骨髄移植は今や、血液悪性疾患をはじめとした命にかかわる病気の治療に、なくてはならない手段となっている。ところがその骨髄移植が、3月以降できなくなる可能性が高まってきた。原理原則にこだわって助けられる人を見殺しにすることだけはしてはいけない。
記事は次のとおり。
(字数が多いので少し小さい字にしました)
2009年1月22日発行
Medical Research Information Center (MRIC) メルマガ
■□ 医療を救う患者主導の活動 □■
――骨髄移植をすくえ――
東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーション
システム社会連携研究部門
特任助教 田中 祐次
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MRIC(エムリック)
昨年12月20日付の読売新聞で、米バクスター社製の医療器具の不足により今年の3月以降に日本では骨髄移植を受けられない可能性が報じられた(
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20081220-OYT8T00200.htm)。報道に前後して、日本造血細胞移植学会は今後の対応等を相次いで報告。学会が検討している当面の方策は、保険のきかない他社製の器具を個人輸入して使用することである。しかし、個人輸入、混合診療、そして莫大な費用負担等、クリアすべき問題は複雑かつ困難を極める。その点について学会から具体的な解決策が示されることもなく、患者や家族の方々はいまだ不安を抱いている。
この事態を受け、いち早く動いたのは全国骨髄バンク推進連絡協議会だった。正確な情報提供と費用負担の軽減を求める署名活動が、年明けから、患者主導で始まったのである。
以下、この一連の動きについて詳細を振り返る。今月末までとなっている署名活動について、少しでも多くの読者の皆さんにご理解ご協力いただければ幸いである。
【骨髄移植の1ヶ月前には確保が必要】
今回、不足が予想されているのは、「ボーンマロウコレクションキット」という骨髄移植に必須の医療器具である。骨髄提供者から骨髄を採取する際に使用する。
骨髄移植は、白血病細胞の根絶を目的として大量に抗がん剤治療や放射線治療を受けた患者さんに行われる。抗がん剤治療や放射線治療では、白血病細胞と同時にどうしても正常な造血機能まで破壊されてしまうため、正常造血の回復に健常な骨髄の移植が必要となるのである。
骨髄提供者は、骨髄移植日の数ヶ月前から適正検査として身体検査、血液検査、レントゲン検査などを受ける。また、骨髄採取時には骨髄とともに約1リットル近い血液が失われるため、輸血が行われる。提供者は健常者であることから、骨髄採取手術時の出血に対してはできる限り自分の血(自己血)が使われる。自己血の貯血は、骨髄採取手術日の3週間前から病院で開始される。
その事情を踏まえると、骨髄移植を行おうとする日の少なくとも1ヶ月前までに今回不足が予想される骨髄採取キットが確保されていなければ、骨髄移植は成立しない。
【2月中にも枯渇、代替品には莫大な費用負担】
今回の不足問題は米バクスター社内部の経営問題に端を発し、結果、同社はこの器具の製造部門を2007年3月に投資グループへ売却し、米国内の工場も閉鎖した。器具の製造はドミニカ工場に引き継がれたものの、そこでの品質・安全確認が遅れ、工場の稼働開始が3月以降にずれ込んだ。日本では骨髄採取キットとして、バクスター社製の「ボーンマロウコレクションキット」のみ使用が許可されているため、今回の工場移転に伴って製品の供給不足が生じたものである。
国内では読売新聞の発表に合わせて、日本造血細胞移植学会から報告があった。12月29日には器具の在庫数に関して報告があり、年度内の器具不足が現実的となった。それによれば、今年の1月からバクスター社からの供給可能な器具の数は計185個、国内の病院に残っている在庫が計308個、合計 493 個であった。日本における1ヶ月の骨髄採取数は150−160件であることから、2月中には同社からの国内への供給が枯渇する計算となる。同社からの185 個の在庫が枯渇した後、病院間で在庫のキットを必要施設に送り補い合う方法が学会より提案されたが、インフラ整備が行われておらず現実的ではない。以上のことからキットの供給不測に伴い2月中にも移植ができなくなる施設が出てくる。
