影響により筋力の低下、寝るばっかりなので右大腿骨付近に褥瘡になりそうな赤みが出てきてしまいました。

現在はオプソが投与され苦しい時に日に多くても四回程度飲んでいるようです。

このブログを拝見し、これから先のことを拝読し愕然としておりますが、母のために母が楽なよう医師と意思疏通をはかり終末期に向け、最善の手助けが出来たらと思いました。

鎮痛剤による昏睡…会話が出来なくなるのも寂しいことですが、母の同意の下、この先を見据えて行きたいと思いました。

体力が持ち直せれば次は休み明けの5/7から抗がん剤治療になります。

苦しみが増す治療であれば決断しなくてはと思います。

病院に資料(投薬)があるため、薬剤名記載できず申し訳ありませんでしたm(_ _)m
投稿者:hirakata
christmasさま、こんにちは。

緩和ケアの大事なところの一つが、患者さん本人とご家族に「どれだけ納得してもらえたか」だと思って仕事をしています。そのためにはどうやって説明をするかが大変重要で、それは「あなたはがんです」というよりも難しい説明になることが、しばしばあるように感じています。同じ内容でも、相手の人がどれくらい受け止められているかを見極めながら話さなければいけませんし、ずばっと言わなければいけない時は言わなければなりませんし(そこはちょっと私の弱いところでもあります)。

「これで良かったんだ」とか「苦しんでいなかったんだ」ということが納得できれば、残される人たちの心もずいぶん楽になるだろうと思います。そのへんのポイントを、命の終わりに付き合うことの多い医師に伝えていく仕事も、そろそろした方がいい時期なのかな、なんて思っています。
投稿者:christmas
hirakata先生、こんにちは。

肺がんの癌性リンパ管症で身内が亡くなりました。上記の説明の通り、症状が急速に悪化、呼吸困難で大変苦しみ、看取る側も辛かったです。以来、がん患者の私はトラウマになってしまい、肺転移では死にたくないなあと気持ちが沈みこんでしまいました。

で、先生の説明を読んだら、、、呼吸はハアハアしていたけど、苦しんだ顔じゃなかったよなと思いだしました。
と、、遺族になると、こういった病気の説明を見つけては、行った治療やケアにいちいち迷いみたいなものが出てきます。日経メディカルで先生が紹介なさった遺族の手紙と同じですね。

患者が亡くなると、「癌性リンパ管症」と書いた死亡診断書を渡され、病院との関係が終わります。実際には、これはどういう症状なのですか?と主治医にお尋ねする機会がありません。その不消化な部分が迷いとなるんじゃないかと思います。

私の場合、担当の緩和医師が私のグリーフケアまでして下さったので、妙な情報にいちいち迷うことがありません。おそらくhirakata先生も、患者のみならず遺族to beの方々のケアまでなさっているんだろうなあと想像した次第です。本当に大変な仕事ですね。

http://blog.goo.ne.jp/christmas_cake/e/d77e79c42f4a173bd359e5803d4e9052
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