がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:ダガシ
ダガシです
 平方さん、もうコメントしませんと言ったのにします。すみません。これでもうしませんね。

 平方さんの文芸春秋のエントリー読みました。
 前半部の最後のところで「家族の見捨てられたという気持ち」と「(誰の?)気持ちの整理」という言葉に引っかかりました。

 見捨てられた感は、これはもう、しょうがないのではないでしょうか。
 これはもう、その人のそれまでの生き方が、そうさせているのですから。
 あきらめてもらうしか、ないのではないかな。

「気持ちの整理がつかない」のは、家族よりも、平方さんのほうだったのではないですか?
 といって平方さんを非難しているわけではないですよ。ただ、そういう認識も、持つべきじゃないかな、と思うだけです。
 繰り返します、非難じゃないですからね、軽蔑してるのじゃないですからね。
 そして今私がそんなことを言えるのは、岡目八目だからです、他人事だからです、ごめんなさい。

 平方さんは、ダガシより、気持ちのこまやかな人なのかなと思いました(そんな人間は世の中に、あんまりいないはずなのに、ハハ。でもこれは誉め言葉じゃないですよ。それは僕は自分では、俺の欠点だと思ってますから。平方さんも多分、自分じゃあ、そう思って悩んでるんだろなあ、と推察します・失礼・笑)。

 あなたは私に返答してくれました。
 それでもう、あなたは誠実な人だと分かります。
 ありがとうございます。
 本当にこれでもう、コメントしませんね。
 あまり無理をされないように。でもそして、出来る範囲だけで、無理をしてくださいね・笑。

http://shoubido.blog44.fc2.com/
投稿者:hirakata
信州人さま、ダガシさま、こんばんは。

限られた医療資源を、生産年齢に重点配分しなければならないというのは、これからの日本人が獲得しなければならない「新しい感覚」だと思います。インフルエンザのパンデミック(感染爆発)が起こりそうな時や起こった時、高齢者よりも若年者に優先してワクチンを打つという方針も、同じような考え方に立つものですし、それに関してはある程度以上の年齢の高齢者は「この非常時だから仕方がない」と、理解を示してくれるでしょう。

ただこれからは、非常時でないのにさまざまな制限が加わる可能性が大きいです。そうなると、それを納得するための理屈が必要になります。厚生労働省はそれをしないで制度をいじるから、おかしなことになるんだと思います。

このエントリーにはきちんと書きませんでしたが、500万円かけて治療したらあと10年生きられる人もいるんだということを、今回のエントリーでは言いたかったのです。もしかしたらその人は10年生きて、それ以上の社会貢献をするかもしれません。それを高齢だからやらないようにしようと画一的に線引きをするのは、硬直しているなあと。医療は一人一人の状況に合わせたオーダーメイドであるべきで、合理化は必要だけど杓子定規は似合わないと思います。終末期医療費に関しては、週刊文春の記事に反論した記事を書いています。あんまり掘り出したくなかったので書きませんでしたが、良かったら読んで下さい。
http://air.ap.teacup.com/awatenai/105.html
投稿者:信州人
平方先生、ダガシさん

臨終を間近にすると、人の心は揺れ動きます。私も今週は2名の方をお看取りしましたが、平方先生はずっとそんな方たちと過ごされています。ぽっくり行きたい、延命はして欲しくない、そう心に決めていた方々も、永遠の別れを目前にすると、とても心が揺れ動きます。
3日で500万円、かかる方がいても良いと私は思います。1年2年でなくても、3日でも家族が到着するまでの30分でも満足が得られることがあります。待っていた人が到着してご本人の表情が変わって脈が急に弱くなって、というのはドラマだけのことではありません。

生き物としての何か大切な物と逆行している、という感覚は大切だと思います。しかし、一方で、道具を用いるようになった時から、その「逆行」は始まったようにも思います。外来で血圧の薬を飲みたくない、とおっしゃる患者さんにはメガネの話をします。降圧薬もメガネも、いま私たちがつかうことができる道具です。それを使った方が安全で快適に生活できる体になった方は、使った方が良いのではないでしょうか、とお伝えします。

メガネなしでぶつかりながら歩く、入れ歯を使わないで軟らかいのもだけ食べる、自動車に乗らず足が弱ったら座敷の中で過ごす・・それが「順行」した生き方かもしれません。そしてその「順行」せざるを得ない人たちが、この世界では圧倒的大多数であることも事実です。先進国、の筆頭格であるアメリカでも、薬に関しては貧しい方たち、医療費を払えない方たちはその境遇です。
日本でもいずれ「逆行」が許されない経済状況になる日が来るかもしれません。しかし医療は生産人口の急性期疾患に重点配分する、せざるを得ない、という逼迫した状況になることを、高齢者終末期医療を削ることで防げるか、というと別の問題であると思います。
投稿者:ダガシ
 続きです。自分勝手というのは、「3日で500万…すべていけないことだろうか」などと軽く言う、そのセンスです(すべて…、と断定しないで逃げるセンスもいただけませんよ)。
 これは保険や税金に負担させるべきではありません。あきらめていただきたいです(全部のお金を、自分の財布から出すのならば、誰も文句は言わないでしょう。…いやダガシはちょっと文句言いたくなりますけどね。なぜなら、そういう行為は、生き物としての何か大切なものに、逆行していると思うから。といって、その文句の中身を、まだ具体的に言語化できませんが)。

 それに500万円使って一年も二年も呼吸する時間が延びるわけでもないでしょう?
 その死にゆくべき人が、自分の寿命がたとえ三日程度延びたとして、それで満足して、幸せに、死にゆくことができるわけでもないでしょう?(もし私が、その死にゆく立場だったら、そういう無駄をするな! 俺はそんなことで満足できる人間じゃないんだよ! お前らのためじゃなくて、俺自身のために、俺が満足して、死にたいんだよ! と周りの人間を怒鳴りつけると思います)

 傲慢というのは、平方さんの文章の中に、しばしば「正しい」とか「間違ってる」とかという言葉が出ますが、そういう善悪を判定することなど、誰にも出来ないことですよ(法律うんぬんということと、別のハナシです)。
 その正とか善とか悪とかをかるがるしく書く、そのセンスに、傲慢だなあ、と思いました。

 周りの人々に対して耳ざわりのいいことばっかり言ってるのはラクでしょう。
 でも、ラクを求めたその結果、十年後、二十年後、誰がその責を負うのでしょう。

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投稿者:ダガシ
はじめまして、新潟で掃除屋やってるダガシといいます。
 平方さん、あなたの言われること、整合性ないですよ。
 そして自分勝手ですよ。
 もう一つ、傲慢ですよ。

「ワシ」が長生きを望むのは、その人の勝手ですから、誰も何も言うこともないでしょう。その人の力で、その人が欲するだけの長生きをすればいいだけのハナシでしょう(でも大概の人は、何かを欲することに、際限がないですけどね。私も、たぶん平方さんもね)。

 そしてその欲望を満たすためには、自分以外の誰かが困る事に、思いをはせることが出来ない人が世の中には多いです(ダガシは特にそうですよ。私は自分がひどい我儘だぜという自信がありますから・笑)。

「ちょっと治療すれば治りそうな人」と「無理な延命を望む人」を区別する(差別でもいいです)のは、生き物としての自然な行為ですよ。真っ当な想いですよ。
 その「ワシ」という人が、どっちの人なのか、平方さんは書いておられませんし、それをゴッチャにしてるから、読んでて、整合性がないなあと思うのです。

 自分勝手というのは、…長くなりますのでスミマセン続きます

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