がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
hot cardiologistさま、こんにちは。

米国並みに「毎日数十万円」かかる医療であれば、「もう止めてください」と言う人は増えるでしょうね。医師も「この治療をすれば治療費と入院費と薬代と人件費で1日△△万円かかります。どうしますか?」と、説明せざるを得なくなります(医師以外の人が説明するようになるかもしれませんが)。まさに「金の切れ目が命の切れ目」です。

では逆に有り余るほどお金がある人が「お金はあるからいくらでも延命治療を続けてくれ」というかと考えると、それはちょっと考えにくいです。意味のある延命治療であれば続けるでしょうが、いくら大金持ちでも意味のない延命治療は中止するのではないでしょうか。

米国では、人工呼吸器を外すかどうかで国民的な議論が巻き起こったのが1975年です。人工呼吸器を外す決定をする権利が誰にあるかを、カレン・クィンランという個人を題材にして、全米で考えました。そのような歴史の上にあるので、米国人は尊厳死や安楽死についてひとかどのものを言える人が、日本人よりは圧倒的に多いように思います。

日本でも「無駄な延命治療を減らす」ためには、そのような治療には莫大な費用を自己負担させるというのも、一つの手だとは思います。でもただ「金の切れ目が命の切れ目」にしてしまっては、米国よりも悲惨な国になってしまうのではないかと思います。

「延命治療には莫大な費用がかかります」ということをお知らせするのは必要ですが、「無理に生かし続けることは、まわりの人の満足にはなるかもしれないが、本人には苦痛でしかないことも多い」という理解を広めて無理な延命治療をしない国にしていく方が、より健全な気持ちでいられる国になるような気がします。
投稿者:hirakata
SEEBRAさま、こんにちは。はじめまして。

命について毎日のように患者さんやご家族、医療スタッフと話をしているからかもしれませんが、今回のエントリーは悩むことなく、かなり短時間で書き上げました。前にも同じような問題について、記事を書いていることも助けになっているかもしれません。
(ずいぶん前ですが、たとえばhttp://air.ap.teacup.com/awatenai/111.htmlなど。探せば結構あるんじゃないかと思います。)

昔の記事にも書いていますが、「本人の意思を尊重する」ことにしてしまうと、危険もあります。延命治療がなければ生きていけないけれどそれさえあればとりあえず命が続かなくなる心配のない人が、誰かとケンカして「もうやだ。死んでやる」と思ってそれを表明したら「じゃあ延命治療を止めるね。はいさようなら」と、自殺ほう助のような役割をしてしまう可能性があるのです。それならそれでもいいとするか、それはまずいとするか、そのような点も議論していくべきかなと思います。

自殺未遂で救急外来に来た人はとりあえず助けますが、医師の中でも、何とか精神的にも前向きに立ち直って元気に生きてほしいと思う医師と、死にたいなら死なせてあげた方がいいんじゃないかと考える医師とがいます。本人の意思を尊重するなら「死なせてあげよう」になりますが、一時の気持ちの乱れで死にたくなったけれども、いつも死にたいわけじゃない人の方がたくさんです。

日本では司法も警察・検察も、もっと広げれば立法も行政も、医療現場で医療従事者がこのような複雑な心のやり取りをしていることを知らない人がほとんどだと思います。その状況で「現場には現場の専門家の判断がある」と医療従事者を尊重してくれればいいんですが、逆に「医療には医療の言い訳があるだろうが、何が正しいか決めるのはこっち」という態度が、医療現場を追い詰めているように思います。被害妄想かもしれませんが。

厚生労働省は「終末期医療のガイドライン」を決めましたが、結局は帯に短したすきに長しで役に立たないものでした。現場の判断を尊重するわけでもないし、警察・検察や司法の横暴から守ってくれるものではないし。

続きは、hot cardiologistさまへの返信で。
投稿者:hirakata
christmasさま、こんにちは。

日本の話でしたか。日本の裁判所は、難しい問題になると判決は下すけど大事なところの判断は避ける傾向がありますね。どこの国でもそうなのかもしれないし、「どんな時でも司法が問題点に判断を下す」ことにしてしまうと、司法が絶対権力になってしまうし。

司法が常に正しい医学的判断ができないことは、はじめからそのための仕組みではないのだから当然です。後出しジャンケンでも正しくないのに、臨機応変にギリギリの判断を即時に下さなければならない医師よりもよい判断ができると考える人がいたら、会ってみたいものです。米国で「保険会社が許可しないと治療が始められない」ことが大きな弊害を生み出しているのと同様、現場の医師の判断が規制されてしまう仕組みは、決して良い結果を生みません。現場の医師が適切な判断をすることを求められるからこそ、現場の医師は研鑽を積むのではないでしょうか。
投稿者:hot cardiologist
アメリカ並みに民間保険が中心で、延命治療(人工呼吸器装着)がとんでもない額になれば、患者さんの家族から延命治療中止の要請がでます。あるいは最初から延命治療を行わない選択もある。
また、脳死判定がでれば、臓器移植に移行する場合を除いて人工呼吸器を即、はずします。
脳死になっても人工呼吸器をはずさない場合は、当然、超高額治療費の請求書が届きます。
よーするに、金の切れ目は命の切れ目。
日本は公的保険中心で、延命治療の莫大な治療費は税金でカバーされるから、患者家族の懐は痛まない。
だから、延々と治療が続くのです。
医療保険のシステムが変わって(いや、べつに民間医療保険中心にすべきと言ってるわけではありません)、患者家族の懐を痛むようにしないと駄目なのでは。

