がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
鑑定人の選び方も、公判の進め方も、論告求刑の内容も、福島の検察は医療についてわかっていないのに公判を維持できると勘違いして起訴してしまったことを端的に表しているように思います。それなのにどうして論告求刑まで持ち込んでしまったのか、途中でやめた方が色々な面で良かったのに、それ以前に起訴すべき案件ではなかったのに、今の検察にはメンツしか残っていないような気がしますが。福島の検察だけが特別だと思いたいです。
投稿者:れい
「検察側鑑定医は周産期医療の専門家ですらなく、」って、専門家でもない鑑定がなぜ証拠採用されるのか普通の人間には判りません。常識では、専門化がやるべきで、そうでないのなら信用できないと考えるのが普通でしょう。私も教員免許は持っていますが、教師という職業には就いたことがありません。そんな私が、教師の資格を持っているというだけで教育現場の荒廃の原因について的確な指摘ができるはずもないのは誰でもわかることです。なぜ司法ではそんなバカなことがまかり通るのでしょう。
投稿者:hirakata
信州人さま、こんにちは。

@については、検察側も「この鑑定人では戦えない」と思っているのではないかと。だからこそ執拗に「鑑定人は信用できる人物である」と繰り返しているのではないかと疑っています。

Aについて、淡々とではなく泣き喚きながら報告したら、やはり「医師にあるまじき態度」と非難されるでしょう。患者さんの命を失うというのは、医師にとってもこの上なく重いできごとです。間違ったことを何一つしていないという確信があっても、もう何もしたくない、この場から消えてしまいたいという気持ちになるだろうと思います。しかしご家族への説明は避けて通れない。こんな時、過不足なく完璧な説明をできる医師は、どこかにいるのでしょうか。医師は神様でも超人でもないのに、神様や超人であることを求められれば、ただの人間である医師は医療現場から立ち去るしかありません。
投稿者:信州人
平方先生、こんにちは

亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

いろいろと議論がある裁判ですが、個人的(医師)な立場からすると、大きな疑問点が2つあります。
@検察側鑑定人の資質
A「途中で説明がなく、いきなり『すみません、亡くなられました』と淡々と言われた」のが許せない

@30年前に第3助手か第4助手で1件だけみたことがある、程度の疾患について「専門家として」正しい鑑定ができるとは思えません。しかも、現在の専門は腫瘍であって周産期ではない方。
皮肉にも彼が「信頼がおける」と法廷で名前をあげた周産期の専門家のうち2名が被告側鑑定人になられているそうです。蛇足ですが、研修医時代に第2助手で産婦人科手術に入ることが何度かありましたが、術者と前立ち(第一助手)でないと術野はほとんど見えません。

A一人医長として手術室で全力を尽くしている最中に、どうやって病状説明をしろと言うのでしょうか?自分が手を離したら、間違いなく患者さんが亡くなってしまう状況なのに・・・淡々と言うのは、職業柄でしょうか、冷静になるように常に意識しているはずで、それを非難されるのは正直戸惑います。

ご遺族が無念であることはお察し致します。民事訴訟はありうることでしょう。
ただ、お産は安全なものではありません。医者夫婦である我々は、予定日前に「万一の際は遺影にする」記念写真を写真館に撮りにいきました。
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