開業医の大量閉院を招くと危惧されていた「医療費のレセプトオンライン義務化」は、先送りされることが決まった。産経新聞はそのことを伝える大見出しに「医療制度改革後退」と書いている。
記事は次のとおり。
医療制度改革後退 レセプト請求の完全オンライン化先送り
2009.2.28 01:27【産経新聞】
政府・与党は27日、具体的な治療内容や投薬名、診療報酬点数が書かれたレセプト(診療報酬明細書)請求について、完全オンライン化する時期を平成23年度から、さらに先送りする方針を固めた。先送り期間については、5年にする案が浮上している。衆院選を控え、日本医師会などの反対論に配慮した。来月にも閣議決定される規制改革推進3カ年計画の改訂版に反映させたい考えだ。
オンライン請求の義務化は、小泉政権が医療費抑制策の一環として策定した医療制度改革大綱で決定された経緯がある。それだけに義務化時期の先送り方針は医療費抑制路線からの転換といえ、与党内には改革後退との指摘もある。
不正請求や記入ミスを発見しやすくするために導入が決まったオンライン請求の義務化は、段階的に進められ、大規模病院では20年度から実施された。
来年4月からはベッド数20床未満の開業医などに原則適用、23年4月から完全実施する予定だ。ただ、機械購入などの費用もかかるため、扱い数の少ない開業医らについては23年4月から2年間の移行猶予期間を設定。紙レセプトを代行機関に送付しオンライン請求してもらう仕組みの導入も図ることになっている。
こうした対応を進めていたにもかかわらず、政府・与党が先送りする方針を固めたのは、有力支持団体の日本医師会などが「対応できない開業医らが廃業すれば地域医療の崩壊を招く」などと強く反発しているためだ。日本医師会と日本歯科医師会、日本薬剤師会は昨年10月、完全義務化撤廃を求める共同声明を発表。1月には35都府県の医師らが義務がないことを確認する訴訟を起こした。
与党内にも「医師不足対策を進めている中で逆行する動きだ」との批判が強まり、27日の自民党医療委員会では23年度の完全実施に賛成する意見はなく、希望者だけがオンライン請求する仕組みに転換するよう求める声が出された。
(記事ここまで)
実際の紙面を見ると、「医療制度改革後退」が、大変大きな見出しで書かれている。なんか嫌な感じがするのは、私の被害妄想か。
改革が後退する=抵抗勢力がいる→既得権益を守ろうとしている不届き者がいる、というのが、構造改革派のいつもの論理展開だ。抵抗勢力は日本医師会だから、読者に日本医師会が不届き者だという印象を植え付けたいのではないかと、どうしても感じてしまう。
日本国民の中で、小泉構造改革が全面的に正しかったと考えている人は、もうあまりいないだろう。よくわからないけど、全部が間違っていなかったにしても、何かが間違っていたと考える人が多いのではないかと思う。
今日発売の週刊朝日3月13日号に載っている、中谷巌氏と堺屋太一氏の対談を読むと、小泉構造改革の何が間違っていたのかがわかりやすく書いてある。主に中谷氏が質問をして、堺屋氏が答えるようなスタイルになっているが、明治維新のチャンスだと言っている。もはや、幕末だと思って覚悟して事に当たらないと、どうしようもない状況になっているというとらえ方もできる。
さて、医療制度改革も構造改革の一つに位置づけられているが、無駄を廃しスリム化し利益の多い構造にしようという他の分野の構造改革とは、同じには考えられない。当時の小泉首相や経済界のエラい人たちは、同じだと考えていたフシがあるが、実際にはそれ以前に強制的にスリム化されていたため、そこからさらに削るのは「利益の出ない産業構造への転換」を強制されることになってしまった。
もう一つ、今回の「レセプトオンライン化」では、これまでコンピュータを使って請求していた医療機関でさえ、レセプトオンライン化に伴うハードやソフトの出費を強いられる。ましてや、これまで手書きのレセプトで請求してた診療所などでは、全く別世界の「レセプトコンピュータ」を入れて、使いこなす必要が出てくる。そのような医師はたいてい高齢であるが、年齢を越えた大きな働きをしており、いなくなったら地域の医療は打撃を受ける。
今回のレセプトオンライン化を強制することで、得をする人もいるのだろう。高齢で手書きレセプトを出していた医師が、これを機会に医師を廃業しても、その医師は年金もあるし、それほど困らないだろう。しかし日本の医療は「医師は死ぬまで働く」ことを前提として構成されているとしか思えないほど、医師不足である。オンラインデータにしてくれるようなサービスも考えられてはいるようだが、余計な手間がかかることは間違いない。つまりレセプトオンライン化をすることで、医療がしわ寄せを喰うか患者さんや地域住民がしわ寄せを喰うか、どちらかなのである。
時代が変わっているのだから、電子データで請求できるようになるべきだという考え方も、わからないではない。しかしそれを強制するのは、まだ今の状況にはそぐわない。だから延期するという結論になったのだろう。
1年7カ月ほど前に書いた記事では、「オンライン化を強制されたら廃業せざるを得ない」という開業医がたくさんいた。その人たちがこの1年7カ月でオンライン対応できるようになったとは思えない。その人たちがもう医師を続けられないぐらい歳を取るか、手書きを簡単にデータ化するなどの変化が起これば話は変わるが、それがないままオンライン化を強制するのは、医師不足に拍車をかける。
そのような事情を知ってか知らずか、他の分野の抵抗勢力を叩くのと同じ調子で「改革が後退」と書いている。きちんと調べて、考えて、記事を書いているのか、疑問に思う。