日本造血細胞移植学会は、対策として他社製品の使用を検討している。学会は、唯一の代替品とされるバイオアクセス社の「ボーンマロウコレクションシステム」に、日本国内の需要を十分満たすだけの在庫・生産能力があると報告した。この器具は1998年に米国 FDA の認可を受けており、安全性に問題はないといえる。ただし、この器具は日本国内での使用許可が得られていないために、個人輸入による混合診療が唯一の使用可能な方法である。混合診療が認められてない日本においては、この器具を使用する場合、骨髄移植費用(約600−900万円)については健康保険を使用せずに患者本人もしくは病院が負担しなければならない。これは大変な経済的負担となる。
以上、バクスター社の製品が近いうちに不足することは明らかであり、唯一の代替品であるバイオアクセス社の器具を使用して移植を行うためには、個人輸入、混合診療、高額医療費の自己負担の問題を解決しなければならない。しかし、学会の発表のなかでは、それらに関する具体的な解決策は示されなかった。
【全国骨髄バンク推進連絡協議会による署名活動の開始】
このような状況の中、いち早く動き出した団体が、全国骨髄バンク推進連絡協議会だった。きっかけは、12月20日の新聞を読んだ骨髄移植を待つ患者の父親から会長の大谷貴子さんのもとへ入った一本の電話である。大谷貴子さんは20年以上前に骨髄移植を受けた患者で、移植後は、それまで日本になかった骨髄バンク設立活動の中心人物として活躍した。大谷さんには今も多くの相談が寄せられ、12月20日の父親の相談もその一つであった。
事の重大さを感じ取った大谷さんは、協議会のメンバーと相談、知り合いの医療者などを通じて情報を集めた。そして、3月以降の骨髄移植中止を回避するために協議会を中心とした署名活動を開始したのである。署名活動の趣旨は、不安を抱える患者や患者家族に対する正確な情報提供と、個人輸入による器具使用に伴う医療費負担の軽減である。特に費用の問題について、混合診療問題の早期解決が要となるため、要望書・署名の提出先は厚生労働大臣としている。
2008年末から始動し、年が明けた1月8日には早くも署名活動をスタート。自筆署名だけではなくFAXや電子メールでの署名受付も始めている(ちなみに協議会が以前に行った署名活動の提出先は国会であったため、自筆署名以外は受け取ってくれなかった。大谷さんが厚生労働省大臣に要望書と署名用紙を提出する際には、自筆署名、FAXによる署名、電子メールによる署名を分けて提出する)。自筆署名だけではなくFAXや電子メールの署名に踏み切ったのは、今回は活動期限が短く、その中でより多くの患者や家族の声を厚労大臣に届けるのに有効と考えたからだ。署名用紙は全国骨髄バンク推進連絡協議会の HP よりダウンロードできる。
http://www.marrow.or.jp/
ところで、そもそも患者団体の活動は、1) Self Help(自助)、2) Support(支援)、3) Advocacy and Politic action(政策提言) の3つに分類できる。今回の署名活動の中心団体である全国骨髄バンク推進連絡協議会は、Supportと Advocacy and Politic actionが主な活動である。
Support 活動としては、患者や骨髄提供者の悩みに対する電話相談や白血病患者向けの情報冊子の作成、希望者への配布を行っている。電話相談については、相談役に医療者のボランティアを募るなど、悩みを抱える患者や骨髄提供者に対し専門的な知識にも十分対応できるような態勢を整え、長年続けている。配布している冊子は『白血病といわれたら』(500円)というもので、情報は豊富、近年の医療の発展にも対応している。電話相談や冊子による情報提供はいずれも医療者や医療機関と連携して行われ、全国骨髄バンク推進連絡協議会はこうした活動を通じて患者、患者家族、医療者との広いネットワークを構築している。
