大変だ。佐賀県立病院好生館で、職員の時間外勤務記録を改竄し、時間外勤務手当ての未払いが4年間で5億円を超えることが判明した。
記事は次のとおり。
超過勤務手当未払い、4年間で5億円 佐賀
2008年5月30日【共同通信社】
佐賀県立病院好生館(佐賀市)で、職員への超過勤務手当の未払いがあり、佐賀労働基準監督署が是正勧告していたことが30日、分かった。職員に報告させた勤務時間より少ない時間で計算する方法で、少なくとも4年間で計5億円に上るという。
同病院によると、記録が残っている2003年から06年にかけ、職員の超過勤務手当を実際の65%前後しか支払っていなかった。研修医については全く支払っておらず、超過時間の記録も残っていないという。
昨年5月28日に労基署が立ち入り調査、是正勧告した。同病院の中島博文(なかしま・ひろふみ)事務長は「人件費を予算内に収めるため、以前から慣例的に行われていた」と不適正な処理だったことを認め、「今後、未払い分を算定して支払い、研修医の分については実態調査を始める」としている。
(記事ここまで)
読売新聞には、もう少し詳しく載っている。
佐賀県立病院が勤務記録改ざん、時間外手当払わず
2008年5月30日【読売新聞】
佐賀県立病院好生館(佐賀市、樗木(おおてき)等館長)が長年にわたり、ほぼ全職員に当たる約500人の勤務記録を改ざんし、正当な時間外手当を支払っていなかったことが分かった。
残っている記録から改ざんは2003年度には行われており、06年度までの4年間の不払い総額は5億円を超えるとみられる。病院は1年前に佐賀労働基準監督署から是正勧告を受けたが、不払い額算定が難航しているとして未払い分を支給していない。支給する日から2年より前の分は労働基準法の時効を適用して支払わない方針にしており、算定の遅れで支給対象期間が短くなる恐れも出ている。
勧告は昨年5月28日付で行われ、▽06年度以前の時間外手当を正当に支払っていない▽非常勤嘱託職員の医師(研修医)の労働時間を把握していない――と指摘したうえで、時間外手当の不足額を確認して支払うよう指導した。
病院によると、人件費を予算内に収めるため、職員に報告させた時間外手当の支給対象時間を事務局がコンピューターで賃金台帳に入力する際、時間を減らし、支給額を少なくしていた。時間を減らす割合は、2、3か月ごとに変えていた。改ざんが始まった時期は不明という。
病院が研修医を除く職員の06年度の時間外手当を試算したところ、本来は約4億1000万円なのに、実際は66%の約2億7000万円しか支払っておらず、約1億4000万円が未払いだった。病院では03〜06年度の未払い額ははっきりしないとしているが、年間約1億4000万円をベースにすると、4年間では5億6000万円に上る。
研修医以外には07年4月以降、研修医には同年11月以降、適切な時間外手当を支払っているとしている。
中島博文事務長は読売新聞の取材に対し、「改ざんは、担当者が代わるごとに引き継がれ、かなり以前から慣例的に行われていた。予算の枠内に人件費を収めなければという風潮があり、断ち切れなかった」と話している。
(記事ここまで)
働いた分の給与を支払わないことは、明らかな労働基準法違反である。法律違反には厳重に対処しなければ行けない。このようなことが
「かなり以前から慣例的に行われていた」というのは、由々しき問題だ。佐賀県は速やかに未払い分を支払うべきである。
と、建前論はここまで。
冒頭で「大変だ」と書いたのは、佐賀県立病院好生館でおこなわれていたことが「大変」という意味ではなくて、この報道による影響を考えると大変なことになるという意味だ。
このような「時間外手当の値切り」は、全国どこの公立病院でもおこなわれている。事務職員はどうかわからないが、医療職に関しては当たり前になっている。労働基準法の規定通りに時間外手当が支払われている病院は、今まで聞いたことがない。
以前にも書いたが、次のような項目に当てはまれば、労働基準法違反である。
・時間外労働に関する労使協定(通称36協定)を結ばず時間外労働している。
・当直の時に実労働しているが、支払われるのは当直料だけで時間外手当は出ない。
・病院として診療時間外に毎日1日あたり1時間以上の診療をしているが交替勤務制ではなく当直制である。
・休日や時間外に待機しているが、わずかな待機料しかもらっていない、または待機料もない。
