
6月28日(土)午後1時半から、東京医科歯科大学講堂で「
勤務医の労働環境を考えるシンポジウム
あなたを診る医師がいなくなる!
〜過重労働の医師を病院は守れるのか〜」というシンポジウムがおこなわれた。行ってきた。
会場には大雑把に数えて250人ほどの人が集まっていた。シンポジウムの様子を紹介しているキャリアブレインのニュースをちょっと拝借。
医師の過重労働を許さない取り組みを
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16869.html
勤務医の労働環境を考えるシンポジウム「あなたを診る医師がいなくなる!」が6月28日、東京都文京区の東京医科歯科大で開かれた。医師の過重労働がもたらす弊害や、それをなくすための方策などについて、議論を戦わせた。
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主催は「小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会」。
まず、故中原医師の妻のり子さんが次のようにあいさつした。
「夫中原利郎は、9年前の8月16日に過重労働が原因で過労自死した。昨年3月に国から労災認定はされたが、勤務先の病院は、過重労働を認めてくれない。今、裁判中ではあるが、なぜ病院は自分の所で働いていた小児科医を守ってくれないのだろうか、という疑問をずっと持ち続けている。それがなぜなのか。と同時に、医療者を守るシステムづくりをしていかなければならないのではないかと考えている。そんなことをテーマに、きょうは皆さんと議論を深めたい」
続いて、4人のシンポジストがプレゼンテーションを行った。
資生堂副社長の岩田喜美枝氏は、旧労働省で男女雇用機会均等法の制定に関与、資生堂でも女性が働き続けられる労働環境づくりに取り組んでいる。プレゼンでは女性医師の仕事と子育てをテーマに、「小児科では20歳代では女性医師が半数を超える。女性医師が出産、子育て期間中もしっかり働き続けられるような仕組みをつくっていくことで、医師の過重労働が軽減する」などと述べた。
城西大経営学部准教授の伊関友伸氏は、自治体病院での医師不足の状況を示しながら、こう訴えた。
「小児科医師が過労で辞職しようとしたとき、市民が自らコンビニ受診を控えるような運動を起こしている例がある。本当に医療が必要な患者が、必要な医療を必要なときに受けられるようにするためには、住民、医師、行政それぞれが相手の立場を考えながら行動する。それが地域医療を守ることであり、医師を守ることであり、ひいては民主主義を守ることにつながる」
元都立府中病院長の前村大成氏は、医師の労働環境問題に取り組んできた。「当直は管理当直なのか業務当直なのか。医師の当直は実態として業務当直。また、肉体的にも精神的にも厳しい。当直月8回が、過重な労働でないはずがない。しかもそれが、全国の病院でほぼ常態化していることは問題。記録がないから勤務していないなどというのもおかしい」などと指摘した。
京都市の洛和会音羽病院院長の松村理司氏は、年間5000件の救急搬送を受け入れながら、当直明けの医師を原則帰宅させるなどの自院の取り組みを紹介。「断らない救急は、総合診療科を充実させたからこそ成立している。ドクターが23人という大所帯で、一次、二次の救急に対応している。このほかに救急部に7人の医師を配置しており、30人で救急を診ている。また、総合診療医が専門科の応援などにも携わっており、その結果として、比較的いい医師の労働環境が確保されている」などと述べた。
その後、司会のジャーナリスト、田辺功氏も加わってディスカッションが行われた。
(記事ここまで)
ちょっと拝借というには長かった。キャリアブレインさんごめんなさい。
シンポジウムの中でも何回か紹介されたが、配布資料の中に諏訪中央病院の鎌田名誉院長のメッセージがはさまれていた(本人は遠いところへ出張中で出席できず)。

達筆すぎて万が一読めない人がいるといけないので、文字に起こしてみる。
ぼくは、10数年前、医療が優しさをとりもどすときという本を書きました。まだ優しさをとりもどしていません。とりもどせないのです。忙しすぎて。
病院医師の1W(週)間の労働時間は64時間、若手のドクターだけの調査では93時間。
優しい医療を受けたい国民がいて、優しい医療をしてあげたい医療者がいるのに、悲しいです。
2200億円の抑制がかかってから、医療現場はさらに、疲れています。悲しいです。
日本の医療がよくなるために、このシンポジウムの成功を祈っています。
2008summer 鎌田 實
シンポジウム全体をレポートするのは無理なので、印象に残った発言だけピックアップ。