Advocacy and Politic actionとしては、2004年に「骨髄バンクを介した仲介料の保険適用を求める請願署名運動」を全国で展開し、国会に提出した。今回の署名活動にはこのときのノウハウが活かされている。全国骨髄バンク推進連絡協議会以外の血液関係の患者団体としては、全国組織の会と、地域や病院ごとの小さな会が存在する。その多くの会の活動目的は Self Help と Support でありAdvocacy and Politic action ではない。しかし、今回の署名活動には、それら多くの患者会が協力している。患者会の代表者が自らの患者会に働きかけたり、仕事仲間に依頼したり、また、患者会の HP でも署名協力を呼びかけている。
今回の署名活動がAdvocacy and Politic action でありながらも、Self HelpGroup や Support Group そして、血液関係以外の患者会へと活動が広がった大きな理由はやはり、3月に移植ができなくなるという切実かつ具体的な問題が突きつけられ、多くの共感を呼んだためと考えられる。
【医療を救え――患者主導の支援活動】
近年、小児患者の母親らが結成した「県立柏原病院の小児科を守る会」(兵庫県)による医療への支援活動が、地域の小児医療の崩壊を防ぎ、注目を集めている。今回の活動は全国的な活動であるが、柏原病院の小児科を守る会と同様、患者主導の医療への支援活動である。我々もこの活動に共感し、HP を用いた署名活動を開始した(
https://spreadsheets.google.com/viewform?key=pqieimcJLRy0uIomKE4-eZw&hl=ja)。HP で集めた署名は、全国骨髄バンク推進連絡協議会の集めた署名とあわせて協議会より提出することとなった。 今後の署名活動、そして大谷貴子さんの要望書の提出、そしてその後の厚生労働大臣や医療界の対応や変化に注目していきたい。
(記事一つ目ここまで)
2つめは、大谷貴子さんの働きかけ文。
2009年1月23日発行
Medical Research Information Center (MRIC) メルマガ
■□ 骨髄移植ができなくなる? 患者のために私たちが出来ること □■
特定非営利活動法人 全国骨髄バンク推進連絡協議会
会長 大谷貴子
昨年の12月20日、お子さんの骨髄移植が2月に迫ったお父様から相談を受けました。同日の読売新聞に、骨髄採取に必要なキットが不足する可能性があると報道されているが、子供が移植を受けられなくなるのではないかと。急いで新聞を確認したところ、そこに載っていたのは「国内の骨髄移植の9割以上で利用されている米バクスター社製の医療器具(このキットはドナーから採取した骨髄液を濾過し、その中の不必要な成分を取り除く器具であり、骨髄を移植された患者に血栓ができるのを防止するのに欠かせないもの)が在庫不足となり、来年2月以降の移植が一時的に難しくなる可能性が出ている。」という記事でした。その時は「あまり慌てないで、少し待ってください」と伝えたものの、その後、ある先生から連絡をいただき、悠長に構えていられる状況ではないことを知りました。
12月29日の日本造血細胞移植学会の発表では、国内にあるキットの在庫が500個弱で、1月以降、血縁・非血縁を合わせた骨髄移植が一月に150〜160件のペースで行われることから、数量的には4月以降採取に支障が出ることになるが、実際問題として、採取する施設間でのキットの融通が困難であることから、施設によっては3月から採取に支障をきたす可能性があるとのことでした。別の情報によると、このキットは日本国内ばかりでなく海外でも多く骨髄採取に使用されていることから、世界中で情報が錯綜し、医療関係者の間で混乱しているようです。