・時間外手当が支給される上限が決められている。
・時間外手当の支給額が基本給を法定労働時間数で割ったものに所定の倍数をかけた金額になっていない。
(通常時間外は時間当たり基本給×1.25以上、深夜は×1.5以上など)
・週1回以上のペースで当直をしている。
・月1回以上のペースで休日の日直をしている。
・昼休み時間中にも呼ばれたらすぐに対応する態勢である。
・(管理職)診察の要請があれば診療しているが時間外手当はもらっていない。
・(管理職)深夜に働いた場合でも時間外手当はもらっていない。
このどれにも当てはまらない病院なんて、どこかにあるのだろうか。全国しらみつぶしに調査をしたって、公立病院だけでなく民間病院を含めても、きちんと労働基準法を守っている病院はないのではないかと思う。
それぐらい、医療従事者の給料はケチられている。なぜそうしているかというと、経営者に搾取されているというわけではなくて、そうしないと経営が成り立たないぐらい、医療で得られる収入が少ないからだ。
医療行為に対する対価は「診療報酬」という形で病院に支払われる。サラリーマンが病院にかかった場合、診療報酬の7割は健康保険から、3割は本人の財布から支払われる。その診療報酬を決めているのは国だ。医療の値札はすべて国がつけている。
国が決めた診療報酬で医療を提供し、その結果労働基準法に基づいた時間外手当が支払えないのであれば、診療報酬の設定が間違っている。必要なサービスや商品を提供できるだけの値札をつけなければ、どんな商売でも先細りになって倒産していく。しかし日本の診療報酬は「医療費亡国論」に取り憑かれて、適正な水準を見誤り続けている。
もし厚生労働省や財務省が「見かけ上の国民医療費」を抑制するために診療報酬を増やさないのであれば、かわりの財源を手当てしなければ医療はどんどん先細っていくだろう。診療報酬を上げるか、何らかの別の手当てを注入するかしないと、医療がそこら中でバタバタ野垂れ死にする日は遠くないと感じている。
「大変だ」と書いたのは、いくつかの意味がある。
佐賀県立病院好生館の時間外手当が2年分で3億円ぐらい支払われるとなると、まずは好生館の経営が心配になる。そして次に、この報道の影響が全国に広がって、全国でこのような是正勧告がおこなわれると、全国では数千億を下らない、もしかしたら兆円単位の(このへんの計算はめんどくさいので大雑把)臨時支出が必要になるのではないか。
「社会保障費は毎年2200億削減」という国の論を借りれば、それだけの財源はどこにもない。しかし支払われていない時間外手当は、見積もりが誤っていたことによる「ツケ」である。ツケは精算しないといけない。道義的にはこれまで何十年と支払われていないツケを精算すべきだと思うが、法律で定められている2年分だけでも即刻精算すべきである。
未払い時間外手当を支払うと、各病院は数億円の臨時支出を強いられる。それぞれの自治体がそれを補填することになるのだろうが、もともとは国の見積もりが誤っていたために起きたことなので、国に請求するのが筋だろう。国が支払わないということであれば、自治体が国を訴えてもいいくらいの瑕疵が、国にはあると思う。
問題はそこでは終わらない。これからは時間外手当をきちんと払うということになれば、その分の財源を毎年確保しなければならない。全国規模で考えれば、やはり毎年数千億円から兆円単位になるだろう。そのようなお金の流れを作ることが、果たして適切な処置なのかどうか。もっといい方法があるのではないか。
もう一つの大きな問題として、民間病院への影響がある。同じような時間外手当の未払いは、公立病院だけでなく民間病院にもあると思われる。民間病院では公立病院以上に人件費の圧縮に苦心しており、そこに「時間外手当をちゃんと払え運動」など起こされようものなら、経営が傾く病院は少なくないと思われる。
記者や通信社、新聞社が意図していたかどうかは不明だが、今回の報道はこのような大きな影響を全国規模で引き起こす可能性がある。そうなった時に、国は「それで倒れる病院は放置。助けたいなら各自治体で何とかして」というこれまでの姿勢を貫くのだろうか。それとも「ここまで医療従事者の権利を蹂躙して悪かった。国が責任を持つ」と態度を改めるのだろうか。
診療報酬を激安に抑え込むことにこだわって、こんなことでゴタゴタするよりは、適正な値札(診療報酬)をつけて順調に医療経済が回るようにする方が、よっぽど簡単だと思うんだけどねえ。