岩田氏:病院管理者は、医師を労働者ととらえ、労働基準法の適応であると認識する必要がある。子育て支援の行動計画について、従業員300人以上の事業所では策定する義務があるが、病院も当然例外ではない。
前村氏:医師が集まる病院と、医師が集まらずに患者も減り犠牲になっている病院の二極化が進んでいると思う。
松村氏:前院長、外来クリニック院長、分院院長の3人が、死因はさまざまだがいずれも50代で亡くなっている。
今週の「週刊医学界新聞」の「
続・アメリカ医療の光と影 第130回」では、米国における職種格差による死亡率の差が示されている。そこでは管理職が最も死亡率が低いとなっているが、日本では逆に、医療の管理職は相対死亡率がかなり高くなるのではないかと思われる。
休憩をはさんで後半は、休憩時間中に提出された質問用紙の中からいくつかピックアップして、発言や質問があった。その中から印象に残った発言。
リンパ腫の患者会代表の方:患者になってみて、医師が過酷な労働をしていることを初めて知った。今日ここに集まっている人は関心がある人だと思うが、関心のない人にも知らせていくべきではないかと思う。
これは全く同感。このブログに来る人も、関心がある人がほとんどだと思うので、ここに書くだけでは関心を持つ人はほとんど増えないかもしれない。でも今は無関心な人でも、自分に医療が必要になった時には無関係ではいられない。少しでも実状を知ってもらうための行動を、実状を知っている人がおこなうべきではないかと思う。
(株)コマツ 藤塚氏:医師の労働環境と一般企業の労働環境の差は大きい。しかし企業だってしばらく前まではひどかった。要望を振り回すだけのユニオンではなく、いい緊張関係を作れる医師のユニオンができて、医師の労働環境が少しずつでも良くなってほしい。
たしかにそうかもしれないが、医療機関の収入の入り口を絞っているのは病院管理者ではなく、値段を決めている国だという点からは、同じようにユニオンを作って活動するだけでは解決しない問題も多いように思う。
桑江氏(都立府中病院産婦人科):医師の在院時間調査をした。平均してすべての時間の45.4%を病院で過ごしていた。家では寝るだけ。管理職は在院時間は減るが、拘束時間(労働基準法では労働時間に含まれる)も入れると、全時間の56%の時間が自由のない時間。
横路氏(都立府中病院小児科):医師は需要があれば(患者さんがそこにいれば)働き続けてしまう。強制的に休ませることが必要ではないだろうか。
その後、各シンポジストから発言があった。これも、印象に残ったものだけ。
松村氏:洛和会音羽病院では、年俸制、建築費の抑制などでコスト削減している。また、定年で辞めた専門医を補充しないなども。中程度より軽い患者さんに重心を置いている(高度な医療を必要とする患者さんは他院へ紹介)。中程度より軽い患者さんは、総合医を充実させることでしっかり対応している。
生き残るにはこのようにするしかないのだろう。しかしこれだと、高度な医療を不足なく提供する別の病院がなければ、不十分な医療になる。以前から書いているが(たとえば「
大学病院などがDPCからはずれる?」2007年8月)高度な医療を提供する病院まで医療費削減の渦に巻き込んでしまうと、日本の医療を総崩れにしてしまうと思う。厚生労働省にはビジョンがあるのだろうか。
前村氏:自分も「辞めたい」と言った時があった。その都度、辞めないように上手に励ましてくれる人がいた。「3年間何とか頑張れないか。その間に何とかする」と言われ、モチベーションが保てるような工夫をしてくれた。院長や副院長がいかに配慮するかが、大事だと思う。
そのとおり。
伊関氏:「現場で頑張っている」人に対しての敬意が薄れている時代。権威もなくなっている。上下関係ではなく対等の関係で、社会を再構築する時代。その中では、尊敬や感謝を言葉で表すということがとても大切なのではないかと思う。
医療が生き残ることは国民生活にとって大変重要である。医療が生き残るためには、医師をはじめとした医療従事者が働き続けられる環境であることが、大前提である。現在の医師の労働環境は、特に第一線の病院では労働基準法からははるかにかけ離れたものとなってしまっている。
国の政策によって、医療を含めた社会保障に厳しいたががはめられてしまっている現状では、労働環境の改善をおこなえば必ずどこかにしわ寄せが行く。その中で労働環境を改善するのは非常に困難な作業であるが、今回のシンポジウムに出たことで、どのような問題がありどのような方向で努力すべきかが、いくつか見えるようになった。
私は今の職場で自らの労働環境を改善する望みを失ってしまって久しいが、日本の医療が廃絶に追い込まれないために、出すべき声は出していこうと思った。