1月6日には、日本造血細胞移植学会が、「移植骨髄調整器具米国バイオアクセス社ボーンマロウコレクションシステム緊急輸入・使用許可に関する要望書」を厚労大臣と保険局医療課長宛に提出すると発表しました。また、同日の読売新聞には、「日本造血細胞移植学会は5日、米国の他メーカー製の同種器具が安全性に問題なく、必要数を確保できることを確認した。 代替品は日本では未承認だが、厚生労働省が緊急措置として輸入や保険適用を認める方向で、移植の中断は避けられる見通しとなった。」との記事が載りました。しかし、これも厚労省からの正式な発表ではなく患者が安心できるものではありません。さらに、もし代替品に保険が適用されず、医師が個人輸入した未承認キットによる非保険診療となれば、混合診療が認められていない現状では、骨髄移植にかかる費用すべてが患者の個人負担となり、その額は600〜900万円程度になると推定されます。これでは移植をあきらめざるを得ない患者が出てくることは必至です。代替品を認める場合は、保険適用がセットになっていなければ患者にとっては代替品を使えないのと同じことになります。
今回の「ボーンマロウコレクションキット」の供給危機の問題は、患者にとってはまさに、生命に直結する重大な問題です。しかし、マスコミ報道が唯一の情報源であり、国からの正確な情報提供もない中では、不安が大きくなるばかりです。日本造血細胞移植学会のホームページには、上記のようにこの問題に関する情報が掲載されていましたが、患者が皆、インターネットを利用できる環境にいる訳ではありません。どうなっているのか実情が分からない、せっかくドナーが見つかったのに移植ができないかも知れないという底知れぬ不安と動揺は、その状況に置かれた者にしか分からないのかもしれません。私自身、骨髄移植を受けた経験があり、これまで患者会や全国骨髄バンク推進連絡協議会会長(以下、全国協議会)として、できるだけ患者のそばで支援を続けてきました。患者やその家族は、医療の中ではいつも弱い立場にいます。自ら声を上げることはなかなか出来ません。私は、相談してこられたお父様の思いを受け止め、患者の思いを代弁するために行動しなければなりませんでした。
とにかく、国に対しこの事態への速やかな対応を求めるためには患者だけではどうにも身動きが取れないので、医療関係者の協力を仰ぎながら、全国協議会が中心となって患者会、支援団体とともに署名活動を行い、厚労大臣へ要望書を提出することとしました。要望の内容は、次の2点です。
1.国としての正確かつ迅速な情報の公開
採取骨髄濾過キット在庫不足問題に関して患者が知りえる情報はマスコミ報道や噂の域を脱しないものであり、行政サイドからは正確な情報が開示されておりません。
移植を控えた患者にとって、正確な情報の把握は治療の方向性を決定するために不可欠なものであります。不十分な情報で患者が不安に陥ることのないよう、正確な情報を速やかに公開してください。
2.治療費負担増加の回避
「ボーンマロウコレクションキット」が供給されない場合、代替となる国内未承認のキットを個人輸入して使用せざるを得ません。この際、保険診療が認められるはずの骨髄移植治療が全額自己負担となれば、概ね600〜900万円の負担となり患者にとっては事実上、骨髄移植を受けられない状況になります。国内未承認のキットを使用した場合でも、骨髄移植を保険診療として認めてください。
緊急事態であることから急いで準備作業を進め、1月9日から全国で署名活動を開始しました。第一回の締切を1月末とし、集計作業が終わり次第、厚労大臣に要望することとしています。骨髄移植で救える命がある、移植を受けて笑顔を取り戻してほしい、そういう共感の輪が患者、患者会や支援者にとどまらず、広く一般の方々に広がっていくことを願っております。そして、一日も早く事態が沈静化し、患者が安心して治療に専念できるようになること切に願っております。
(記事ここまで)
骨髄移植をしなければ命が救えない、すれば救える可能性が格段に高まる患者さんにとって、この問題は国民運動の高まりなどを待っていたのでは間に合わない、重大な問題である。
国はすぐに動け。
決まりは破れないから間に合わないというのなら、信用できる代替品を選定して確保し、「自費でかかった分と保険が使えたはずの分の差額は国が保障するから、骨髄移植を諦めないでほしい。自費が確保できない分は国が融資してもいい」ぐらいのことは言うべきだ。