尊厳死とか、無意味な延命治療との中止とかは、文化が成熟した西欧の社会なら可能です。
延命治療に対する日本人の文化というか、価値観は、公的医療で自分たちが高額の治療費を支払わないですむことからくる甘えだと思います。
投稿者:SEEBRA
初めまして。いつも陰ながら拝見させていただいております。
私は医療従事者ではないのですが、今回の件は自分でも関心が高く、もし自分が患者だったら、家族だったら、医師だったら・・とそれぞれの立場で思考実験を重ねてみましたが、やはりすっきりとした解には辿り着けず悩んでおりましたので、今回のエントリーは私にとって特に意義深いものでした。素人考えながら、今回の件について語るにあたっては、平方先生ほど相応しい方も少ないのではないかと思います。淡々と語られていますが、葛藤は我々一般人の想像を遥かに超えた深みにあるものとお察しいたします。
私の考えでも、ご本人に正しい意識があるうちはご本人に、そうでない時はご家族に意思が尊重されてまずは然るべきと思いますが、このようなことになるとchristmasさんのコメントにもあるように、「そのような状態になったら司法の確認を仰ぎ、対応はそこで認められてから」ということにもなりかねないですね。理屈としてはそれも分からなくもないですが、そうなると審理にかかる時間の問題もあるし、そもそもそれではトリアージや、緩和ケア自体だって「医療者だけで行ってはいけない」ということに帰結するようにも思います。
いずれにせよ、治療の手を尽くしたのちでの、明らかに不可避な死を当人や家族が受容した場合においては、平方先生の言われるような処置が最善のケアである他なく、それが「殺人容疑」とはあまり冒涜が過ぎるし、また(新聞記事は読んでいないのですが)そうした思慮のない「全国で実態が判明」「免責事項はない」といった報道にも違和感を強く感じました。
この件について、終末期医療費削減を叫ぶ厚労省は何か反応をみせるのでしょうか?

http://2ten0.net
投稿者:christmas
 この記事は、ある日本の医師が、国内で起きた事例を紹介したものです。「医者にとってよい医療と患者にとってのそれとは異なる」というテーマの本にあった例です。誰にとって何がよい医療となるのか、、、この判決では示していない。ずるいですよね。
 所詮、司法は「後だしじゃんけん」と思わざるを得ません。ならば、医師が患者に対し、命に関わる重要な決定をする時は、司法に指示を仰ぐこと。そうして、後々どのようにでもできる状況に陥るのを防ぐ、、、これじゃ医師は医師じゃなくなってしまうし、司法関係者が医師と呼ばれるようになってしまいますね(苦笑)。
投稿者:hirakata
ダガシさま、こんにちは。

信念に基づいて、プロとしての仕事をまっとうにしていても、犯罪者になってしまうことがあるんです。しかもでっち上げではないので「冤罪」ではないんですよね。一番びっくりしたのは「逮捕された先輩から(ダガシから・笑)」というところです。逮捕されないに越したことはないので気をつけますが、もし逮捕されてしまったら信念に基づいて堂々としていたいと思います。
投稿者:ダガシ
ダガシですが、いいもの読ませてもらって、年のせいだろうけど、鼻の奥っかわがツンとして、目の湿り気がちょっとぐずぐずしました。
 私の好きな私小説読んだみたいな感じ。


 逮捕されたお医者さんたちには、逮捕された先輩から(ダガシから・笑)言わせてもらえば、逮捕された内容で、やましいことがないならば、あごを上げつづけて生きていってほしい。
 ダガシみたいな人間が、そんなお医者にかかりてえなあと思う人間が、いっぱいいるから。

http://shoubido.blog44.fc2.com/
投稿者:hirakata
christmasさま、おはようございます。

射水の場合、ご家族は特に問題なかったと思っていても、病院内からの内部告発がきっかけで逮捕、送検されています。納得していない人は直接の関係者でなくてもいいのです。なので、私だけでなく命にかかわる仕事をしているすべての人は、犯罪者とされる可能性がいつでもあるのが、今の日本の法・司法だと思います。

示していただいた事例は日本のできごとですか?今までの日本では尊厳死が法制化されていないので、この判決に従うと逮捕される可能性すらあります。今の日本は本人のしっかりした意思決定にしたがっても犯罪者になりうる、恐い国なのです。
投稿者:christmas
 hirakata先生、こんにちは。
 先生の2つめの事例について、もし、先生が逮捕される状況に陥るということは、死期が近いことを受け入れない患者家族に問題があるのでしょうか。患者本人の意向を無視すると、逆に患者が尊厳死を求めて医師を訴えそうです。一例を記します。
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43歳の女性。脊髄内頸部海綿状血管腫の破裂のため、肢体麻痺となった。自力で動くこともできず、血管腫破裂以来、約1年間人工呼吸器に依存し、この状態から回復する可能性は1%未満と推定されていた。病状は安定し、末期状態ではなく死が切迫しているわけではなかった。

彼女は医師らに人工呼吸器の打ち切りを求めたが、医師らは希望に応ずることを躊躇していた。そのため、彼女は人口呼吸器によって与えられている侵襲的治療は不法であると主張し、裁判所に人工呼吸器の打ち切りの許可を求めた。

裁判所は、患者は生命維持治療への同意を与える、または拒否するのに必要な意思決定能力を有していたこと、患者の意思に反する人工呼吸器は不法な侵襲行為であると述べた。彼女は裁判所による許可を得て、本人の希望により人工呼吸器を外され死亡した。
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 この件では、裁判所は何が患者にとってよいことかは判断せず、患者は意思決定能力を持っており、患者にとって何がよい医療なのか、何がよいことなのかを決めることができると判断したとありました。

http://blog.goo.ne.jp/christmas_cake/
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